02 処世術の大切さ
ドワーフさんたちを保護? してから2週間ほど経過した。お姫様の足はほぼ完治したみたいだ。ただのねん挫で、腱や骨に異常はなかったので、普通に湿布をするくらいで治ったよ。一応、足首を固定するようにガチガチに包帯を巻いたけれど。
あ、これらの治療はドワーフさんたちのひとりがやったよ。専門の人がいたみたいだ。だからこっちは、湿布と包帯を渡しただけだね。
そういえば、ファンタジーの定番ともいえるポーションなるものを私は見たことがない。ということで、ダンジョン・コアの生産品にあるのか確かめたんだよ。
うん。あった。
最下級品が5本で1DPという安さだから出してみたよ。もちろん飲んでみた。
……あれだね。美味しい物じゃないね。子供用風邪薬でシロップのがあるでしょ。あんな感じ。あれから甘みを抜いて薬臭さを増すと、ポーションの味になるかな? すごい癖のある味っていったほうがいいか。うん、不味い。飲めないほど不味いわけじゃないけど、好んで飲みたいとは思わない味だったよ。
ダンジョン・コアに詳しく効いたら、ポーションの等級はその出来で決まるらしい。基本的に製法はすべて一緒。つまり、最下級ポーションは最低価格も同然な出来の代物、というわけだ。
……なるほど。で、それが味と関係あるの? あ、あるんだ。ふーん……。
上級品を買ってみた。等級でいうと、最下級品をコモンとすると、これはレアに相当するもの。DPが跳ね上がった。1本で100DPとかしたよ。
飲んでみた。えーっと、冷たいハーブティー? 普通のお茶って感じだ。味は微妙だったけれど。
それはさておいて、ドワーフさんたち、本気でここに居つくことを検討しているみたいだね。
「……いつの間に接触していたんですか?」
メイドちゃんがじっとりとした目で私を見つめている。
「マナリヤの広場で休憩している時だよ」
私は答えた。
マナリヤの広場はいまでは一面花畑になっている。マナリヤの樹を中心に、十字に遊歩道を作ってある。まぁ、生えているのがレンゲソウとラベンダーだけだから、いまひとつ面白みに欠けるけどね。
ハチは順調に数が増えて、花畑を元気に飛び回っているよ。
そうそう、自宅のほうにも養蜂箱をひとつ設置したよ。畑とか果樹のほうは、ダンジョンのリポップ機能をつかっているから、虫を媒介しての受粉とは不要なんだけれど、なんだかそれも寂しいのと、満開に咲いている桜を放っておくのもなんだからね。なので、桜のはちみつもそのうち取れるようになるだろう。
私の1日の生活なんだけれど、基本的に暇なんだよ。
レプリカントたちが私の代わりに炊事とかするようになっちゃったから。だから朝ごはんを食べた後は、権能の確認をして、お散歩がてらマナリヤの広場へと行き、そこでお昼までのんびりするのが日課だ。そして午後はダンジョン内の報告を色々と受けて、対処。あとは夕飯、お風呂、ちょっと遊んで就寝という毎日だ。
マナリヤの樹の元での森林浴が私の回復にかなりいいみたいで、そろそろ弱化状態から脱しそうだ。
そのマナリヤの根元でまったりしていたときに、私と同じように散歩をしていたであろう、ドワーフさんと会ったんだ。
★ ☆ ★
ドワーフさんたちを保護したことで、急遽彼らの宿泊場所を造ることにことになった。どうせ宿泊場所、というか居住区はそのうち造らないといけないから、さくっと拵えた。
拠点からマナリヤの広間を挟んで反対側。そこにひとまず12部屋ほど造ったよ。それに加えて、食堂とお風呂、トイレ、談話室。
食堂はあるけれど、稼働はさせていない。食事に関しては、こっちで拵えたものを、にっ子とさん子が運んでいる。
食事の内容は、とりあえず洋風にしておいた。バゲットとポトフ。それと適当に肉料理。あとドワーフといったら酒、ということでお酒。ただ、お酒に関しては4リットル入りの焼酎にしておいた。とりあえず2本。
だいたいこんな感じ。もちろん、食事内容は毎回いっしょってわけじゃないよ。
あぁ、あと、ひとつ驚いたのが、大酒飲みってわけじゃないのね。意外に、節度をもって飲んでたよ。
ドワーフさんたちを保護して10日目。いつも通りマナリヤの根元に座って、先生(案山子教官を操作しているリビングドール)を抱えてまったりとしていたところ、ドワーフさんがひとりマナリヤの広場に入って来た。
さすがにずっと穴倉だと、ストレスたまるんじゃないかと思って、自由に出入りできるようにしておいたんだよ。ドワーフだから問題ないのかもしれないけど。
あぁ、もちろん、拠点への通路には扉をつけて施錠してあるよ。
あ、ドワーフさんと目が合った。たしかあのおじさんは、リーダー格の人だったかな?
