07 1年近くかけて回復したのに……
私たちが倒れている砂エルフを保護し、塔の1階部分へと運び込んだ時にはもう手遅れだった。
彼女は、丁度息を引き取ったところだった。
この場所に辿り着くまで気が付かなかったなどとは有り得ない。この地上部は地下部と違って広範囲をダンジョン化してあるのだ。
地下の各フロアの平均延べ床面積は、千葉県約1個分。そして地上部は千葉県約10個分と、北海道よりも広いのだ。なんで千葉県が基準であるのか? 千葉県の面積は5千平方キロメートルくらいで基準には丁度いいんだ。
いまここに居るのは私とメイドちゃん、それとよっ子の3人だけだ。側にはそれぞれの乗機であるカニ型多脚装甲車アテルガティス1機とカラッパ2機が停めてある。
「コア。連絡が遅れた理由」
《申し訳ありません。廉価コアに管理を移譲していたところ、連絡の優先順位に問題がありました》
「修正」
《完了しています》
「そう」
内装も何もない、現状、側だけの塔の中。硬い床の上で彼女は横たわっている。褐色の肌は砂まみれ。肌はガサガサで唇はひび割れ、赤っぽいオレンジ色の髪は酷い有様だ。そしてその表情は非常に悔し気だった。見たところ、15、6歳に見える。もっとも、エルフである以上、本当の年齢はわからない。
私は彼女の側に跪き、その顔に纏わりついた砂をはらう。
……あぁ、気に入らない。気に食わない。苛々する。
「ふっざけんな。せっかくこっちが助けに来たってんだ。勝手にウチの庭で死ぬとか、誰が許すか!」
「マスター!? ダメです!!」
メイドちゃんの叫ぶ声が聞こえた。
ドクンと、異様な感じに心臓が跳ねた。
お、おっ……?
全身から力が抜ける。
眩暈を起こしたようにくらりと平衡感覚を失う。
あ、やべ、このままだとこの子の上に倒れ――
そう思う間もなく、私は前のめりに倒れた。そう、彼女の上に。
どすんと彼女にのしかかってしまって――
ごほっ!
咳が聞こえた……って、え?
「マスター! 大丈夫ですか!!」
「お母さん!?」
私はすぐにメイドちゃんとよっ子に引き起こされた。でもそれよりも。
「よっ子、その子に持ってきたポーションを掛けなさい。その方が早いです」
「了解!」
メイドちゃんに命じられ、よっ子がもってきていたポーションを次々と倒れている砂エルフに掛けていく。
じゅぅ。という、焼けたフライパンに水滴を落としたみたいな音が聞こえた気がした。そして大きく息を吸い込む音。
「……生き返った?」
「……マスターが蘇生しました」
メイドちゃんの声が固い。怒ってるなぁ、これ。
でもなにがどうなったのよ。私が生き返らせたって、そんな自覚は全然ないんだけれど。
「メイドちゃんや」
「なんでしょう?」
「私の体がまるっきり動かないんだけれど。疲れすぎたみたいに」
「当然でしょう。以前にも申し上げたはずです」
最悪、数百年昏睡するとかいうあの話のこと?
え、そんな大層なことしたの? いや、死者蘇生なんて大層なことだろうけどさ。でも死亡直後の蘇生って、向こうにいた時もそれなりの成功例はあったはずだよ。こんな有様になるとか有り得ないと思うんだけれど?
