05 7人の追放者
まったく、面倒なことになったな。
どうにかして姫さんと嬢ちゃんだけでも逃がさんことには、男がすたるってもんだが……。
自分たちの置かれている現状をあらためて見、絶望的な状況に歯噛みするしかない。
戦力、と数えることもできない我らは7人。里を追い出されたはみ出し者だ。はみ出し者といっているが、なにもならず者、チンピラというわけじゃない。
事は里長の代替わりから始まった。
なに、簡単な理由だ。あの若造は刀剣至上主義だったということだ。刀剣以外は金属製防具を認めるのみ。あとは、いくらかの生活用品、包丁や鍋くらいか。それ以外のものを作る職人を追放しやがった。
服飾関連はどうするのかと訊いたら、そんなくだらんものは買えばいいとぬかしやがった。職人の技術をなんだと思ってやがる。
自分の腕に誇りの欠片も持っちゃいねぇ連中は、すぐに鋼を打つことのみに鞍替えしやがった。これまで研鑽した技術をぶん投げてな。クソが。
だから俺たちは喜んで追放されてやったさ。無茶ができない年寄りならともかく、残りの長い人生、これまで鍛え、身に着けた技術を誰が投げ捨てるかってんだ。
里をでて、俺たち7人は東に向かって進んだ。行く当てもないが、東の森なら食い物に困らんだろうという理由からだ。
幸い、俺たち7人いれば、困るようなことは殆どない。
鋼をメインに扱わない俺たちゃ、ドワーフとしては異質だろうが、きっとどこかに受け入れてくれる場所もあるだろう。無けりゃ無いで、どっか適当な場所に家でも建てて、拵えたもんを町で売り歩けば問題無かろう。
そんなこんなで、7人で楽しく旅をしていた。この大森林帯なら食う物に困らなかったしな。酒がなかったことが寂しかったが、まぁ、それは森を抜けて、町についてからのお楽しみだ。
途中、ひと月くらい一個所に留まり、適当に商品を作っていく。路銀はあるが、稼ぐことにこしたことはない。売れるもんを予め作っておけば、後が楽ってもんよ。さすがに大きいもんは持ち運びが邪魔にしかならんから、作るものは小物ばかりだがな。
出来上がったものは、革細工に陶器の小物、そして木製のからくり箱。ものの見事に金属製品なんてものはない。ま、炉がないんだから、拵えるのは無理ってもんだ。
さらに東へと向かう。
まっすぐ東だとホルスロー大砂海にぶち当たっちまうから、やや北上しつつ。途中で、女ふたり組の旅人と遭遇した。いや、こんなロクに道も無い森の中で、どんな確率だ? まぁ、低木樹や藪なんかもなく、見通しも良く、森としちゃ歩きやすい場所だったが。
妙にがっしりとした体つきの人族と……小人族か?
いや、違うな……。
「姐さん、もしかして――」
「あー、わかりますか。私、ウムリです」
姉さんの言葉を聞き、納得した。人族にしちゃ体つきが骨太すぎる。ウムリ族なら納得だ。
ウムリ族というのは、ひらたく云えばドワーフと人族の混血だ。だがただの混血ではなく、それで種族として成り立っているというのが特徴だ。
分かりやすくいえば、ウムリとウムリで子を成した場合、ウムリしか生まれない。だが、ハーフエルフとハーフエルフが子をなした場合、人族、エルフ、ハーフエルフと、生まれる子は固定化されないのだ。
だが、なんだってこんなところで腰を落ち着けてるんだ? 野営の準備をするにはまだ日が高いが……。
ん?