「おはようさん……」
「おはようっていうにはもう遅い時間だよ。具合悪そうだねぇ」
「夕べ、つい飲み過ぎた。なんだあの酒。美味過ぎだろ……」
「ドワーフでも宿酔になるんだ」
「生まれて初めてだ。自分でもびっくりだよ……」
確か昨日は、ウィスキーの安いやつを出したんだっけ? もちろん4リットルのやつ。なんかね、蒸留酒は出回っていないみたいなんだよね。造られているのかどうかも不明だけれど。にっ子が食事を持って行った時に聞いてきたよ。
おじさんは私の近くに呻きながら腰をおろすと、大きく息をついた。
「辛そうだねぇ。薬飲んだら? 毒消しとか渡してあるでしょ? 毒消しで確か軽減できたはずだけど」
「さすがに宿酔で薬を飲むのは無駄使いだろう」
「でもどうして急に宿酔になんてなったのさ。その前にだしてたお酒も、それなりに強かったと思うけど」
「あー……ちょっと警戒しててな。あんな美味い飯に、飲んだこともない酒まで出てきたからな」
あー、なるほど。
「まぁ、ここはダンジョンだからねぇ。構えるのは当然だと思うよ」
ふたりでぼーっと意味もなく空を見上げる。空といっても、ここからだと半ばマナリアの枝で隠れているけど。
ちょっと寂しいかな? 鳥でも創ろうか? いや、でもそうすると虫だのなんだのと、生態系を整えないとダメか。さすがにそれは面倒だな。魔法生物系の鳥でも創ろうか。
「嬢ちゃんはいつからここにいるんだ?」
おじさんが急に訊いてきた。
「私はここ以外を知らないよ」
「俺たちがここに腰を据えたいっていったら、ダンジョンマスターはどう思うかね?」
「なにか仕事をしてもらうことになるんじゃないかな?」
「仕事か……俺たちゃ荒事仕事は向いてねぇからなぁ」
「別に荒事だけが仕事じゃないよ。荒事専門は黒騎士と銀騎士がいるし」
「あぁ、あの妙におっかない仮面の騎士様か」
「鎧武者ってだけで、実際の貴族位の騎士じゃないけどね」
「教団騎士みたいなものだろう?」
おじさんが青白い顔のまま微かに笑う。
本当に辛そうだな。でも私、回復魔法とか使えないんだよねぇ。学べば出来そうなんだけれど、いまは後回しにして権能の確認をしているからなぁ。
教団騎士か。神聖皇国だっけ? そこのは文字通り騎士爵とかだったりしそうだよねぇ。よりにもよって宗教国家が近所とか……それだけでトラブルフラグだよ。
「お店でもやる? 商品を作って」
「は?」
「ダンジョンのあるところには、町ができるものなんでしょ?」
おじさんは目をパチクリとさせた。
「ダンジョンに属しているのが店をやるのか?」
「そう」
「いいのか? それ?」
「特に問題はないと思うけど」
おじさんは眉根を寄せると、首をひねって考え出した。
「……確かにバレなきゃなにも問題ないな」
「バレても問題ないよ。ダンジョン直営店とかしておけば」
「いや、嬢ちゃん、さすがにそれはダメだろ」
「ダメかな?」
「無用なトラブルになるんじゃないか?」
トラブルはいやだなぁ。
あれかな? いちゃもんを付けられるってことかな? 多分そうだろうなぁ。