その後、私はアテルガティスに押し込まれて拠点へと戻った。まだ地表部はきちんとした整備が出来ていないんだよ。
一度地下、浅層へとはいって、そこからコアに転移して貰った。
私はと云うと、即座にマナリヤの広場に運ばれて、そこに寝かされた。まともに食事も出来そうにないため、いま食べているのはゼリータイプのバランス栄養食だ。
傍らに山のように空き容器が詰まれているけれど。自分の体重以上に食べているのに、まだ飢餓状態なのはどうなってるのかな? そういや、神化した直後もこんな感じだったっけね。満漢全席もかくやと思えるほどの量の食事を平らげたからね、私。多分、量だけなら満漢全席以上だったと思うし。
私を膝枕しているメイドちゃんが、またひとつ取り出し、キャップを開け、私の口に押し込んで中身を絞り込む。
こんな調子で食べさせられまくっている感じだ。フレーバーをちまちまと変えているところが、彼女のせめてもの優しさだったりするのだろうか。
なんだろう。フォアグラにされるアヒルの気分なんだけれど。
さん子がやってきて、山と積まれたゼリーの空き袋を回収していった。
「メイドちゃんや」
「なんですか? マスター」
「私の権能ってなに? 雷だけじゃなかったの?」
「申し訳ありません。このような状況となるのであれば、先に説明しておくべきでした」
「説明しなかった理由は?」
「説明したら、すぐに試すでしょう?」
「そ、そんなことしないよ」
「訓練場でいろいろとやらかしていることは把握しています」
ぐぅ。
だ、だってさ、できるって分かったら、使いこなせるようになりたいじゃん。それに、なにができてなにが出来ないのか。出来る範囲を徹底して調べておかないと面白みがないし。
……いや、雷はその範囲が広すぎていまだに使いこなせてないけどさ。電圧上げて雷で殴るみたいな、脳筋思考なんていやだからね。イオノクラフト効果で空を飛べないかなとか頑張ってみてるんだけれど、周囲への影響が大きすぎるんだよなぁ。
「そんなわけで、マスターの調子が完全となるまでは説明を控えていました。興味本位で試した結果、昏倒。長期間の放置プレイとかありえません」
「信用されてないね。いや、まったくもってその読み通りだけど」
「説明はマスターの調子がある程度回復してから行います。いま説明したところで、この後、就寝された際に忘れ去りそうですので」
「酷くないかな?」
「覚えていられますか」
私は目を逸らした。
口にゼリーを押し込まれた。――って、なにこのフレーバー!?
混乱して目を白黒とさせていると、メイドちゃんがにっこりとわらった。
「とんこつフレーバーです♪」
「ちょっ!? そんなの知ら――んぐっ!?」
「オリジナルですよ。この位の改変は簡単なものです」
そんなことできたのっ!?
「あとギョウザとかニラレバとかクサヤとかを作ってみましたので、お楽しみください」
ま、待って。待ってもらえないかな!? ゼリーの食感と合わないもので殴りつけるような所業はさすがに許しがたいんだけど!!
その後、散々食べさせられた。ほぼ底なし状態のいまの身体をこれほど憎んだことはなかったよ……。
三日後。
ゼリー地獄後寝込んで、目が覚めたのが今朝だ。三日も経過していたと聞かされて唖然としたよ。
そして、下手するとこれが数百年っていわれてたのか。そんなことになってたら、私はどんな顔をしてただろ?
まぁ、それはさておいて。
あの砂エルフの娘はどうしただろ?
朝食をつつきつつ、メイドちゃんに訊ねた。
「彼女はまだ眠っています」
「……昏睡?」
「いえ。普通に睡眠です。疲労の蓄積に加え、蘇生の際の変化が原因です」
ん? 変化?
「変化ってどういうこと?」
「そのことの前にひとつ報告を。リビングドールが2体、あらたにレプリカントとなりました。このふたりは医療と生物に興味をもっているようなので、そのまま医療班としました」
あぁ、またふたり進化したのか。となると、ろっ子となな子か。これ、本当にちゃんと名前をストックしとかないとだめだな。あとでよさ気なものを調べよう。
「そして砂エルフですが、不老不死にして、疑似的ではありますが不死身となりました」
「は?」
私は目を瞬いた。
「マスターの権能によるものです。ただ単に蘇生するだけでしたら問題なかったのですが、不老不死にして、限定ではあるものの不死身の存在としたために、マスターはまたしても【神:ひ弱】となっています」
「いやいやいや、そんな大層なことをした覚えないよ」
メイドちゃんがじっとりとした視線を向けた。
私は口にいれたご飯をごくりと飲みこんだ。ちなみに、朝ごはんのメニューはごはんに味噌汁、そしてベーコンエッグだ。このベーコンを海苔みたいにつかってご飯を包んで食べるのが好きなんだよね。
「マスター。ご自分が彼女になんと云ったのかお忘れですか? “勝手に死ぬな”というようなことを仰ったでしょう?」
「……」
うん。云った。云ったね。云った覚えがあるよ。え? それが原因!?
