06 蛇人コロニー制圧
私たちのヘルメットには☆のマークがついている。
敵性生物を仕留めた証だ。
兵隊アリ1匹につき☆ひとつ。
女王アリならば☆5つ。
働きアリ? 残念ながら雑魚枠はいくら狩っても0だ。むしろ狩るとリビングドールたちより抗議を受ける。
☆10で★。そして★10となると、胸に勲章が付く。
「延々と作業じみた感覚でアリを狩るのも辛いでしょ。だからちょっと張り合いが出るようなことを考えたよ。あ、勲章パーツはバフが着くようにしておくからね。バフの種類は幾つか考えてるから、選べるよ!」
バフ!? つまり強化パーツ!
私たちのやる気は上がった。
我らが敬愛し、忠誠を誓う主様の為ならば、どれだけ単調で不毛な作業でも喜んでやろう。
だが、そんな仕事でも張り合いをもてるように、主様は褒美を用意してくださった。
やる気が上がらぬわけがない。
現在の我々の任務はアリの征伐である。ダンジョン内にいるアリを1匹残らず駆除することだ。
かつてはガーディアンを召喚することができず、苦肉の策として招き入れ保護したアリではあるが、状況が変わった今では害悪でしかない。
さんざん利用するだけ利用して始末するというのは恩知らずであるのかもしれないが、子孫はこのダンジョンより巣立ち、何処かで増えているのだ。もう十分に庇護してやったといえるだろう。
厄介であるのは堅牢な甲殻を持つ兵隊アリ、そして兵隊アリ以上に硬い女王だ。
装備の関係上、【銀】の者たちは硬い外殻にやや難儀していたが、我々【黒】は配備されているガンアクスのおかげもあって、苦戦することなく駆除を進めることができた。
このことで【銀】が主様に装備の改善を上申したところ、パイルバンカーが配備されることとなった。主様曰く、デザインを決めるために配備が遅れていたのだとか。
「無難なところで、右腕に装着する筒形のタイプにしたよ。盾と一体化しているデザインのも作ってはみたんだけれど……なんか、暴発しそうなんだよねぇ」
試しに【銀】のふたりが仕様の確認を兼ねて模擬戦をしたところ、主様の云っていた通り暴発した。
戦闘中必ずというわけではないが。10試合中暴発回数は1度。1度だけではあるが、暴発したことには違いない。
「うん。信頼性がないっていうのは危なくて駄目だね。これは欠陥品として処分するよー」
主様がそう宣言したところ、【銀】のひとりが駄々を捏ねだした。慌てて他の【銀】が取り押さえていたが、その様子に主様は苦笑いを浮かべておられた。
最終的に、主様が褒賞を追加することとなった。当然だが、だだを捏ねた馬鹿は、主様の見ていないところで殴られていた。うむ。当然のことだ。
追加の褒賞は、十字勲章の褒賞として、望みの装備を授けるというものだ。ただし、あまりに過ぎた装備は却下されるとのことだ。例えば、コア殿が装備しておられるレーザーライフルなどがそうだ。
我々の数倍のコストの代物だ。それは当然といえるだろう。
さて、勲章であるが、これも単純にキルマーク数を示すだけのものだ。
☆1勲章であれば兵隊アリ100匹であることは先にも話した通りだ。勲章は他に☆3、☆5とあり、☆10個相当で十字勲章となる。つまり、兵隊アリ1000体討伐だ。
これは、現在遂行中の大牙砂蟻征伐任務の終盤になって気が付いたことだが、主様は元より、我々に望みの装備を与えるつもりであったのではなかろうか。
既に私は1000匹討伐を達成し、主様に装備に関する願いを伝えている。出来上がりが楽しみだ。
大牙砂蟻の征伐は見つけ次第、片っ端から討伐していくのではなく、一網打尽にする方向に計画の変更がされた。
さすがに億単位のアリを始末することは時間が掛かる。なにより、時間経過により数は増えていくのだ。無駄に時間を掛ける訳にはいかない。
大牙砂蟻の巣の張り具合は、縦長に構成されており、一定以上に横方向に張り出すことはなかった。ゆえに、下部から通路を扉や壁で閉鎖していき、大牙砂蟻のダンジョン内における活動範囲を完全に孤立固定化させることは、さほど難しいことではなかった。
