表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/141

※ 探索の巫女の受難


 私は簡易寝台に腰掛け、ぼんやりとしていました。


 命を受け、まったく当てもない旅にでてほぼ1年。まさかこのような形で目標を達成できるとは思ってもいませんでした。


 ただ、御方を連れ帰るという使命を果たすことはできませんでしたが。そもそも、御方の意向を無視して、連れ帰るというのは不敬もいいところなのですから、それに関しては納得していただくしかありません。もっとも、それ以上におかしな問題を抱えてしまったわけですけれど……。


 ……あぁ、お腹が痛くなってきました。



 ★ ☆ ★



 事の発端は1年ほど前のこと。神託の巫女様に降されたシステム神のお告げがはじまりでした。


 彼の地に、神が誕生されたと。


 それからというもの、赤の神殿は毎日が大騒ぎでした。


 とにかく国中からその腕に信頼のおける職人を掻き集め、あらたな神殿、それも神の住まう場所としての機能を持たせた社の建築計画を起ち上げたのです。


 それは国をも巻き込んだ一大事業となりました。


 もっともその為に、各地方や他国に建築を予定していた教会施設に関しては、無期限延期となりましたが。

 さらには国庫も大変なことになったらしいですけれど。


 こうしてあっというまに神の住まう場所、そして神に直接お仕えする者の選定がはじまりました。


 それと同時に、もっとも大事なお役目も決められました。


 それは神をこの地にお迎えする者。


 即ち、誕生された神を捜し出す者を選定するということです。


 システム神は“彼の地にて神が誕生した”とお告げを降されました。


 “彼の地”というのがどこであるのかは不明ですが、この地上にあることは間違いありません。


 そして私をはじめ、5人の巫女が集められました。いえ、正確には、お役目のために“巫女”とされた者を含め、5人。私ともうひとりは、そういう事情で即席巫女となりました。


 私たちを前に、神託の巫女様は仰いました。


「聞くのです、巫女たちよ! そなたたちは選ばれた!」


 神託の巫女様は今日もハイテンションです。


「神が生誕された。我らが神は、いまなお何処かを彷徨っておられるだろう。そなたたちの使命は唯一つ。御神を捜し出し、我らが【赤の神殿】へとお招きするのだ!」


 こうしてただの“巫女”から“探索の巫女”となった私たちは、当てのない旅にでることとなりました。


 私が一信徒からいきなり巫女に引き上げられたのは、私の“魔力探知”能力のせいでしょう。(おか)エルフだってエルフの端くれです。魔力を感知する能力は、他種族よりも上です。そんな岳エルフの中でも、私は飛びぬけてその能力が高かったのです。それこそ、近くで上位の魔法を使われるだけで吐気を催し倒れるほどに。


 いまでは訓練をして、高魔力を感知しても倒れるような事はなくなりましたが。


 その能力を買われ、私が探索の巫女に選ばれたのでしょう。実際、他の探索の巫女も私と似たような者たちばかりです。

 異例なのは、神殿魔法師の方がひとり加わっている事でしょうか。


 その後、私たち5人は、誰がどの方面へと捜索に向かうかを決め、ドーベルク王国を出立しました。


 私が向かうのは南。トラスコン王国をはじめとした、ドーベルクの南にある国々を回ることになりました。供として神殿騎士様がひとりと、案内人がひとり。


 神殿騎士様は私の護衛、案内人は、旅に不慣れな私たちの世話全般を行ってくれる頼もしいおふたりです。


 こうして3人で旅をはじめて1年。なんの成果もないままドーベルクへと戻ることとなりました。

 恐らくは、他の皆も戻ってきている筈です。私だけでなく、皆も成果がないことは、神殿支部で知ることはできています。


 今一度話し合い、見て回っていない地方へと向かわなくてはなりません。


 ……いえ、もしかすると、ドーベルク南部、トラスコンとの国境部にある呪われた地を探索することも視野に入れなくてはならないかもしれません。

 あとは……海を越えた遥か先にあるという、南方の大陸でしょうか。我らエルフの発祥の地ともいわれている大陸に。問題は、そこへと向かうための海路など存在していないということですが。


 まぁ、それは話し合って決めることになるでしょう。



 ★ ☆ ★



「くっ、殺せ!」


 神殿騎士のエルシャ様が迫る海賊を睨みつけます。ですが両足首の腱を切られたうえ、腕を拘束されているエルシャ様に彼らを止める術などありません。


 私たちは海賊に捕まりました。


 それもよりによって“人狩りデラマイル”です。


 ほかの海賊であったなら交渉の余地もあったでしょう。彼らとて教会と事を構えることなどしたくないでしょうから。


 教会は神と面子のためならば、例え騎士団が壊滅するようなことになろうとも、敵としたものを殲滅するための死兵となる者の集団です。

 神殿に入り、その事を知った時には、私もドン引きしたものです。


 ですがデラマイルは別です。


 死人に口無し。船ごと乗員乗客全てが消えてしまえば、遭難の末に沈んだと思われるのが普通です。

 明確な証拠がなければ、いかに教会と云えど、たかだか海賊団ひとつを相手に総力戦など挑みません。


 それを承知しているのか、デラマイル海賊団は船に乗っている者を全て攫い、船を沈めるという手口を取っています。である以上、私たちに何が起こったのかなど、正確に知ることのできる者はいないでしょう。せいぜいが遭難したと思われるだけに違いありません。


