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06 また面倒なことになりそうだ


 ふふふ。訓練の成果を見せる時が来たよ。


 本当なら、座標だのなんだのと、精密な制御が必要みたいなんだけれど、そこはあれだ。感覚的な曖昧さでなぜかどうにかなった。予想以上に人間の脳みそは高性能であるようだ。


 ……いや、いまはもう、私、人間じゃなかったね。だからこそできるのかな?


 あ、なんの話かって? 転移の話だよ。


 視界の範囲なら問題なく瞬間移動できるようになった。初めてやった時はビビりまくってたりしたけれど。

 で、その後、映像で見ている遠距離にも転移できることが分かったんだよ。


 さすがにヒュンと消えて、パッと現れる方式だと怖く感じたから、某ピンクのドアみたいに、通過することで別所に移動できる……なんていうの? 空間――ちがうな、平面? を作ることに成功したよ。


 ということで、第1小隊が制圧した敵ダンジョンのラスボス部屋へと行くよ。


 つっと手を伸ばすと、なにもない空間に水の波紋のようなものが広がった。そこへ思い切って手を突き入れると、手首から先が消える。

 で、モニターに視線を向けると、何もない空間から手が生えているのが見えた。


 うん。上手くいっているね。


 私はそのままその揺らいだ空間を通り抜けた。


 ……出来ているのは理解しているけど、その原理は自分でやっておきながらさっぱりというのは、どうにも違和感があって気持ち悪いんだけれど、これはこう云うものだと思うしかないのかなぁ。


「マスターの神としての権能のひとつなのですから、思い悩むだけ無駄です」

「冷たくないかい? メイドちゃんや」


 私の後についてボス部屋に移動してきたメイドちゃんを、じっとりとした目で見つめた。メイドちゃんはあからさまに目を逸らした。……いっ子、その生暖かい視線はなんだい?


 くそぅ。


「みんなお疲れ様。さすがにドラゴン相手にその装備は相性が悪かったね」

「お見苦しいところをお見せしました、マスター」

「いや、こっちのミスだからねー」


 SG553はいい銃なんだけれど、さすがにドラゴン相手には威力不足だったね。


 倒れている砂竜の皮膚を触ってみる。鱗が覆っているわけじゃないね。イメージ的にはあれだ、恐竜の身体がこんなんじゃないかなぁ、って感じだ。


 トリケラトプスの皮膚とか堅そうだし。


 これ、こっちの世界の主流となってる剣だと切れそうにないね。槍も……貫通させるのは厳しいかな。バリスタとかを撃ち込めは貫けそうだけれど。そんなもん持ち運ぶようなもんじゃないしね。アレ、基本的に固定砲台だし。


 斬撃特化の剣だと斬れるかな?


 でも日本刀でも、こんなデカブツを斬るとなると致命傷を与えるには至らないよねぇ。どうにか関節部を狙って腱を傷つけるっていうのが最上?


 叩き切る系の武器だと、馬鹿みたいに重くしたハルバードならなんとか? いや、そんなもの実用性をぶち殺してるだろうし、使えないって。使い手が振り回されるか、そもそも持ち上げられないよ。


「本気でゲーム的な方向性のドラゴンスレイヤーとか作った方がいいかな?」

「ゲーム的な、ですか?」

「そ。ドラゴン特効がある武器ね。伝説というか、お話に登場する本来のドラスレって、ドラゴンを殺しただけの普通の槍だからね。一応、名工の手によるモノ……だったかな?」


 要はあれだ。ロンギヌスの槍みたいなもんだ。確かあれも一般兵に支給されてた量産品の槍なわけだし。

 ……相方の方も同じく処刑で同時に槍を刺したというのに、心臓を刺したか否かの違いだけで、そっちの槍はほとんど知られていないというね。心臓を貫いたか否かがそんなに重要なのかね?