そもそも活動範囲の外縁部であるのだ。中央部に比べれば、そこに存在するコロニー内の大牙砂蟻の数などたかがしれている。とはいえ、多いところでは女王が10匹以上いることもあったわけだが。
かくして、手分けして討伐し、閉鎖し続けること半年。ついに大牙砂蟻の封じ込めに成功した。あとは、この閉鎖した区域内にいる大牙砂蟻を死に至らしめるだけだ。その方法には毒? を用いる様ではあるが、征伐後、ダンジョンになにかしらの問題を残すようなことはないとのことだ。
そして、我々に新たな任務が下された。
ダンジョン北西部、森林帯に開いている出入り口のひとつに巣食っている蛇人バイパー属のコロニーの征伐。そして囚われているドワーフの一団の救出だ。
そのコロニーの程近くに、大牙蟻のコロニーをひとつみつけた。そのコロニーのアリの誘導を、クアッドスライム殿が配下のステルススライムを使って行うとのことだ。
なんでも奴等を誘因する香料? を用い、蛇人のコロニーへと大牙蟻を誘導するらしい。
実際、それは上手くいった。兵隊アリが大挙して蛇人のコロニーへと殺到していく。たちまち蛇人共の叫び声や怒号、悲鳴があちこちから響き、ガキンゴキンという音が聞こえてくる。
……いや、このままでは不味いのでは? 救出対象であるドワーフたちまでアリに襲われては元も子もない。
蛇人とアリの戦闘が落ち着くのを待つまでもなく、我々も蛇人のコロニーへと突入を開始した。
リビングドールたち57名は護衛役がほぼいなくなった大牙蟻のコロニーの制圧に回っている。【銀】からも1分隊、居残りの兵隊アリのために向かっている。
我ら【黒】と【銀】の残り2分隊、計36名。数的には圧倒的に蛇人よりも少ないが、敵は戦闘員ばかりではない。アリもいることだし、これで十分だ。
スライムたちは非戦闘員の始末に回っている。主様は、逃げる奴は放っておいても良いと仰っていたが、後々のことを考えれば、確実に征伐しておくいたほうがいいだろう。ここで全て始末して置けば、後々の面倒な仕事を失くせるというものだ。
蛇人の戦い方はほぼみんな一緒だ。正統派の剣と盾を装備した剣士スタイルだ。手にしている剣は重厚な代物で、見た目は肉厚なグレートソードを3分の2に切り詰めたようなものだ。刀身が鉈のロングソードといったほうが分かりやすいか。
奴等の攻撃方法は相手の攻撃を盾で受け、その奇抜な刀剣の重い一撃で相手の足を止めたところを噛みつき、毒を流すというものだ。中には毒を飛ばす個体もいるようだが、我々には毒など効かぬ。
斧の一撃が盾で止められる。だが――
バン!
仕込まれた弾薬が炸裂し、さらに打撃が加わる。その威力は蛇人のくたびれた甲殻盾を真っ二つに割り、腕を切断する。
突如生まれた激痛に、思わず逃げるように一歩退き、仰け反ったところを容赦なく斧を薙ぐ。
蛇人の首は容易く落ちた。
主様より賜ったこの奇抜な武器は、手にした当初は戸惑うしかなかったが、いまではこれこそが最高の相棒だ。
さて、いまのは逃げ出してきた臆病者だ。先へと進み、とっとと制圧してしまおう。
2マンセルで分隊を分け、手分けして蛇人のコロニーとされたダンジョン部分を制圧していく。
我らがダンジョンはアリの出入りを考えた造りとなっているため、その通路や玄室は広い。女王アリが問題なく移動できる程度の広さをしているのだ。恐らくは、ここまで通路を広くとっているダンジョンは他にないだろう。部分的にそうしている所はあるとしても、全ての通路がそんな広さではないはずだ。
……ダンジョン・コア殿より訂正が入った。我々の思考も監視されているのだろうか?
女王アリが基準ではなく、祖竜の出入りを基準としているそうだ。祖竜といっても、このダンジョンを生み出した始祖たる祖竜ではなく、2世代目として作られた方らしいが、私にはどう違うのか分からん。精々、年齢くらいではないのだろうか?
