04 彼女は本懐を遂げる
みんなの敵を討つ。
ついにその時が来た。
本当にこのダンジョンのダンジョンマスターには感謝しても仕切れない。命も助けてもらったのだし、なんとしても恩返しをしなくては。
命を落とした私を蘇生する際に、いろいろと手違い? があったらしく、私は死ぬことができなくなったそうだ。
当然ながら、実感なんてわかない。
メイド様がいうには、この状況は不幸なことであるのだそうだ。もっとも、私としては願ったりだ。それは例え致命傷を受けたとしても、ヤツを殺すチャンスはあるということだ。
……ただ、現状、死ぬとどういう事態に陥るのか不明であるため、あっさりと死なれると困ると云われ、あれやこれやと装備を貸与された。
先ず、今着ている、この奇妙な鎧だ。身体の要所を覆うだけの簡易的な鎧でありながら、変な骨組みで全身部分が繋がっているというものだ。
二の腕と腹部、股間部分に鎧甲はない。鎧の形式としては、ダンジョンで活動を主に行っている前衛が好んでいる鎧に近い。
ただ、この鎧は特殊な魔法が掛かっているみたいだ。……魔法、だよね? ぜんぜん魔力を感知できなんだけど。
着るだけで身体能力が上がる。……ちょっと違うな。後押しされる、っていうほうが正しいかな? 鎧が私の動きに合わせて、力を貸してくれる、っていう感じだ。そのせいで、慣れるまでに時間が掛かったけれど。いや、まだ慣れていないから、メイド様が鎧の性能を制限してくださったよ。
次に武器。
えっと“えむ9”とか云ってたかな? への字をした柄に小さなレバーの着いた金属製の絡繰り。拳銃というらしい。
人に向けてこのレバーを引くだけで人を殺すことができるとかいう、とんでもない代物だ。
実際、メイド様の監督の下、練習をし、その威力を実感した。
「金属鎧の鎧甲を貫き致命傷を負わせる威力は望めませんが、当てる場所さえ選べば殺害も可能です。まぁ、鎧に覆われていない場所に当てさえすれば、相手はまともに行動できなくなりますから、気にせず撃てばよろしいです」
作戦まで時間があまりなかったから、それこそ寝食以外は練習時間に当てた。おかげで、止まっている的であれば狙ったところに当てられるようになった。
ただ、拳銃で頭を撃つことは禁じられた。
「名のある海賊です。その首には賞金が掛かっていると思われます。ならば、その首はなにかの役に立つでしょう」
と、メイド様に拳銃でのヘッドショットは禁じられた。まぁ、相手を行動不能にする手段として非常に優秀なのだ。私にとってはそれが重要だ。
そして最後に近接武器として、細剣みたいな片刃の刃物を渡された。
ナックルガードのついていない、木製の柄の細身の刃物。細剣みたいだけれど、刺突特化ではなく、これは斬撃特化の刃物とわかる。
「それは包丁です」
「え、包丁!?」
「はい。鮪という、大型の魚を捌くための刃物ですね。ですが、そこらの剣よりも遥かに斬れる代物ですよ。扱う技術とその鎧のパワーアシストがあれば、一撃で首を刎ねることも可能でしょう」
……半信半疑で試し切りをさせてもらった。
丸太に藁束を巻き付けたものを立てて、袈裟切りに剣――じゃない、包丁を振る。この包丁を扱うコツは、包丁を引くこととのこと。引く際に斬るのだそうだ。ノコギリを前後に動かして木材を切るけれど、そのノコギリを引っ張るの同じようにやればいいとアドバイスをうけた。
厳密には正しい教え方じゃないそうだけれど、それが一番分かりやすいだろうとのことだ。
そしてその結果だけれど、藁束は容易く両断できた。細いとはいえ芯棒とした丸太ごと。それはもうスッパリと。
こ、これは本当に包丁なのかな? 切れすぎじゃないかな。本当に切るじゃなく斬るになってるんだけど!?
私たちが使っている砂蟲解体用の大型ナイフより切れるんだけれど。
「……さすがは地球の現代技術で鍛えられた包丁ですね。切れ味がおかしいです。仕事に制限を掛けられた刀匠が嘆くわけです。“今の時代、刀より包丁の方が切れ味がいい”と。なんで刀匠に技術を研鑽することを禁じたんですかねぇ。素材やらなんやらから好きに研究させて刀を打たせれば、それはそれは恐ろしい刀が生まれたでしょうに。まぁ、ここではそんな制限などありませんから、造りますけど」
なにやらメイド様がブツブツと恐ろし気なことをいっていた。
私たちは通路に無造作にあいた横穴へと入った。明らかに作りからしておかしな繋がり方をしている横穴だ。通路に対して直角に綺麗にあいた穴。
[システム起動。作戦領域へと入りました。これより戦闘支援を開始します]
うぇっ!?
