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03 お近づきになることは止めよう


 ことりと私の前に緑茶が置かれた。ついでお茶請けが。


 本日のお茶請けは最中だ。それも中にお餅が仕込んであるやつ。


 これらの用意をしてくれたのは、いうまでもなくメイドちゃんだ。正直な話、緑茶と和菓子を出すメイドというのは違和感の塊ではある。


 それはさておいてだ。


「ねぇ、メイドちゃん」

「なんでしょう、マスター」

「現場に行っちゃダメ?」


 私は問うた。


 メイドちゃんはトレイを抱えて正座したまま、私をじっと見つめた。


「ダメです。マスターはここでドンと構えていてください」


 ……せっかく鎧も作ったのに。


 直に戦闘を見てみたかった。


「それに、マスターがいくと邪魔になります」

「いや、後ろから見てるだけだよ」

「祖竜に殴りかかるようなマスターが、滾る血を抑えられるとは思えません」

「戦闘民族扱い!? 私の苗字は島津じゃないよ!」

「なんの話ですか!?」


 どうやらメイドちゃんは分からないらしい。


 そんなわけで、私はずっとお留守番である。代わりにダンジョン・コア(端末)が出陣している。突出せず、前線部隊の中衛あたりから、レーザーライフルをちまちま撃っている。前線にでないのは、支配エリアから離れすぎると端末コアとのつながりが途絶える可能性があるためだ。だが凶悪なレーザーライフルのおかげもあって、大量にいるアリンコ駆除は順調だ。あ、もちろん、交換用のバッテリーも追加で持って行っている。


 とはいえ、アリンコの総数を考えると、駆除にどれだけ時間が掛かるか分からない。だから一度、何匹か生け捕って貰って、それに対して殺虫剤を使ってみたんだよ。うん。ダメ。効き目は無くはないんだけれど、さすがに個体が大きいからか、必殺の威力にはならなかった。


 こうなると、別の手を考えないといけないなぁ。なにかないかな?


 いや、億単位の数をちまちま殴り殺していくなんて、時間が掛かりすぎるからさ。


 アリンコホイホイ的な素敵な罠とかなんとか創れないかな。


 それとも、タワーディフェンス系のゲーム。迫りくるゴブリンを延々と殺すあのゲームに登場した罠あたりを参考になにかやってみようか。


 支配下に置いた場所なら、罠の設置もできるし。


 でもなぁ。ゲームに登場する罠ってぬるいんだよねぇ。いや、ゲームだから、それなりに難易度がなければお話にならないわけで。ひとつ設置したらそれでゲームが終わるみたいな罠があったらクソゲーだもん。


 でも現実ではそれが欲しいんだよねぇ。


 エリアを塞いで、窒息死させるとかも考えたけれど、それをやるにはダンジョンを支配下に置かなくてはならず。そのためにはアリを駆除しなくてはならない。なんて有様だから、どうにも手がないんだよね。


 ほんとどうしたものかな。


 後始末の事を考えたら、窒息させるのが一番楽なんだよね。もしくは溺死(昆虫相手には最適)だけれど、水の処理もそうだけれど、それができるだけの水の確保が厳しいのが問題。


 ん? 魔法で出せばいい? あるいはDPを使って? 確かに出来るけど、さすがに看過できないレベルでDPを使うんだよ。魔法はもう現実的じゃない。そもそも魔法使いが現状、ウチにはいないしね。


「マスターが権能を使いこなせるのなら、一気に駆除も捗るのですが」

「そういや、神様って権能があるんだよね。私ってなにができるの?」

「マスターはかなりイレギュラーですので、まずはダンジョンマスターの能力を使いこなせるようになってから、そちらの訓練をして頂きたいのですが」


 え、そんなに面倒なの?


「マスターの権能のひとつは“雷”です。そしてそれに付随するもの全般になります。なので、電波などもその権能の範囲にはいります。応用範囲が非常に広く、故に扱い熟すためには膨大な時間が掛かると思われます」

「あー。きっと電撃を放つだけならできるけれど、制御は出来ないだろうね。いまいちやり方がわかんないけど」


 メイドちゃんの云わんとすることがわかったよ。そもそも電気って拡散しちゃうからね。自分を中心に電気を放射して、ダンジョン内の敵性生物を駆除しようとしたら、確実に私の拠点の方にも被害がでるよ。さすがにそれは避けたい。通路だのを完全に閉鎖すれば問題なくなるだろうけど、それをするとやっぱり、閉鎖した外がダンジョンから外れることになるからね。


 ……そうか、雷か。


 かねてからの疑問をメイドちゃんに聞いてみる。


「メイドちゃんや。私のスタンガン、どこにいっちゃったの?」

「種族進化の際、肉体は一度完全に分解されるわけですが、それに合わせて衣服共々分解、エネルギー化したのではないかと推測されます」

「なるほど。ということは、スタンガンと私が融合しちゃったから、私の権能が雷になったんだね!」

「えっ。いえ、その、そういうわけではないかと思うのですが……」


 違うの?


