01 マジもんの犯罪者じゃないっすか
遅くなりましたが、本日より第5章の投稿を開始します。
ちょっと見切り発車となっていますが、多分、大丈夫。
全6話+閑話1話の予定です。
よろしくお願いします。
※ 砂エルフ の表記を 森エルフ と誤表記していました。既に修正済みです。
ご指摘ありがとうございました。
「保護した砂エルフの娘を同席させること進言します」
そんなことを云いだしたクアッドスライムに、私は目を瞬いた。
なんの話かと云うと、ウチに侵略中のダンジョン攻略に関しての会議の話だ。
「え、なんで? なにか関係があるの?」
彼女は私が目覚めた翌日に意識を取り戻し、私の食糧用に大量に造られたゼリーの余りを食事として、すっかり衰えた体力の回復をはかっている。さすがにいきなり普通の食事なんかさせたら、お腹が痛くなるからね。
健康上の問題はなし。体力の衰えだけとのことだ。というか、私が造り替えちゃったから、健康体であるのは当たり前のことなんだけれど。
でもなんで彼女をダンジョン攻略会議に同席させなくちゃならないんだろ。
「件のダンジョンのダンジョンマスターに問題があります」
「ん? もしかして、彼女と同族とか?」
「いえ、砂エルフの娘は被害者である可能性があります。そうであれば、奴等の詳しい情報を得ることもできるかと」
……。
おぉう。なんか気が滅入るような話になりそうだ。
★ ☆ ★
ダンジョンを攻略しよう。
ダンジョン・コアが貯め込んでいるDPを奪取して、弱体化著しい私のエネルギーにしてしまおう、というわけだ。まぁ、たかが知れているらしいけれど、それでも私のペースでの回復量でいえば、1ヵ月分くらいにはなりそうとのことだ。
思ったんだけれど、ウチの有り余ってるDPを変換して私のエネルギーしたりしたらダメなの?
「姉様を復活させるためのDPが目減りしますが。少なくとも京単位で消費する予定ですので、マスターの完全復活に使用しますと確実に足が出ますよ」
おぉう。またえらく使うね。
「最低でも仙人といいましたが、これだけあるのでしたら、準神レベルでの構築も可能と思われます。どうせなら出来うる限りの最高で復活としましょう」
「……いや、お姉ちゃん、人間だよ。普通の……とは云えないかもしれないけれど。仙人でも大概だろうに、いきなり準神とか大丈夫なの?」
「神が神を創り出すことは不可能ですが、準神を創り出すことは可能です。……いえ“世界”より容認されている、というのが正しいですね。ですので、問題ありません」
「いや、神様方の倫理的にどうなのって聞きたかったんだけれど……その分だと問題なさそうだね」
「問題があるのなら、管理システムを通して“世界”より警告があると思います」
……もう、気にするだけ無駄なのかな?
とにかく、私の疑問は氷解したということにしよう。あらたな疑問ができたけれど。
よし。ダンジョン攻略の話に戻ろう。
現状、ウチにちょっかいを掛けてきているダンジョンは3つ。ひとつは現在進行形で、無作為にアケバロイを送り込んできているダンジョン。
ふたつめはウチにダンジョンを繋げて、一度モンスターを送り込んだものの、すぐに撤退し沈黙をしているダンジョン。
みっつ目が、ダンジョンを繋げたあと、すぐに塞いで沈黙しているダンジョン。
ふたつめはともかく、みっつめのヤツは敵対を避けたのかと思ったけれど、そんなことは一切なく、ふたつめのダンジョンと手を組んで、侵攻準備中とのことだ。
うん。ステルススライムたちのおかげで情報が十分に集まってね。ひとつめは完全に丸裸にできたんだよ。ふたつめとみっつめは今も情報収集中だけれど、8割方は完了しているとのこと。完璧にしなくてもいいと思うんだけれど。なんか、ダンジョン以外のことも調べてるみたいだし。
ということで、みんなを集めて会議……軍議? まぁ、とにかく、敵性ダンジョンを叩き潰すための話し合いだ。
「それじゃ、アケバロイのダンジョンについて報告してもらおうか」
男性口調で私が云った。
いまの私の恰好は、例の鎧を着込んできている。さらにボイスチェンジャーで声を男性のものに変えている。
なんでそんな恰好であるのかというと、部外者がひとり参加しているからだ。例の砂エルフの子ね。そしてなにより、メイドちゃんをはじめ、いっ子たちが変装しろとやたらと云ってきたからだ。
まぁ、さすがに私がそのまま出るのは問題だろうということでね。まぁ、威厳なんて欠片もないしね。完全に町娘Aみたいなモブキャラな見た目だし。でもエルフの娘ひとりのために、ここまでやる必要はあるのかな?