いきなり耳元に聞こえて来た女性の声に、私は飛び上がった。
子供のような声色だが、その口調は大人の女性そのものだ。傭兵ギルドの受付嬢の喋り口調を思い起こさせる。その上、目の前に色々と文字やら記号やらが浮かび上がった。
この兜の面頬部分には玻璃が張られていたけれど、そこに浮かび上がっているみたいだ。
え、いや、なにこれ?
“てれび”とか云うものを視たりはしたけれど、これもそういったもの?
というか、何が書いてあるのか分からないよ。
[言語の不理解を感知。当該言語データを管理システムよりDLします。――インストール開始。――インストール完了しました。表示言語を西方共通言語に切り替えます]
あ、読めるようになった。
読めるようになったけれど、よくわかんないんだけど? ば、ばってりー?
ま、まぁ、いいや。
私たちはそのまま縦列のまま進み、最初の分岐路で他の隊と分かれた。
第1小隊は最下層へと向かい、第3、第4小隊はここより下層にいる全ての魔物の討伐に当たる。
私がお邪魔している第2小隊はこのまま、この階層端にある港へと向かう。
港はダンジョンの第1階層からここ第8階層まで抜いた大きなフロアとなっているとのこと。ここ第5階層が丁度海面の高さとなっているのだそうだ。
そしてその港こそが“人狩りデラマイル”の拠点となっている場所だ。
あまり使われていないと思われる通路をとおり、港へと到達した。
巨大なくりぬかれたような空間につくられた港。大きな海賊船が停泊しており、桟橋にはそこかしこに樽がまばらに置いてある。
その向こうにはこの巨大な洞穴の出入り口が大きく口を開いている。外は夜のようだ。真っ暗な中、海面が月明かりを受けてか、キラキラとしている。
この大洞穴の壁面には、いくつもの建築物。石造りの建物がいくつも並んでいる。そこかしこに篝火が炊かれているが、そこには燃料と思しきものは確認できない。ダンジョンならではの光源ということだろうか?
でも、私が厄介になっているダンジョンは、天井そのものが光源となっていたけれど。これはダンジョンごとの違いということだろう。
一度、ドーベルクのダンジョンに3人で潜ってみたこともあったけれど、そこはここと同様に、光源としては消えない松明が炊かれていた。
私たちは身をかがめたまま、港をうろついている海賊共に見つからないように影に隠れるように移動する。
そういえば、私たちの存在はダンジョン側には感知されているのだろうけれど、こうしてコソコソとしていることの意味はあるのかな?
[他小隊が下層で派手に作戦行動を行っています。そのため、こちらに注意を向けるだけの余裕がないと思われます。
また、海賊はダンジョンに属しているモノではないため、連絡手段がないということもあります]
おぉ、なるほど。
……いや、なんで私の考えていることがわかるの? なんだかちょっと怖くなってきたよ。
ややあって港の隅にある、あまり使われていない倉庫脇へと到達した。
「各分隊ステルスモード。配置につけ。お嬢さんは私と」
小隊長さんに云われ、私は小隊長さんの側に寄った。そして指示されたように、私たち第2小隊のみに渡されたフード付きの大きな外套を羽織る。
って、ええっ!? な、なんか透明になったんだけれど?
驚き、目を瞬いている間にも、3人1組となった隊員たちが目的の場所へとと向かっていく。
よーく目をこらしていれば、陽炎みたいに微妙に揺らいだ人型が移動しているのがわかる。
でもこれ、居ることが分かっていなければ、認識することなんてできないよ。
「さて、お嬢さん。我々の行うことを確認する」
「はい」
「グランドスライムたちが港を閉鎖する。それに合わせ、我々ふたりは敵船へと突入、海賊共を殲滅する。お嬢さんはデラマイルを殺すことに集中しろ。露払いは私とスライムたちが行う」
「はい」
小隊長さんの言葉に私は頷いた。
スライムたちについては知っている。見たことも聞いたこともない種類のスライムたちだ。
正直、戦うとなったらまず何もできずに殺されるんじゃないかと思う。そもそも、会議の時にゴーレムだと思っていた、あの透明のメイドさんがスライムだと知った時には、驚き過ぎて放心したくらいだ。
人型になって喋るスライムとか、わけがわからないよ。それは本当にスライムなのかな?