 そもそもデラマイルの海賊行為にしても、運よく生き残った者の証言により発覚したものなのです。


 これまでにデラマイルの手より運よく逃れ、生き延びることが出来た者は3名。


 いずれも船内に隠れ潜み、発見されることのなかった者。彼らは焼け落ちる船から命からがら逃れた者たちです。

 恐らくは、他にもこうして逃れた者もいたことでしょう。ですがその大半は海に消えた事でしょう。


 力尽きて沈んだ者。海獣に襲われ食われた者。生き延び、陸地に辿り着き、そして街へと帰れた者が、これまでに3人だけであったということです。


 彼らの証言からデラマイルの存在は明らかになりました。ですが、謎も生まれました。人を攫っておきながら、その攫った者たちがどうなったのか分からなかったのです。攫ったのですから、なにかしらの使い道があるはずです。大抵は、奴隷として他国へと売ることでしょう。ですが、奴隷として攫われた被害者が売られているという事実は、ひとつとして見つかりませんでした。


 それが謎であったのですが、まさか、ダンジョンの餌にされているとは……。


 それも、海賊共に散々に慰み者にされたあげく、殺されるというもの。


 犯され、殺され、打ち捨てられる。


 そんな女性たちの末路を見せつけられ、ついにエルシャ様の番となったのです。


 ごめんなさい。私にはあなたを助けることができません。これまで、たくさんたくさん助けてもらったというのに……。


 私は唇を噛み、目を背けました。



「状況開始。ご無礼」



 そんな声が聞こえたかと思うと、今まさにエルシャ様を襲おうとしていた海賊の首が切り裂かれ、血が噴き出し始めました。


 服を剥がれ、あられもない姿となっていたエルシャ様がその血にまみれ、真っ赤に染まっています。


「後程、風呂を用意する。暫しの我慢を」

「は……はい……」


 突然現れた、砂色の服に身を包んだ人物――声からして恐らくは女性――を見つめたまま、エルシャ様が放心しています。彼女はエルシャ様の拘束を解くと、すっくと立ち上がりました。


「聞け。現在、我が小隊が海賊共を殲滅中だ。海賊共の始末が着くまで、この場で暫し待機していろ」


 斑模様の、砂色の服を来た女性の言葉に、私たちはただ唖然と彼女を見つめるしかできませんでした。


 ことも無気に海賊の首を切り裂いた女性。なんの躊躇もなく、淡々と作業をするかのように行った彼女が、私たちは現実の存在であるようには思えなかったのです。


 すると、もうひとり。同じ格好をした女性がやってきて、彼女の頭を小突きました。なんだか、すこん! と、やたらといい音がしました。


「β5、云い方」

「そんなものを私に求めるな。警護に入る」

「やれやれ。すぐに片付きますので、ご安心ください。いまから皆様の拘束を解いていきますので」


 ふたりめの女性は私たちのそういうと、端の女性からその拘束を解き始めました。


 私たちは助かりました。犠牲になった女性が6名ほどいましたが、私たちは助かったのです。






 助けが遅いだのなんだのと、文句を垂れる輩が現れました。確か、新興の商人だったはずです。金海獣の毛皮の商売で、一気に財を築いた商会でしたか。いろいろと非合法の手段を取っていたという噂もあり、金海獣の生息地であるアランブール王国では取引を停止どころか、入国を禁じられたと聞いています。


 まったく。まさに絵に描いたような傲慢な成金ですね。自分が命じれば、なんでも周りが云うことを聞くと思っている愚か者です。


 私としては、あの愚か者の言葉のせいで冷汗がとまりません。寒気もします。


 それも致し方ないでしょう。


 なぜなら、目の前に探し求めていた御方。神……女神様がおられるのです。


 ……なぜメイドの恰好をされているのかが不明ですが。さらには、隣にいる真っ黒で、妙に恐ろし気な鎧の方に仕えているなどというのは理解不能でありますが。


 ひとり震えあがっている間に、女神様はあの無礼者の一団に船と十二分な食糧を与え、海賊共の本拠であった隠れ港から解放しました。


 女神様御自らハンカチを振って見送っておられます。なんという誉れ。


 だというのに、あの愚か者共はギャアギャアと文句と罵声を女神様に叩きつけています。なんという身の程知らず。


 システム神様、どうかあの愚か者共に神罰を落としていただけないでしょうか? ……いえ、女神様がああして見送っておられる以上、私が祈願するなど烏滸がましいというものです。


 みたところ、女神様は正体を隠しておいでのようです。であれば、なんとか内密とまではいかずとも、個別にお話しすることができないものでしょうか?