 というか、現物、残ってるのかな? 残っていたら聖遺物扱いになってるんだろうなぁ。


「ドラゴン特効と申されましても、実際には難しいかと」

「まぁ、そうだよねぇ。竜種にのみ攻撃力UPとか、どうやるんだって感じだしねぇ。アンデッド特効とかなら出来そうだけど」

「まぁ、マスターの権能でしたら、それは簡単にできますね。ですが、あまりにも危ない効果に成り兼ねないので、安易にやらない方がよろしいかと」

「……どゆこと?」


 不安になり、メイドちゃんに確認した。


「下手をすると、触れるだけで生けとし生けるモノが生命を停止する代物になるのではないかと」

「ちょっ、それはもうアンデッド特効どころじゃないよ!?」

「ですが、マスターの権能は生命そのものですし」


 ……恐ろしいことに成り兼ねないから、特効系武器を作るのは止めておこう。ロクなことにならなさそうだ。


「もっと権能の練習をしてから作ってみるよ」

「作るのは止めないんですね」

「試してみたいじゃん」

「試験はどうするので?」


 あ……。


「どっかに殺しても問題ない竜種とかいないかな?」

「まぁ、探せばいると思いますが、その手のドラゴンは討伐依頼がでているものですから、試験に向かうにしても面倒事になりかねないかと」


 私は顔に手を当て項垂れた。


 本当に浅はかだな、私は。


 まぁ、武器に関しては後回しにしよう。


「とりあえず、このドラゴンを回収して、ダンジョン・コアを掌握しようか」

「DPを吸い取った後のダンジョン・コアはどういたしますか?」

「え? 廃棄だよ。いらないよ、こんなダンジョンのコアなんて。必要なら作ればいいんだし」


 私は答えた。それに、ここもウチの支配ダンジョンにしちゃえばいいしね。港があるんだから、有効活用しないと。海産物の入手もしやすそうだし。


 私たちは隊長について奥のダンジョン・コア部屋へと入った。


 中は既に隊員が制圧済みだ。ダンジョンマスターはこれまでにないくらいに死んでいるね。首と胴体が離れているし。


 片腕の無い青年。みるからにチンピラっぽいのがまた小物臭をぷんぷん漂わせているよ。うん。私が来る前に始末してくれて良かったよ。こんな輩と話したくなんてないからね。


 偏見? かもしれないけど、海賊なんぞと仲良くなろうなんて思わないから問題なしだよ。


「ダンジョン・コア、この生首を氷漬けにしてくれるかな? 【氷棺(アイスコフィン)】の魔法でやってね」


《かしこまりました。凍結後、ストレージに保管します。第2小隊が処分した者も随時凍結、保管します》


「よろしくねー」


 さて、それじゃっと。


 部屋中央の台座上におかれている薄青色の珠に視線を向けた。つかつかと歩みより、無造作にむんずと掴む。


 おー。初めてダンジョン・コアを掴んだ時みたいだね。不愉快なことをほざいているけれど、あの時と比べると“圧”がまったくないや。


「お前の言い分など知らん。とっとと力を寄越して死ね」


 ――とはいえ、まったくイラっとしないわけじゃない。


 私が一言命じるや、あっという間にダンジョン・コアは私の支配下にはいり、命じた通りにDPを私に譲渡して自壊した。


 なんか、命乞いをしてたけれど、いらないしなぁ。そもそも喧嘩売って来たヤツを許すような度量なんぞ、私は持ち合わせておらん。


 で、DPを私の活力というか、存在質量として奪ったわけだけれど。


「あんまり回復した感じしないなぁ」

「まぁ、瀕死から疲弊に変わった程度ですからね。例えるなら、集中治療室から出ることができた、というようなところですか」

「……先は長いね」

「他ふたつのダンジョンからDPを奪えば“平常”程度にはなるでしょう」

「“平常”?」

「なんの問題もないということです」


 あぁ、可もなく不可もなく、普通ってことね。


「ところでマスター」

「なにかな?」

「海賊共が拉致してきた者たちはどういたしましょう」


 あー……。


「そういや、DPにするために、拉致して殺してるんだっけね」

「殺す前に男女問わず暴行しているようですが。性的に」


 あー……。


「何故か女性より男性の方が人気のようです。この辺りも事前情報通りですね」

「……マジで男色家が多いのか。まぁ、どうでもいいや。被害者の人たちは解放するよ。ここで放り出すと遭難しちゃうだろうから、どうにかしないといけないね」


 んー……そうだ!


 拉致された船員さんが十分な人数生き残っているなら、海賊船に乗せて放り出せばいいんじゃないかな。


「船は要りませんか?」

「キャラック船とかいらないよ。必要なら作るし。外観が問題なら偽装するし。そうでもしないとこの世界の帆船なんて不便でしかたないよ」

「わかりました。そうしましょう。海賊共の殲滅も完了しました。首も回収済みです。参られますか?」

「そうだね。皆をねぎらってあげないと。あと、拉致された人たちへの説明もしないとね」

「そちらはお任せを。そうそう、被害者の中に有用な人物がいましたので、少々交渉をしたく」


 メイドちゃんの言葉に私は首を傾げた。


「交渉?」

「はい。それなりに有力な商人の若頭が紛れ込んでいましたので、マスターが作る町で商いをどうかと勧誘してみようかと」

「あー。ウチだけで全部回すわけにもいかないしね。というか、片っ端から面倒を見るとかすると、絶対にロクなことにならないしね。うん。任せるよ」


 それじゃ、鎧に着替えて港に行こうか。あ、第1小隊も一緒についてきてね。




 うん。なんでこうなったかな?