「姐さん、もしかして足を痛めたか?」
あー、警戒色が強くなったな。そらむさいオヤジにしか見えない髭面ドワーフの一団相手じゃそうもなるか。
「そんな殺気を飛ばさんでくれ、ちびっ子。ギム、この姐さんの足を診てやってくれ。多分、ねん挫程度だと思うが、脱臼とかしてたらちとマズい」
「あいよ。ほいじゃ嬢ちゃん、痛めた足をみせとくれ。こんなおっさんに素足を見られるのは恥ずかしいやもしれんが」
ギム、もしくはギミック。もちろん本名じゃない。俺たちは誰ひとり名前を持っていないからな。幼名もあったはずだが、もうすっかり忘れちまった。みんな専門の技術にあわせた字名で呼び合ってたからな。
ギムはからくり物を作る専門の職人だ。ドワーフの中でもかなりの変わり者だな。発明家、といったほうがいいか。里もギムのおかげで大分便利になったというのに、あの馬鹿ガキは追放しやがったからな。今後のメンテナンスはどうするんだか。
で、ギムだが、からくりとして最も興味を持っているのがどこぞのダンジョンにでるとかいうオートマタだ。奴の夢は、魔法的な力を用いずに、オートマタを拵えることだ。そのために生物の身体構造だのなんだのを研究していた結果、いつの間にやら医者になっていたという変わり種だ。もっとも切った張ったになると、ドクの仕事になるがな。
「骨に異常はないな。が、無理しただろう。ちと酷いぞ。足を固定してガチガチに包帯を巻く。痛いと思うが我慢してくれ。あぁ、あんまり痛かったら我慢せず騒いで構わん。むしろ喚け。その方が治りが早い」
おかしなことを云っているように思えるが、事実、ギムのいうとおり騒ぐ方が治りが早いというのは、ここにいる6人はよくしっている。
はは。ちびっ子が目を見開いて驚いているな。まぁ、痛かったら騒げ、なんていう医者はそうはおらんだろ。
姐さんの手当が終わった後、簡単にだが互いに自己紹介をした。
ウムリの姐さんは俺たちよりもずっと年下だった。だがまぁ、背丈は高いし、美人さんだ。姐さんでいいだろう。髭は無いがな。
一緒にいたちびっ子はアーシン族の娘っ子だった。頭頂部よりやや前側に、親指ほどの角が2本生えている。それを隠すように動物の耳を模したようなデザインの帽子を被っている。恐らく、角を隠すためだろう。
どういうわけか、角持ちは不当に差別されることが多いからな。こうしておけば、獣人と誤認されるだろう。本来の耳も、髪の毛でうまく隠しているしな。
姐さんは、いわゆる職人の技能交換のための旅の途中だそうだ。技能交換というのは、職人が別の職人の所へと弟子入り(実際には弟子入りとは違うが)し、互いの技術を交換する制度のようなものだ。古くからドワーフの間で行われていたが、この辺りにその手の職人が来るのは200年振りくらいだ。
なにせ、先代の時分から里から職人を送り出すことは一切していなかったからな。考えてみると、先代が里長になってから里はおかしくなり始めていたんだろう。
ま、追い出された今となってはどうでもいいがな! はっ!
とはいえだ、姐さんたちはどうも、そこが目的地であるようだ。
とてもじゃないが、現状のあの里は薦められん。あの若造が里長を継いでからというもの、完全に俺様至上主義になっているしな。
だから、姐さんたちにその辺りの話をしておいた。
もちろん、俺たちの偏見だのなんだのが入りまくった意見だとも云い添えてだ。
そう云っておかないとフェアじゃないだろうし、なにしろ追い出されたということは、問題のある者と思われるのが普通だからな。
「まぁ、行くんだったら、里に入ってから、多少様子見をしてから技術交換に来た職人だと云った方がいいと思うぞ」
カーブが松葉杖を作っている間に説明する。
「おっちゃんはなんで追放されたのさ」
「俺か? そりゃ俺が革細工職人だからだ」
ちびっ子は目をパチクリとさせた。
「は?」
「いや、は? じゃなくてな。云った通りだぞ」
「嘘だぁ。じゃ、そっちのおっちゃんたちは?」
「自分は見ての通りの木工職人だ」
「私は服飾。あと医者……といっても、傷を縫うの専門」
「吾輩はからくり物専門だ。医者もやっている」
「オイラはガラス工芸専門」
「ワシは焼き物全般だ」
「そしてオラがコックだ。骨細工もやっとるぞ」
ふたりは驚いた顔で俺たちを見つめていた。
「も、ものの見事に金属製品専門の方がいませんね」
「え、マジ?」
「おう。鋼専門じゃねぇから追んだされたっつったろ」
「なにそれ馬鹿なの!?」
ちびっ子が大声を上げた。
「お嬢。ダメだよダメ。そんなとこ行っても時間の無駄だよ。例え技術があっても、そんなクソみたいな奴しかいないんじゃ、行ったって意味ないって!」
「なんでしょう。技術を吸い取られるだけのような気がしますね」
あぁ、やり兼ねんな、あの調子じゃ。あの口うるさい年寄り連中が黙らせられちまってるからな。
「ほい、嬢ちゃん。これを使いな。使い方は分かるな? 脇に当てて体重は掛けるなよ」
カーブが出来上がった松葉杖を姐さんに差し出した。