 もう一度確認してみたところ、実際の所、スタンガンが権能に関係しているのかは不明と云われたよ。


 ふむ。


 それじゃちょっと、私の指をスタンガンの電極に見立ててみようか。


 左手の人差指と小指を立てて、他の指は畳む。どうでもいい話だけれど、私は右手でチョキができなかったりする。なぜか小指が畳めないの。


 さて、これで私の左手はスタンガン。……なんだろう、凄く残念なことをしている気がする。けどまぁ、試してみてもいいだろう。


 右手で手首を掴み、スイッチをいれるイメージ。


 ばちん!


 人差指と小指の間でスパークが起きた。


「ま、マスター!?」

「なんか、左手がスタンガンになった……よ?」


 なんだかメイドちゃんが困ったような顔で額に指を当てる。


「マスターが現状でこうも簡単に権能を扱えるのは予想外ですが、その訓練を行うのは今しばらくお止めください」

「なんで? こういうのは早め早めにやった方が良くない?」

「それはマスターが完全に回復していたらの話です」


 そういや、私は【神:ひ弱】だったね。いまはどうなってるんだろ?


「現状は、いいところ【神:弱化】というところです。ようやく瀕死状態から脱した、といったところです」

「瀕死!?」

「はい。瀕死というと、マスターがいろいろと混乱すると思いましたので、ひ弱と云い換えてお伝えしました」


 ……。いや、そういうのは予めちゃんと云っておいてよ。いらない気遣いだよ。私の性格的に。


 ほら、適当に作業してたから、一度転落死したわけだし。思考放棄してゾンビの如く掘ってたところ、足を滑らせたんだし。滑らせたところで正気になってももう遅いんだしね。


 落下の感覚を思い出し、ブルリと震える。


 同じように転落死した人は、地面に叩きつけられるまでの短い時間、なにを思ったんだろうとか思わず考える。私みたいに馬鹿なことを考えた人は稀なはずだ。


 まぁ、それはさておいて、仕方ないから大人しくしていよう。


 そもそも私は喧嘩なんてしたことないからね。……ん? やらかしてるだろって? あぁ、あれは喧嘩じゃないもん。あのふたりは私が一方的にスタンガンで殴っただけだし、ドラゴンに対しては、単なるやけっぱち、窮鼠猫を噛むってやつだよ。


 それにしても完全回復までどのくらいかかるんだろ? 普通に生活する分には問題なくなってると思うけど……。


 そんなことを思いつつ、居間に設置した大型のテレビモニターに目を向ける。そこにはダンジョン内の映像が映し出されている。正確に云うと、端末コアの見ている内容が映し出されている。


 それなりに湿度があるのか、洞窟の壁面はほんのりと湿っているようだ。ところどころ苔やキノコが生えているのが見える。


 今日はアリンココロニーの中枢のひとつを潰すために、作戦行動中だ。


 いや、作戦も何も、強襲して殲滅するだけだけれど。


 既に斥候のステルススライムからの情報で、中枢にいる女王の数はわかっている。その数は3匹だ。


 あぁ、そうだ。女王アリっていうと、腹部が肥大化して、正に卵生産工場とでもいうような状態になっているものだと思っていたけれど、ここにいるのは違うみたいだね。


「マスター、それはシロアリの女王です」

「あれ? そうなの?」


 知識が中途半端だったみたいだ。シロアリはGの系譜で、アリじゃないというのは知っていたけれど。


 なるほど、ということは、女王アリは普通にでっかいアリってことか。


 通路を進む部隊の後姿が画面に映し出されている。


 前衛はリビングドールの部隊。機動性重視で、文字通り働きアリを蹴散らすのが役割だ。基本的に兵隊アリと女王アリの相手はしない。


 続く中衛の【黒】と【銀】のリビングアーマー部隊が兵隊アリを駆逐していく。働きアリに比べれば、べらぼうに硬いからね、あの外殻。


 【黒】の標準装備のガンアクスなら問題なく外殻を叩き割ることができるんだけれど、【銀】のほうは若干面倒なことになっている。囲んで動きを抑えたところを、外殻の隙間に剣を突き刺して仕留めるという面倒な方法だ。


 そしてスライムたち。彼らも本来なら前衛なんだけれど、その特性上というか、足止めができないからね。前衛兼中衛で、遊撃という形になっている。その戦い方はなかなかえげつない。取りついて気門を塞ぎ、窒息させるという方法。やや時間が掛かるものの、確実に捕らえたアリを仕留めている。


 そして対女王として動いているのが、ダンジョン・コアの端末機であるリビングアーマー。さすがに10メートルという化け物サイズの女王でも、レーザーで撃ちぬかれればあっという間だ。まぁ、アリの体内構造を知っているから、的確に中枢を順番に撃ちぬいているからだけど。


 戦術もなにもなく、戦力によるごり押しである。


 いや、だってさ。アリンコ共は完全に烏合の衆みたいなもので、集団戦なんてことはしてこないからね。結局のところ、ガチの殴り合いにしかならないんだよ。それに、アリに集られて噛み殺されるなんてことが起きるほどの数の差もないから、ほぼこっちが一方的に蹂躙している状態だ。


 これを見る限り、こっちの文明レベルなんて知ったこっちゃねぇ! の精神で、趣味に走ったモンスターや武器、防具を作ったのは間違いじゃなかったと思うよ。


 とはいえ、こんなコロニーが大量にあるんだよね。200万もいる女王を、まだ3匹駆除しただけだし。これ、ダンジョンを掌握するのにどれだけ時間が掛かるだろ?