「うん。ダンジョン直営の看板は止めた方が良さそうだね。考えたら近所に宗教国家があるんだし、ロクなことにならなそう」
私は肩を竦めた。
「まぁ、商売云々関係なく、荒事でなくともできることはあるから、問題はないと思うよ。もし本当にそういう気になったら、食事を運んでる――」
「時間よ!」
先生が勢い良く右手を挙げて報せてくれた。休憩時間の終了だ。
いつもは「お母様」というところだけれど、おじさんがいるから「時間よ!」の一言だけをいったのだろう。
ここで「お母様」とか呼ばれたら、私の立場を邪推されそうだしね。下っ端と思われていた方が、いまは良さそうだし。
「戻らないといけないから、私はこれで失礼するよ。今後どうするかは、食事を運んでる子にでも云えば大丈夫だから」
そういって私はおじさんに手を振ると、先生を抱えて足早にマナリヤの広場を後にした。
で、その翌日。
今度は小鬼の女の子と遭遇した。もちろん場所はマナリヤの広場だ。
……これは、ドワーフさんたちが身の振り方をどうするかを決定するまでは、ここで休憩するのは止めた方がいいのかな。
「ウチがこのダンジョンにお世話になるには、なにをしたらいいかな?」
マナリヤの根元にいる私をみつけるなり走って来たかと思うと、開口一番そんなことを訊いてきた。
小鬼。アーシンという種族らしい。分かりやすくいうと、ホビットとかハーフリング枠の種族だ。ただ、そこまで放浪癖のある種族ではないらしく、全体の25%くらいだけがあっちこっち旅してまわっているらしい。
彼女はその25%枠ということだろう。
彼女はニコニコとしながら、跪いて私に向かって身を乗り出している。
「ここがダンジョンだと分かっていて、腰を落ち着けたいという理由は?」
「ごはんが美味しい」
清々しい理由だった。
「それはどうもありがとう。作った甲斐があったよ」
「お姉ちゃんが作ったの!?」
「まぁ、そうね」
数人分作って、足りない分はDPを使ってのコピーだけど。
「お姉ちゃん大好き!」
……なんだろう、ちょっと角を触ってみたい衝動に駆られる。
「昨日もドワーフのおじさんに云ったけれど、ここに腰を据えるなら、なにかしらお仕事をしてもらうことになるよ。私みたいにご飯を作るとかね」
「え、ウチ、炊事とか無理だよ。お洗濯だってテキトーだし」
まぁ、放浪癖のあるアーシンじゃそうもなるよね。
「そんな、たいしたことなんかできないよ」
「そんなことないでしょ? 罠とかに強いってきいたよ」
「罠に強いって、作る方じゃなくて解除するほうだよ。ダンジョンじゃ作る方じゃん!」
あー、そういう考えになるのか。
「解除する側の話は大事だよ。どういう罠が嫌なのかを聞いて行けば、それだけ嫌らしい罠を作れるし。殺意増し増しの罠にするか、徹底して嫌がらせをするだけの罠にするか。それのアイデア出しだけでも十分役立つと思うけれど」
「……すぐにネタが尽きそう」
……おかしいな。アーシンも能天気な性格ってダンジョン・コアから聞いていたんだけれど。なんか結構、悲観的な感じがするぞ。
うーん……あ、そうだ!