「ありがとうございます」
「あ、お代、お代――」
「あー、いらんいらん。転がってた倒木を削って拵えただけだ。金を取れるようなもんじゃない」」
カーブが財布を取り出したちびっ子を遮るように手を向けた。
「おし、それじゃ俺たちゃ行くぞ。この辺りはさほど危険はないとはいえ、獣の類はそれなりにいるからな。気を付けていくんだぞ」
「おっちゃん待って!」
ちびっ子が腕を掴んできた。
「計画変更。ウチらも一緒に行っていい?」
「同行させて頂いてもよろしいでしょうか?」
ふたりの申し出に俺は目を瞬いた。
「こんな得体の知れない7人組のおっさんと一緒に行くのか?」
「はい。なにかあった時には、私の人を見る目がなかったと諦めます」
「大将、ここは男の魅せどころだ」
カーブの言葉に俺は肩を竦めた。まぁ、確かに。怪我人を放置していくのは気が引けるしな。
かくして、俺たちは9人となった。
それからも旅は順調だった。ただ、姐さんの足のケガのため、速度は落ちたが。
肩を貸してやりたいが、いかんせん背丈が足りん。ウムリは人族並の背丈だからな。俺たちじゃ、いいとこ頭が肘置きになるくらいだ。
だが、順調だったのはそれから7日間だけだった。
北上していたところで、俺たちは捕まった。あっさりと。
野営していたところを集団に囲まれちまったらどうにもならん。そもそもアーシンのちびっ子ですら接近に気付かなかった時点で、こいつらがかなりヤバイ連中だってことがわかる。
俺たちを捕らえたのは蛇人の連中だった。それも横縞模様の蛇人だ。
なんてこった。バイパー共じゃねぇか。毒持ちの凶悪な連中だ。確か、話し合いなんて出来ないほどに排他的だってことを聞いたことがある。
だが、連中のテリトリーに入った覚えはないぞ。そんな印はなかったはずだ。そもそもちびっ子が見落とすはずがない。アーシンはそういったことに長けた、こと危険を避けることに関してはどんな種族よりも得意としているんだからな。
アーシンの危険察知能力を潜り抜ける。それだけでこいつらが危険だってことは分かる。どうやら殺すつもりはないようだ。抵抗はしないでおこう。
こうして俺たちは捕まった。
そして連れていかれたのは洞窟。……いや、この感じはダンジョンか? まさかこいつらダンジョンの魔物か!?
やや広い穴倉に俺たちは押し込められた。一応、ここは部屋の扱いであるようだ。
暫くしてやってきた蛇人のひとりが、片言の言葉で交渉(?)してきた。俺たちが捕らえられたのはドワーフであったためのようだ。どうやら武具の作成をさせたいらしい。
とりあえずは時間稼ぎでもしておくか。
言葉が分からない振りをした。
しばらくは互いに噛み合わない言葉の投げ合いとなり、やがてその蛇人は部屋からでていった。
それから2日。俺たちは放置された。ワタシ、コトバワカラナーイ、作戦は功を奏したようだ。一応食事はだされたが……正直、まるで口に合わない。この鼻につく微かな刺激臭はなんだ? というか、これ、なんの肉だ?
ちびっ子は絶食を慣行中だ。食べなきゃダメだと口にしたところ、受付けずに戻してしまい、以降、水しか飲んでいない。
荷物さえ取り上げられていなけりゃ、数日分くらいの食いもんはあったんだが……。
3日目。なんとかして逃げ出そうと、みんなで決めた。いや、すでに逃げるための算段はある程度考えてはいた。
用を足すために、監視付きではあるがダンジョンの外にでることはできた。その際に脱出のための道順を覚え、番をしている連中の配置も確認してある。
問題は、こっちが丸腰であるということと、どう考えても全員が逃げ延びるのは無理だということだ。
はっ! 上等じゃねぇか。ここで娘っ子たちを助けられなきゃ、男がすたるってもんよ。
その夜、娘っ子たちが寝静まるのを待って、脱出のための強硬手段について皆と話はあう。ドクとギミックは確実に生き延びさせる。医療技術持ちを生き残らせねぇと後がどうにもならん。どうにかふたりを納得させた。……いや、納得はしてねぇな。だが、娘っ子たちを助けるためだ。
さぁ、明日は暴れたるか!
そして明日に備え、俺たちは眠りについた。
翌朝。確実にいつもより早い時間に目が覚めた。
外が騒がしい。いったいなんだ?
他の連中も起きだし、困惑した顔をしている。姐さんとちびっ子は不安気だ。
バンッ!
扉が蹴破られた。
入って来たのは、真っ黒な鎧の……女?
そしてその足元には、首を刎ねられた蛇人の死体が転がっていた。
感想、ありがとうございます。
※森エルフたちは……なんとか森を回復させようとして、動かないでしょうね。彼らがそこに執着していたのは、世界樹と誤認していた巨大なマナリヤがあったからなので。ダンジョンに生やしたマナリアと同サイズの木は、火災から逃れたものが幾本かあるので、その保護に尽力しています(弱る一方なんだけれど)。
ちなみに、緑教の本拠が近くにあり、そこのエルフたちは神様を探して南方大陸を彷徨っている最中です。北へくるのはいつになるやら。