 さっくりと女王が仕留められ、兵隊アリも駆逐が完了したようだ。あとは慌てふためいたような働きアリを始末するだけだ。


 働きアリは戦おうとはせず「敵だー! 逃げろー!」と云わんばかりに、卵を抱えて右往左往している。


 この広間の隣の部屋に、卵、幼虫、蛹が集められているようだ。


「メイドちゃんや」

「なんでしょう、マスター」

「アリの卵って食べられるの? あと幼虫も」


 メイドちゃんがおかしなものを見るような目で私を見つめた。


「私が食べるわけじゃないよ」

「……」

「いや、なんでそんな胡乱気な目で見るのさ。確かに蜂の子とかは食用になってるけどさ、アリの子を食べるとか聞いたことないよ。あと、私はどっちも食べたことなんてないからね」


 なんで目を逸らすのさ。


「今後もモンスターを創るわけだけどさ、あれを食糧とするモンスターがいるなら、創ることを検討しようと思ってるんだよ。あれを処分せずに有効活用できそうだし」


 なんで「こんな時、どんな顔をしたらいいのかわからないの」って顔をするのさ。


《一部の爬虫類系モンスターが食用にしています》


 ダンジョン・コアが答えてくれた。


「一部っていうと?」


蜥蜴人(リザードマン)のゲッコー属。蛇人(サーペントマン)のバイパー属となります》


 ん? 属?


《人種のようなものとお考え下さい》


 あー。コーカソイドとかモンゴロイドとか、そういうやつね。


「傾向としてはどんな感じなの? その2種族って。友誼を結んだりできるのかな?」


《厳しいかと。イグアニア属やボア属、パイソン属の者であればともかく、彼の2属は血統主義に凝り固まっていますから》


「もういっその事、これらを普通に食べるモンスターでも創造しようか」


《既に滅亡してしまったコブラ属でも再現しますか? バイパー属を不倶戴天の敵としていた種属です。竜人との闘争の末、滅びましたが》


「あ、コブラの蛇人族はいないんだね。……考えてみたら、私、あんまり蛇は得意じゃないんだよ。毛嫌いするほどでもないけど」

「女性で長くてにょろにょろしたものを好きな方は少数だと思われます。もちろん私も苦手です」

「よし。お近づきになることは止めよう」


《バイパー属は当ダンジョン浅層階の一区画を占拠しています》


「あ、いるんだ。10%の一部かな? でも話し合いは無駄なんでしょ。もう対処はアリンコと一緒でいいよ。数はどのくらい?」


《227名です》


 ちょっとした集落、村くらいかな?


「マスター。恐らくは子供もいると思われます」

「あー……子供もいるのかぁ。アリンコと違って殲滅すると後味悪そうだなぁ。……そういや、そいつらアリンコを餌にしてるんだよね? よし、一番近いコロニーのアリンコをそっちに向かうようにけしかけよう。殺さずとも、逃げてくれればいいや」


 む、なんでそんなまじまじと見るのさ、メイドちゃん。


「アリを上手く誘導できるか不明ですが。できたとして、アリが負けた場合はどうしますか?」

「その時は強制退去を願うよ。それと誘導はフェロモンを使ってどうにかするよ。スライムさんたちに頑張ってもらおう。で、そいつらってどの辺りに陣取ってるの?」


《北西部表層、森林帯出入り口のひとつを占拠しています。その辺りを巣としていた大牙蟻を駆逐し、住みついたようです》


「あ、砂漠の外にも出入り口があるんだね。なるほど。で、今は、奥にいるアリを狩ったり、外の獲物を狩ったりとかしているのかな?」


《そのようです。蟻の甲殻を簡易加工した武具を装備しています》


 ほうほう。アリの甲殻、武具になるのか。ゲームだとそういったものが素材になっていたけれど、現実的にみると、加工が難しかったり、簡単に割れたりしそうなんだけれど、そんなことないのかな?


 まぁ、それは置くとしてだ。


「アリンコが負けたら、ウチの騎士団に頑張ってもらえばいいよ。でもその前に、砂蟻の駆除をしないとね。……はぁ、なんとか効率のいい駆除方法ないかな」


 モニターに映しだされている、コロニーの後始末をしているみんなの姿を見ながら、私はため息をついた。


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