小隊長さんについて私たちも場所を移動する。ほぼ透明になっているから、見失わないようにしないと。
やがて、この港の各所に散った分隊のみんなからの連絡がはいる。配置についたという連絡だ。
こうしてみると、この鎧は本当にとんでもない代物だと思い知らされる。なにしろ遠方にいる者とすぐ側にいるかのように会話することができるのだから。
確か、魔道具で似たようなものがあるけれど、色々と制限があると聞いた。大きさも結構なものであるとも。
「総員、状況を開始せよ」
小隊長さんが云う。途端、港のそこかしこから爆発音と光が走った。たちまち海賊たちがバタバタと騒がしく動き出した。
「突入する」
「はいっ!」
小隊長さんについて走る。向かうのは海賊船。
途中、酔っ払ってフラフラしている海賊がいた。上等な革鎧に、段平を腰に下げている。騒ぎで出て来たのだろうが、状況をまるで理解していないようだ。
すれ違いざま、小隊長さんが無造作にその海賊の首を引っ掴み――
ゴギッ!
容易くへし折った。
そのままその海賊は捨て置き、桟橋を駆ける。
渡し板を一気に登る。その際、港の海への出入り口が見えた。そこにはいつのまにか、格子の柵が出来上がっていた。
会議でもたらされた情報では、デラマイルをはじめ、海賊団の重鎮たちは滅多なことでは船を降りないそうだ。基本的に船で過ごしている。
配下の海賊たちは港に降り、攫ってきた者を相手にあれやこれやをした後に、殺すのだそうだ。ダンジョンの糧とするために。
ダンジョンマスターが「海賊には男色家が多いのか?」などと、心底嫌そうに云っていたのが印象的だった。
私はと云うと、報告書を読んで思わず漏らしたらしいその言葉に、口元を引き攣らせたけれど。
船上に上がる。
船上には複数の海賊が船べりから港を見ていた。港での騒ぎに気付いたのだろう。私もチラと港に視線を向ける。
だが港の方は静かなものだ。要所要所の建物内に突入したみんなが上手くやっているのだろう。
桟橋には先ほどの海賊の死体が転がっているのが見えるはずだが、飲んだくれて寝ていると思われているようだ。
「デラマイルを正面奥に確認。行け」
小隊長さんの言葉に、私は気持を引き締めた。どうやら、少しばかりこの状況から逃避していたようだ。いや、それともいまだに現実だと受け止めていないのかもしれない。
敵討ち。
それを行う時がいまだという実感がいまだにないのかもしれない。
小隊長さんが姿を現わす。途端に周囲にいた海賊たち5人が慌てふためいている。
その向こう。船室へと続く扉の前に、海エルフの男がひとりたっている。
見つけた。
あの時見たままの姿。
身体に戦慄が走る。
同時に沸き上がる歓喜。
見つけた!
速度を上げ、いっきに間合いを詰める。
腰に下げた包丁を抜き打つ。だがその渾身の一撃は段平で弾かれ逸らされた。
こっちの姿はまともに見えていないハズなのに!?
「どこの正義の味方だてめぇっ!」
喚くや、デラマイルの姿が消えた。消え、少しばかり離れた場所に姿が現れる。
こちらに向けられている左手。
突如として私の体が燃え上がった。
魔法!? でも直接相手を焼く魔法なんて聞いたことない!
私の姿を消していた外套の表面が焼ける。この外套自体は燃えにくいと説明を受けている。
そう簡単に燃えはしないだろうけれど、魔法の炎を受けては影響はでるようだ。
表面が黒く煤けたようだ。おかげで私の姿はほぼ丸見えとなった。
豪奢な革鎧、妖しい光沢の段平。鎧はともかく、あの段平は魔剣の類のようだ。
見えないというアドバンテージは消えた。だからどうした。元々私はこいつを、ただ力任せに殺すつもりだったんだ!
放たれる魔法を掻き分け、接敵する。船上で炎の魔法とか、馬鹿じゃないのか?
それとも、炎に見えるだけで、まったく別物の魔法なのか? 熱さは感じる。でも、この鎧のおかげか、まったく影響はない。
なんか、目の前になにかの残量を示す表示がでているけれど、多分大丈夫!