「ですから、彼女は勝手に死ぬことができなくなりました。首を斬り落としても死ねません。ですがそれだといろいろと問題なので、自己再生のような能力を持たせることを検討せねばなりませんね。肉片になっても死ねないというのはいくらなんでも問題でしかありませんから」
そ、そんな有様になるのか。
「そちらの対処は彼女が起きてからするとしまして、マスターの権能に関してお話します。
マスターの主たる権能は次の通りです。
【雷】【命】【植物】【時空】【家事】
となっています」
「多くない?」
「ふつうはひとつですね。本来は主権能ひとつに、副となる権能を後付けで身に着けるというところでしょうか。もちろん、副権能は主権能とくらべると、その性能は著しく落ちます」
「いや、どうしてそれが私に――」
ん? 家事はともかく、雷に植物? でもって命?
「……もしかして、他に【光】とかない?」
「【光】ですか? ……あ。かなり限定されていますが、【光】の権能もありますね。強度は主権能級ですが、できることの範囲にかなりの制限が掛かっている感じです」
「あー、やっぱり。私の名前が原因でしょ」
私はため息をついた。
私の名前には父のおふざけが若干はいっているんだ。そのおふざけで付けられた名前が、たまたまというか、まぁ、あまりよろしいとはいえない意味を含んだりしてたことが後から判明して、お父さんに土下座されたりしたんだけど。
いまさらだけれど父よ。いくら申し訳ないと思ったからって、小学生の娘に土下座をするのは、さすがに教育上と云うか、娘の気持にいろいろと多大な影響を与えるのだから止めて欲しかった。例え母が激怒していたとはいえ。自分の名前を嫌っていたのならともかく、私は気に入っているわけだし。
「はい。仰る通り、名前から発生した権能です。以前、名付けに関しての説明をしましたが、その影響です。名を持っての進化により起こった、名付け効果です。ただ、このような状況となったことについては、大神様も予想外であったようです」
これはあれだ。漢字であることが原因なんだろうなぁ。というか、正に“名は体を表す”ってことなんだろうなぁ。
「これまでマスターは生命の権能を多発していましたが、それに必要なエネルギーはDPで代用していました。ですのでさしたる影響はなかったのですが、今回はDPの使用範囲外のため、マスターのエネルギーが根こそぎ使われたような状態となりました」
あー……部外者だからねぇ。これまではダンジョンに属するものだからDPを権能を発動するためのエネルギーとできたってことか。
「あれ? となると、他所のダンジョンのモンスターとかはどうなってるの?」
「ダンジョンマスターはモンスターを創ることはできません。ダンジョンマスターがモンスターを得る手段は、DPを消費しての召喚となります。実体の有無は以前話した通りです。マスターの場合、神の権能をダンジョン・コアを通し、DPを消費エネルギーの代用として発現させていたわけです」
あー。そういうわけで、ダンジョンマスターとして一人前になれってことだったのね。いまさらながら納得だよ。
ところでだ――
「召喚って、どこから?」
「管理システムが用意したモンスター、ということになりますね。データとしてアカシックレコードに刻まれているモノを再現し、補完されている疑似魂を付与しているという感じですから、実際には召喚とは若干異なりますが」
んー?
いまひとつよくわからず、あれこれ確認したところ、要はゲームにおけるNPCみたいなモノを召喚するということらしい。
十把一絡げの有象無象から、ワンオフの個別の人格を持ったモノまでさまざまであるとのことだ。
いや、要はアレか、通販でお掃除ロボットを買う感覚って云った方がいいか。
つか、ダンジョン・コアと管理システムって繋がってるんだね。それとも、ダンジョン・コアなんてものが創り出された結果、管理システムが興味をもって手を出したって感じなのかな?
……いや、もしかしたら例の祖竜が管理システムのことを知っていて、なにかしらやらかしたってことの方が大きいか。
どうもあの祖竜、世界樹と同じような立場だったらしいし。
あぁ、それにしてもだ。
「またひ弱になっちゃったかぁ。1年近くかけて回復したのに……」
「手っ取り早く回復する方法があります」
朝食を食べ終えたメイドちゃんが、お茶を手に云った。
「当ダンジョンを侵略しているダンジョンを潰しましょう」
これにて第4章は終了となります。
明日、閑話ひとつ投稿します。
第5章は暫しお待ちください。
お盆の関係もあり、恐らく8月後半になると思います。