で、この場所。ここはいつもの自宅の居間ではなく、本日は居住区の談話室。今回は少しばかり大事であるため、代表者を集めているためだ。うん。ちょっと人数が多いからね。
話し合いといっても、偵察報告会って感じなんだけれど。結局やることは、力任せの殴り込みだし。そもそも、うちの子たちはイレギュラーもいいところだから、相当な相手でもいないかぎり、負けようがないのよ。そもそも、穴倉に突撃するのに、戦略なんてありゃしないよ。必要なのは戦術だけだ。
さてさて。いま卓についているのは、偵察報告者であるクアッドスライム(人型に擬態中。なぜかメイド服を着用)はもちろんのこと、私とメイドちゃん。【黒】1と【銀】1にリビングドールの代表。そしてドワーフ代表の大将さんに鬼っ子、鉄打姫。最後に砂エルフの娘っ子の計10名だ。
砂エルフの娘っ子は借りてきた猫みたいに、オドオドとした様子で、しきりに視線だけ左右に彷徨わせている。
褐色の肌にオレンジ色の髪の女の子だ。目の色は緑色。美形というよりは、可愛らしい感じだね。背丈も160くらいで私よりも低い。どうもエルフは長身痩躯で美形(キツイ顔立ち)ってイメージがあったから、どうにも彼女がエルフって気がしないよ。
そんなことをぼんやりと考えていたら、その砂エルフっ娘がおずおずと手を挙げた。
「どうした?」
「あの、お礼を。助けていただき、ありがとうございます」
……。
……。
……。
……ど、どうしよう。私、助けたって感覚がないんだけれど。
いや、救助しようとは思ったけれど間に合わなかったわけだし。権能の発動はほとんど暴発みたいなものだったしね。自覚がまるっきりないんだよ。
……あのあと変な味のゼリーを詰め込み捲られて、そのまま私は気絶したし。
「気にすることはありません。すべてはマスターの思し召しです」
メイドちゃんはなにを云っているのかな!?
「あなたは部外者ではありますが、これから話す内容に関係する可能性があるため、同席して頂いています。なにか思い当たることがありましたら、発言をお願いします」
「わ、わかりました」
エルフっ娘は恐縮したように縮こまると、不安そうにまた視線を彷徨わせている。
うん。このままぐずぐずとしていると彼女が可哀想だ。後で身体のことも話さないといけないしね。自動回復みたいなスキルの付与ってできるのかな? できるのなら、塔ダンジョンの宝物関係が捗るんだけれど。あとで創れるものをきちんと確認しておこう。
それじゃ、報告をしてもらおうかな。
「クアッド、報告を頼む」
「かしこまりました、マスター」
クアッドスライムが立ち上がり、報告を始める。
見た目がガラス細工みたいな姿になっているせいか、みんなの目がなんとも好奇にみちたものになってるよ。
さて、アケバロイのダンジョンについて。
階層数は17階層。小規模ダンジョン。1階層500メートル四方程度。
配置モンスターはアケバロイ、砂蜥蜴のみ。
ダンジョンマスターは人間。支配権はダンジョン・コアが持っているものの、実効支配しているのはデラマイルという名の海エルフとのことだ。
……実効支配? どういうこと?
「それは、外部の者が、ダンジョン・コアの支配するダンジョンマスターを良いように操っているということか?」
「正確ではありませんが、現状は概ねその通りです」
んん? どういうことよ、本当に。
疑問に思っていると、鉄打姫が手を挙げた。
「あの、デラマイルというと、“人狩りデラマイル”のことですか?」
「はい。“人狩りデラマイル”と呼ばれている海賊のことです」
クアッドスライム(今回喋っているのは3番)が答えた。
異名……ふたつ名? 付きってことは、それなりに有名な海賊なんだろう。というと、そのデラマイルの配下がダンジョンマスターになって、いまも従っているということかな?