ずかずかと通路を進む。
先行して侵入していたスライムたちが、非戦闘員の蛇人に群がっているのがそこかしこに見受けられる。後々の憂いを払拭するためだ。彼らには容赦なく仕事をしてもらいたい。たとえ相手が幼体であろうとも。
進んでいくと、卵の集められた部屋があった。アリの卵ではなく、蛇人の卵だ。近くには緑色のスライムが集まっていた。この卵の処遇をどうすべきか、確認をとっている最中のようだ。
ここは彼らに任せておいていいだろう。【黒】2と共に先へと進む。
蛇人の戦闘要員がほとんど見当たらない。先に追い立てた兵隊アリの対処に回っているのだろう。さすがに一度に数十匹もの兵隊アリがなだれ込んで来ては、対処に手間取っているに違いない。
さらに進むと、斥候を選任しているスライムが我々ふたりを先導し始めた。
後についていくと、異様に視認しにくい通路へと入った。入るとすぐに道が折れているため、薄暗いダンジョンでは、ぱっと見、その入り口を壁と誤認しやすくなっているのだ。しかも、その通路は一般的なヒューマノイド型の生物が通れる程度のものだ。数少ない小さい枝道のひとつだろう。
その道をスライムについて進んでいくと、奥に2体の蛇人が突っ立っていた。
確認すると同時に、私たちは一気に駆け込み距離を潰す。
戦闘はあっという間だ。相手が戦闘態勢に入る前に叩き潰す。狭い通路故に、ガンアクスを振り回すことはできない。ならば、槍の様に突き込めば良い。鳩尾にガンアクスを突き込み、怯んだところを首に斧の刃を当て――
バン!
一気に切断するまでには至らぬも、斧の刃は蛇人の首半ばにまで食い込み、その長い頸椎に食い込んだ。
完全に致命傷だ。
そのまま蛇人を引き倒し、思い切りガンアクスの柄を踏みつけ蛇人の首を切断する。
もうひとりの蛇人も【黒】2が同様に首を刎ねていた。
このふたりはこの扉を守っていたようだ。無骨な作りの木製の扉。粗雑ではあるが、やたらと頑丈そうだ。ご丁寧に南京錠までかけてある。いったいどこから持ってきたのか。
鍵も見当たらんし、蹴破るとしよう。
思い切りドアを蹴りつけると、ドア枠ごと扉が室内へと倒れた。
中には9人。ドワーフ7人と、小人と人間?
いずれにしろ、彼らが救出対象だろう。知らされていた人数はいるようだが、ダンジョン外に囚われている者もいるやもしれん。
「確認する。囚われている者は、ここに居る者で全員か?」
「俺たちの仲間はここにいる9人で全員だ。他に捕らえられている者がいるのかはわからん」
「今しばらく待っていろ。現在、蛇人共を殲滅中だ」
周囲を警戒している【黒】2に、ここで待機することを指示する。
「なぁ、あんたたちは何者だ?」
「我々は黒騎士隊だ。蛇人の排除が我々の任務だ」
彼らの処遇をどうするのか聞いていない以上、余計な情報を与えない方がいいだろう。彼らの代表であると思われるドワーフは苦虫を噛み潰したような顔でため息をつくと、どっかと座り込んだ。
それから1時間も経っただろうか。コア殿の機体が我々の元にまでやってきた。外見上は我々と変わらない。違いがあるとすれば、背のレーザーライフルと、胸に勲章ユニットがない事くらいだろ。
コア殿がここにいるということは、アリのコロニーは問題なく征伐を完了したのだろう。
《お疲れ様です。予定のコロニーの征伐が完了しました。あとは、ダンジョンの入り口を閉鎖、ダンジョン外に一時的に壁を作り、何者も出入りできない様にしたうえで撤収すれば作戦は完了です》
「その壁の作成は?」
《グランドスライムのみなさんが擬態します。撤収後、この区域を完全に支配下においてしまえば、あとは自在にリフォームできるようになりますから。それまでの不自由ですよ》
コア殿はそう答えると、室内へと入って行った。彼らに今後の処遇を伝えるためだろう。
《さて、ドワーフの皆様。皆様にとっては、自分たちを捕らえている者が蛇人から得体の知れない者たちに変わっただけでしょうが、皆様の身の安全は保障いたします。あなた方に対する私たちの用が済めば、すぐに解放いたします。もちろん、必要となるであろう食糧等もお渡しいたしましょう》
「その言葉に嘘が無いと信じろと?」
ドワーフのリーダーと思しき男が、胡乱気な視線を向けつつコア殿に云った。
《もちろん、信じて頂かなくとも結構です。あなた方にある選択肢は3つ。
ひとつ、我々に従う。
ひとつ、抵抗し殺害される。
ひとつ、この場で自害する。
このいずれかです。どちらを選びますか?》
コア殿もなかなかに酷いことを云う。彼らは囚われながらも存えていたのだ。最初の選択肢以外を選ぶわけがなかろうに。
「……わかった、あんたたちに従おう」
ドワーフたちのリーダーが淡々と答えた。
《えぇ、正しい選択です》
そう答えると、コア殿は我らと同じ身体を持っているとは思えないほどの優雅な動作で一礼した。
《ようこそ、ドワーフの皆さま方。我らが【はじまりのダンジョン】へ》