「鍵とかはどう?」
「鍵開け? できるけど……」
「歯切れ悪いね。もしかして鍵開けとか良く思われてないの?」
「う、うん。そうだけど」
「え、こっちの人って、鍵とかを失くしちゃったとき、どうやって自分ちの玄関のドアを開けるのさ」
「壊す」
えぇ……。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。扉を壊して新しいのにするんだよ。そうじゃないと物騒だし」
あぁ、そういうことか。
「でもダンジョンには施錠された宝箱とかあるんでしょ? もちろんドアも。そういうのを解除するのに重宝されない?」
「それはそれ、これはこれだよ」
「……あぁ」
地味に苦労してそうだね、この子。いや、私より年上だろうけど。
「まぁ、ここは人里じゃないし、そんな常識なんて無視していいよ。それに鍵の掛かった宝箱は必要だし。掌サイズのちっさい奴とかも考えているから、そういうのは回収する人もいるでしょ」
「その回収された宝箱を開ける役?」
「そういうのもいいけれど、そういったほうを作るのもいいんじゃないの?」
「え、ウチ、そんなの作れないよ」
「ドワーフのおじさんたちは大丈夫でしょ。鉄打姫もいるし」
「鉄打姫って……」
鬼っ子が苦笑する。
「姫でいいと思うけどなぁ。エルダードワーフなんてドワーフの上位種みたいなものなんだし」
「え?」
「ん?」
「ウムリじゃないの?」
「なにそれ?」
ん? なんか情報の齟齬があるぞ?
確認したところ、彼女はウムリ族、ドワーフと人間のハーフだと云っているらしい。それも嘘ではなく、実際にそう思っているとのことだ。
「嘘ならわかるもん!」
鬼っ子は自信満々だ。むしろ、なぜ分かったのかと質問された。
いや、ここ、ダンジョンだしねぇ。侵入者が何者かはすべて確認できるからね。まぁ、確認できるのは、種族とかおおよその強さとかだけれど。いわゆる、簡易の【鑑定】をしているのだ。
「新事実だ」
「そなの? まぁ、エルダードワーフだからって、どうこうする気はないよ。重要なのは、なにかお仕事をするってことだから」
「時間よ!」
そしてタイミングを見計らったように膝の上の先生が手を挙げた。
あれ? もうそんな時間だっけ?
……ダンジョン・コア辺りが監視してて、私が失言する前に先生に止めさせてる気がする。
まぁ、いいか。変にやらかすよりよっぽどいいし。
私は昨日と同様に、時間だからといってマナリヤの広場を後にした。
★ ☆ ★
「――とまぁ、こんな感じで話をしたんだよ」
「……よくまともにお話しできましたね」
なんか、メイドちゃんの私の評価が酷くないかな。
「私だって必要があれば会話ぐらいするよ。人間、会話ができなければ社会で生きていけないんだよ!」
私は力説した。メイドちゃんが微笑ましいものを見るような視線をくれた。
本当に酷くないかな?
「マスターのギフトとなるにあたり、表層的な部分でのマスターの記憶を私は共有しているのですが……転生なさる前のマスターの生活を考えると……」
そんなことになってたの? 初耳だよ!? まぁ、いいけどさ。
私の人嫌い……というより、対人恐怖症的なものは、お姉ちゃん絡みの事件から始まって、両親の事故死以後の出来事でそれが加速して、姉の死で完全におかしくなってるのは自覚しているからね。
彩に云われたもんなぁ。両親が他界して1年ぐらいしてから、かなりおかしくなってたって。なんでも、とにかく『怖』かったらしい。いうなれば抜身の刃物じみた雰囲気をしていたとのことだ。
……確かに私と話すのって、クラスだと彩ぐらいだったし、先生もなんか敬遠してたからね。
だからそんなことを云われた時に彩に聞いたさ。
「今はどんな感じ?」
「鞘に収まったって感じかな。でもそれだけに、もっと怖くなった感じかな?」
「酷くないかな!?」
いや、でも彩の云ってたことは合ってたんだろうなぁ。壊れて箍が外れてたのは確かだから。
今にして思うと、あのふたりを躊躇なく殺したしね。普通は衝動的にスタンガンで昏倒させたりしたら慌てるもんだろうに、私といえば作業感覚で溺死させたし。私が彩の立場だったら、絶対にそんなことを無感情にやる危険人物に近づいたりしないわ。
まぁ、そのくらい他人に対して排他的でどうでもいいと思うようになってる私を知っているから、普通に他人と会話している私に違和感を持っているんだろうなぁ。
「メイドちゃんや」
「なんでしょう?」
「処世術は大事なんだよ!」
「いや、なんですかいきなり!?」
かくして私は、驚くメイドちゃんに処世術の大切さをこんこんと説いたのだ。
数日後、ドワーフさんたちがダンジョンに属することが決まった。