包丁を振る。振る。振る。
だがどれも弾かれいなされる。その上、態勢を崩したところに段平を打ち込まれる始末だ。
どれだけ私の剣技がお粗末かよくわかるというものだ。
本当にダンジョンマスターには感謝しきれない。支援をしてもらえなければ、私はきっと、もうとっくに殺されてる。
パキン! と、なにかが割れるような音が聞こえた。
[左肩部鎧甲損傷率27%。状況の立て直しを行います]
突然、私の身体が動かなくなった。
[自動防衛を開始]
勝手に左腕が動く。これまでと違い、篭手に固定されている四角形の盾でデラマイルの剣を軽快に弾いていく。
足の方も私の意思に反して動いている。もし勝手に動いていたのが左腕だけだったなら、剣を受けた際にバランスを崩して転倒していただろう。
「チッ、なんだ!?」
フッっとデラマイルが私の前から消え、少しばかり離れた場所に現れる。
さっきと同じだ。だが、あれは転移とかではない。そんな魔法が使える魔法使いなんて聞いたこともないし、できたとしても膨大な魔力を消費するはずだ。個人が気軽に扱えるものじゃない。
恐らくあれは身体強化を絡めた技術だ。瞬動法とかいう技だったか。難易度の高さと使い勝手の悪さから、使い手はほとんどいないと聞いている。
当然だけれど、そんなマイナーな技を使うやつの相手なんて、したことがない。
さすがに連発はできないみたいだけれど、攻撃の間を絶妙に外され、まともに戦えていない。鎧に身を任せているおかげで、こうして冷静にどう対処すべきか考えていられるけれど、どうにもいい考えが浮かばない。
[ベレッタM9の使用を申請します。許可を願います]
「こいつの動きを止められるなら、なんでもやって!」
私は云った。
途端に包丁を腰に収め、右腿に収めてある拳銃を抜いた。
デラマイルの表情が変わる。
侮蔑、嘲笑、警戒、殺意。
またしても消える。
でも無駄だ。
右手が勝手に動く。放り出すように真横に向け、引き金を引く。
甲高い破裂音がし、直後にくぐもったデラマイルの声が聞こえた。
なんだぁ、こりゃあ! とか云っている。
目を向ける。撃った銃弾は、デラマイルの右膝を撃ちぬいたようだ。これでデラマイルの機動力は殺した。
[戦闘アシスト終了します。ご健闘を]
その言葉に、私は歯を剥くような笑みを浮かべた。
そうだ。これは敵討ち。
私が殺らなくちゃ意味がない!
銃を収め、右腰の剣……包丁に手を掛け、デラマイルに向かって一気に間を詰める。
「クソがっ! いい気になってんじゃねぇぞ!」
デラマイルが予想外の痛手に喚いているが知ったこっちゃない。ズル? 知るか! 正々堂々だろうが卑怯だろうが、ぶっ殺さなくちゃ意味がない!
右肩を前に出すように身を屈めたまま、デラマイルに向け間を詰める。あと一歩踏みだせば間合いに入るというところで、包丁の柄に掛けた手に力を込める。
最後の一歩を踏み込み、身を起こすようにぐるんと身体を捻る。
同時に抜刀し、下から包丁を右上に向けて振り上げる。包丁は容易く、ほとんどなんの抵抗もなくデラマイルの右手を斬り飛ばした。
振り上げたところで包丁を返し、今度は一気に振り降ろす。右腕同様、左腕も肘上から斬り落とした。
デラマイルは驚いたような顔をしていた。まさかこうもあっさりと鎧ごと腕を落とされるとは思わなかったのだろう。
いや、もしかしたら今もなにが起きたのか理解できていないのかもしれない。
でも私はそれを待ってやるつもりなんてない。
デラマイルがふらつくように一歩退がる。
逃がさない。
私は更に踏み込み、位置を確認し、ぐるんとその場で一回転。遠心力を乗せて、デラマイルの首に包丁を叩きつける。
本当にこれは包丁なのかな?
あまりにもあっさりとデラマイルの首を刎ねた、刃渡りが私の腕よりも長いこの包丁は、やっぱりどうみても剣にしか見えない。
何故かそんな場違いなことを思いつつ、首を失い、血を溢れさせながら倒れるデラマイルを私はぼんやりと見つめていた。
「お見事」
船上にいた全ての海賊を片付けた小隊長さんが拍手をしてくれた。私と違って軽装備である小隊長さんは、まったくの無傷であるどころか、返り血さえも浴びていなかった。
手の包丁が途端に重く感じる。
頬を涙が伝うのを感じる。
あぁ、泣いてるんだ、私。そういえば、あれ以来、泣くのなんて初めてだ。
私はその場にぺたんと座り込んだ。なんだか凄い疲れた。
引き攣らせたような表情のままのデラマイルの首が転がっている。
その首をみて、私はこんなことを考えていた。
あぁ……ふたりにはなんて云い訳をしようか。
※感想、誤字報告ありがとうございます。