「では、攻略にはあまり必要のないことですが、そのあたりも含めてお話します」
★ ☆ ★
彼のダンジョンはホルスロー半島東、岩礁地帯に面した崖にその入り口を開いているダンジョンである。
場所が場所だけに、ダンジョン・コアがばら撒かれた当時から近年に至るまで、ダンジョンマスターを冠することのなかったダンジョンだ。
そのダンジョンに転機が訪れたのは十数年前。嵐の夜に一隻の船が座礁し、沈没した。その船の乗員の半数は海に呑まれ消えたが、一部はそのダンジョンに命からがら辿り着くことができた。
この難破した船が、デラマイルをはじめとする海エルフのならず者たちが起ち上げた海賊の船だ。
この状況に廉価ダンジョン・コアは狂喜した。
遂に自身の手足となるダンジョンマスターを得ることができるのだと。
なによりダンジョン・コアは情報を欲していた。得ているモノ。それはダンジョンを構築する能力と、ダンジョン内に設置する設備、モンスター情報のみ。
外部の情報は周囲以外皆無。それらを正しく運用するための情報も皆無。
とにもかくにも、流れ着いた彼らのひとりを支配し、ダンジョンマスターとして仕立て上げなくては。
かくして、船員のひとりが最下層へと誘いこまれ、ダンジョン・コアに触れたことで、ダンジョン・コアに絶対支配されたダンジョンマスターとなった。
だが、状況はダンジョン・コアの望んだ通りにはならなかった。ダンジョン・コアは海賊たちの上下関係を理解していなかったのだ。
結果として、ダンジョンマスターとなり、増長した下っ端船員とデラマイルをはじめとする生き残り海賊たちとの抗争が起こったのだ。
抗争はデラマイルたちが勝った。だが、生き残った者はわずか3名。海賊団起ち上げに関わった海エルフはデラマイルしか生き残っていなかった。
ダンジョンマスターとなった下っ端は殺されることはなかった。片腕を失うことにはなったが、命は存えた。
これはダンジョン・コアが状況を不利と見、脅しを兼ねて交渉した結果だ。無能者とはいえ、折角得たダンジョンマスターだ。簡単に使い潰す訳にはいかない。なにより、次も容易く絶対支配できるとは限らない。“人”とのファーストコンタクトである以上、“人”の精神の耐久力を知るべきだ。リーダーと思しきあの海エルフを、容易く支配できるとは限らないのだから。
下っ端は愚かにも自ら戦いを挑み敗北した。殺されることはほぼ確定事項であったが、ダンジョン内で十数名の海賊が、罠や魔物の手で死んだことで望外なDPを得たため、それを元に大量のアケバロイを生み出し、海賊たちを取り囲んだのだ。
数の暴力による脅し。
ダンジョン・コアは交渉した。誰がダンジョンマスターになろうと構わないと。そして、このダンジョン内で人でも動物でも魔物でも殺害すれば、それに見合った報酬を与えようと。でなければこの場で殺すと。
デラマイルは当然それを訝しんだ。なにより、反逆者を生かしておくわけにはいかない。だが、現状では目の前の反逆者を殺すことはできても、直後に多数のアケバロイに襲われ死ぬだろう。故に、デラマイルは自分がダンジョンマスターとなろうとした。だがそれに対しダンジョン・コアは、ダンジョンマスターとなれば、2度とダンジョンよりでることは出来ないと告げる。
結果として、ダンジョン・コアの望み通りの結果となった。
生み出す物品を以て、デラマイルたち3人を配下としたのだ。名目上は、ダンジョンマスターをデラマイルが支配していることになっているわけだが。
ダンジョン・コアはまず崖部分を整備した。ちいさな入り口を大きく広げ、ダンジョン第2層から8層までをくりぬき、船をそのまま入れることのできるほどの港とした。そしてもちろん、船も作り上げた。その船はダンジョンマスターとした下っ端の記憶より再現した、沈んだ帆船だ。
そして最後に、入り口周囲の岩礁地帯を排除した。船の入港、出港の際の誘導はダンジョン側が行うことにより、まず人の手では出入りが困難、いや、不可能ともいえる港を作り上げたのだ。
こうした不落の拠点と船を得、さらにはダンジョン・コアより魔法の武具を渡されたことにより、デラマイルたちは海賊として活動を再開し、たちまちのうちにその規模を拡大していく。
これまで通りに商船を襲うばかりか、ドーベルク、トラスコン間の連絡船をも襲い始める。