 いや、拉致された人たちの一部が、私たちに無茶なことを云ってきたのよ。どうでもいいから捨て置いたけれど。あんまりうるさいなら、連絡艇に乗せて外洋に放り出したればいいし。遭難してしまえ。お前らを助けたのはなりゆきで、実際の所はどうでもよかったんだ。


 で、そんな不愉快な気分でいる私の右足に、幼女がしがみついている。身なりの良い、金髪の可愛らしい子だ。4歳くらいかな?


 ……なんで私なのかな? 真っ黒な怪しげな鎧姿なんだけれど。声もボイチェンで男性のものに変えているし。

 普通、しがみつこうとか思える姿と雰囲気の人物じゃないよ?


 ほらほら、隣に綺麗で凛々しいお姉ちゃんがいるよ。いや、いっ子、そんなに顔を引き攣らせないでよ。なに? 子供の相手の仕方がわからない?


 ……さん子を呼ぼうか。あの子、ファミリードラマとかに嵌ってたから、多分、子供の相手とかもできるだろうし。問題なのは、見ていたのがアメリカンコメディーなドラマだったってことだけど。まぁ、多分、大丈夫だろう。


 ってことで、さん子を呼んだんだけれど、なんでよっ子まで? というか、なんでプロトヴァルガ―を持ち出してるの? つか、その背中にくっつけられた座席はなに? いつのまに改造したの?


 あとで詳しいことを聞かせ――って、女の子と乗って港一周に行っちゃったわね。……さん子、とりあえず面倒を見てね。


 あの女の子、どうも下級貴族の娘っ子らしい。うん。らしいっていうのは、確認がとれないんだよ。一緒だった父親とお付きの護衛だのなんだのはみんな殺されちゃったみたいでね。船に乗っていた彼女の身内はひとりもなしの有様みたいなんだ。ドーベルクで母親は健在であるようだけれど……。


 なんかまた面倒なことになりそうだなぁ。ドーベルクの貴族であるっぽいから、鉄打姫経由でどうにかならないかな。まぁ、鉄打姫は自身にも知らされていないレベルでエルダードワーフであることを秘匿されていたわけだから、そうそううまくいかないかもだけれど。


 誰か送り込んでコンタクトをとらないとダメだよね。さすがにウチで面倒見る訳にはいかないし。

 あ、例の商人さん、その貴族とアタリとか持ってないかな。あるならそっち経由で娘さんを送り届けられるしね。


 誘拐犯とかに仕立て上げられたら堪ったもんじゃないし。


 偉そうに命令してきた馬鹿共は外洋へと退場して貰って、不安そうな顔で殊勝にしている人たちにはメイドちゃんが説明をしている。

 船乗りはどうにか操船可能な人数が残っていたようだ。若干人手不足であるようだけれど、そこは生き残った男衆に頑張ってもらおう。


 一部、お尻が大変なことになっているみたいだから、ポーションも渡してあげよう。心までは治せないけど、裂けたお尻の穴はどうにかなるよ。


 犯された女性陣は……うん、どうにもならないね。せめてもの慰めと云うか、今回のことで妊娠するようなことのないように処置をしてあげよう。


 さて、砂エルフちゃんは敵討ちが成功したこともあってか、まさに精も根も尽き果てたみたいな有様だ。

 とはいっても、これできちんと区切りはついたんだし、自分の人生をまた歩きだせるようになるんじゃないかな。


 そして第2小隊隊長からとある書類を渡された。


 まったくもって見慣れない文字で、それはそれは芸術的な雰囲気でつづられた文章。


 丸っきり読めないんだけれど、意味はしっかりと理解できるという気持ち悪いことになっているよ。この気持ち悪さを伴う神様能力はどうにかならんのかな。


 それはさておき、この書類もある意味面倒と云うか、使い道が微妙に難しそうな代物だった。


 “復仇免許状”。要は、国家が認めた海賊であるという証だ。もちろん、襲撃対象は他国の船ということだ。

 ちなみに、戦時中であれば“私掠免許状”となる。


 つまり、デラマイルはどこぞの国……えーっと、シャトロワとかいう国の子飼いになっていたということだ。


 シャトロワってどこにあるんだろ? まぁ、それはあとで調べよう。


 でも、これはこれでまた厄介なものが……。これ、ドーベルクに渡したら、戦争案件に発展したりしないかな。


 これの扱いも考えないといけないのか。


 こんな書類はなかったことにしたいけれど、そうもいかないだろうなぁ。


 デラマイルの首を使わなければいいんだけれど、どう使うかも決めているしなぁ。


 はてさて、どうしたものかと、私は深くため息をついたのだった。



これにて第5章は終了となります。


明日、明後日と閑話をふたつ投稿します。

第6章は完成まで暫しお待ちくださいませ。

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