 そこまで考え、私は頭を抱えました。


 我ら矮小な者が、直接、女神様と言葉を交わすなど、あっていいわけがありません。今更ながらですが神託の神子様、女神様をどうやって神殿にお連れすればよいのですか!? 直接の会話など、畏れ多いにもほどがあるではないですか!






 ……杞憂でした。女神様は私たちの怪我等を癒してくださるばかりか、デラマイルによって取り上げられた金品の類を戻してくださるとのこと。


 それは個別に行われることとなりました。誰がどれだけのものを持っているのかを公開などしたら、いらぬトラブルを起こしかねません。女神様のご配慮に痛み入るばかりです。


 エルシャ様が怪我の治療の為に運び出されてすぐに、私が呼び出されました。


 案内された部屋にはメイド姿の女神様。そして女神様の座すテーブルの上には、取り上げられた私の私物が並べられています。


 私は席につかず、その場で跪き口上を――


「あぁ……私が何者であるのか露見しているわけですか。神託を得ていたコダマやアーシンの娘はともかく、それ以外のことで察知されるというのは問題でしかありませんね」


《マスターに相談されることを進言します。以前、あっさりとアーシンの娘にその正体が露見したことにより、自身の“(オーラ)”を隠蔽する技術を模索、構築、実行しておられます》


「はい? あれは、衰弱した結果ではないのですか!?」


《瀕死状態であるのであればともかく、衰弱程度で“格”を隠せるものではありません》


「……なんでおかしなところで優秀なのですか、マスターは」


 突然始まった会話に、私は口上を途上で止め、跪き、控えた恰好のまま顔を引き攣らせていました。

 私はいったい、なにを間違えてしまったのでしょう?


「面を上げなさい。それではまともに会話もできません。【赤教】の巫女殿」


 女神様の言葉に、私は生きた心地のしないままに、頭を上げました。



 ★ ☆ ★



 私たちはいま、海上にいます。


 デラマイル海賊団が使っていた海賊船に乗り、本来の目的地であるドーベルク王国アルスゴーの港町へと向かっています。


 幸い、船を航行させるだけであるなら十分な船員が生き残っていたため、私たちや他の乗客は皆、船室で大人しく過ごしています。


 生き残った自身の幸運を噛み締めながら。


 ……いえ、一部の者は……その、命は存えたものの、大きな傷を受けたようですが。


 いや、その、案内人であるビフさんが、ずっと死んだ目をしたままブツブツと云っていましてね。なんというか、もう、居たたまれないというかなんというか……。


 傷は治っています。それこそ痕も残さずに。それはエルシャ様の両の足首の状態を私も見ていますから、ビフさんの傷も大丈夫なはずです。


 で、デリケートな部分なので、確認はしていませんが。


 問題なのは傷の有無ではなく、傷を負うことになった状況のことで、精神面に多大な影響をうけたともうしますか……。


 ――ぶっちゃけましょう。犯されて快楽に目覚めてしまったのだそうです。そのことで自己嫌悪に陥って、現状の有様です。俗に云うところの“受け”になってしまったみたいなのです。


 さすがにこればっかりは、あまりにもデリケートすぎて下手に慰めることもできません。逆効果になっても困りますし。


 神様も下手に記憶と精神をいじると、どこまで影響がでるか不明であるため、傷を治すだけに留めたと仰っていました。


 ……はい。神様に拝謁することが叶いました。


 私が女神様であると思っていたメイド姿の御方は、準神という、神に仕え補佐をするお役目の方であると聞かされました。

 つまり、神はあの黒い鎧の御方であったのです。


 この事実をエルシャ様に報せたところ、神殿騎士を辞め、神の下に参じると云いだしました。エルシャ様は末席とはいえ、伯爵家令嬢でしたよね? そんな勝手ができるのですか? なんだか私に面倒事が降りかかりそうな気がするのは、気がするだけですよね? いや、あの、口添えって、私如きポッと出の巫女では、口添えなんてあってないようなものですよ? いや、頼りにしているって、エルシャ様!?


 ビフさん? ビフさんも落ち着いてくださいね。「俺は女好き。俺は女好き。俺は――」って連呼するのはやめてください。するにしても個室に戻ってからにしてください。変な目で見られていますから。見られていますから!


 すでに私たちはパーティとしては瓦解しているようなものです。


 エルシャ様が神様とどんなお話をしたのか不明ですが、完全に心酔しています。ビフさんは新境地に至ってしまったらしく、おかしな有様です。


 私は神殿に戻り次第、このことを神託の神子様に報告せねばなりません。


 えぇ、報告をしなくてはならないのです。


 うぅ……お腹が痛い。まだ陸地にもついていないのに。


 こうして私は、ひとり船室で寝込むこととなったのです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