目的は金銭の類はもちろんのこと、乗員もその対象とした。
そう。DPとするために、人を攫い始めたのだ。
もちろん、これもダンジョン・コアによる入れ知恵である。
★ ☆ ★
……おぉぅ、もぅ。
頭を抱えたくなった。マジもんの犯罪者じゃないっすか。いや、犯罪者ってくくりでいいのか? 海賊って。
あははは……さすが海賊。ほんと、ロクなもんじゃないね。
海賊を主人公にした冒険活劇漫画があったけれど、あれってどう見ても海賊じゃないしね。あれを読んで海賊を誤解して憧れるなんて残念な子供がでたらどうするんだとか思ったこともあったけれど。
史実に実在した海賊なんて冗談じゃなしにただの人殺し集団だしね。特にブラッディイーグルなんて処刑方法を編み出した……いや、編み出したっていっていいのか、これ。とにかく、その海賊なんか残虐性の酷さが際立ってるからね。遊んでないでひと思いに殺せってんだよ。
しかし、なるほどね。DP稼ぎのために人を攫って、ダンジョン内で処刑していたということか。男女拘らず、性的に楽しむだけ楽しんで。
そんでついた異名が“人狩り”ね。
……。
「現状はデラマイルを良いように操っていますが、ダンジョン・コアはいずれデラマイルを排除するか、洗脳するなどをして、次のダンジョンマスターとするつもりなのだと思われます」
ふむ。となると、いまのダンジョンマスターに見切りをつけたってことか、そのダンジョン・コアは。
なかなかに強かってことかな?
ゆっくりとため息をつくように息を吐きだし、私は彼女を見た。
末席に座る砂エルフ。褐色の肌のせいで顔色はよくわからない。でも、明らかに動揺しているようにみえる。そして彼女を同席させるように進言したクアッドスライムのことからして――
多分、そういうことなんだろうなぁ。
とはいえ、しっかりと確認しないといけないか。
先に聞いたことを、あらためてクアッドスライムに問う。
「クアッド。彼女をここに招いた理由はなんだ?」
「敵ダンジョンを調査している際に、多数の砂エルフによるものと思われる装備品を発見しました。特に、砂エルフが使用している大砂蟲をも解体できる解体ナイフはその製法が秘匿されているものであり、砂エルフ以外が持っていること自体稀なものです。このことより、デラマイルは船だけではなく、このホルスロー半島に点在する砂エルフの集落を襲撃した可能性があります。
もし、彼女がデラマイルの襲撃より生き延びた者であるのなら、彼奴等の戦い方に関する詳しい情報を得ることができると思われます」
「……クアッド、デラマイルの映像はあるかね?」
「こちらに」
ゴロゴロとモニターを載せたカートをよっ子が運んできた。そして電源を入れる。
ややあって、パッと映し出されるイケメンがひとり。
うん。耳からしてエルフだ。いわゆる細マッチョというようなエルフらしからぬ体格で、赤銅色の肌をした赤毛の青年だ。ただ、なんというか、イケメンはイケメンだけれど、こう、いかにも悪党という雰囲気のある顔をしている。
ひとことでいって、いけ好かない。
いわゆる“俺様”な性格をしていそうだ。
そして彼女の反応はというと、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、テーブルに手をついて前のめりになってモニターを睨みつけていた。
「ふむ。どうやらキミは知っているようだな」
私が云うと、彼女はビクリと震えて私に視線を向けた。その目に一瞬だけ怯えの色が見えたが、すぐに消えた。
そして覚悟をしたように決然とした視線を向ける。
「お願いがあります!」
「……なにかね?」
「こいつを殺すんでしょう? 私もそれに参加させてください!」
「何故?」
彼女は歯を食いしばった。テーブルに着いた手は、いつのまに拳を握っていた。
「敵を……皆の敵を討つんです!」
砂エルフの娘が私を睨むように見つめる。
復讐か……。
当然ながら、私はそれを止める気なんて欠片もない。むしろ推奨する。
なにせ、私がそれをやってるからね。正確には復讐ではないけれど。
「よろしい。条件をだすが、それを呑めるのなら戦いに参加するといい」
「こいつを殺せるのなら、私の命でもなんでも差し上げます!」
彼女の決意した言葉に、私は口元に笑みを浮かべた。
誤字報告ありがとうございます。




