05 牛丼の正しい作り方など知らん!
目の前に広がる竹林。その光景に私は目を瞬きました。次いで目を擦りました。
ですが、目の前から竹林が消えることはありません。数歩進んで、一番手近な竹に触れてみましたが、確かに実体があります。幻の類ではありません。
私の口元が引き攣れます。
ここはダンジョンの中です。そしてマスターはダンジョンマスターともなられました。なれば、ダンジョン内にこのような環境を創ることは不可能な事ではありません。ありませんが、これほどのものを作り上げるとなると、かなりのリソースをつぎ込んだはずです。
ダンジョン・コアがどれほどのリソースを貯め込んでいたのかはしりませんが、この【はじまりのダンジョン】の規模を考えるならば、出来うる限りの無駄な支出は抑えなくてはなりません。
このダンジョンの現状は、安泰といえる状態ではないのです。
そのことはダンジョン・コアがもっともよく分かっている筈なのですが……。
とにかく、どうなっているのか確認しなくてはなりませんね。
私は竹林を通る小道を進み始めました。
鉄平石の敷かれた、緩やかなS字を描いている小道を抜けると、そこには瓦葺きの門と塀が見えてきました。
マスターの故郷でいうところの、武家屋敷の門のようです。ただ、その肝心の門の部分は木製の戸ではなく、青銅製の格子門となっていますが。天辺の部分に飛び出した格子の先がまるで槍のように尖っています。
……これが和洋折衷というものなのでしょうか? なにぶん、マスターの故郷に関しては、情報はあれど細かな部分を理解できていない付け焼刃の状態です。
このあたりは、マスターにお仕えしていれば、おいおい理解できていくことでしょう。
門を開け、建物の敷地内に入ります。綺麗に切り揃えられた赤御影石の敷石の道を進み、正面に見える白い家へと向かいます。
家のサイズは大きいとも小さいともいえません。いえ、神の座す場所としてみれば、小さいにもほどがありますが。とはいえ、マスターの故郷を基準とすれば、やや大きめの家、といったところでしょう。
意匠の凝らされた扉の前に立ち、ノックをしようとしたところで呼び鈴に気が付きました。
木肌を模した白いタイルの壁に、ちょこんと設置されている呼び鈴。迷わず私はそれを押します。
ぴん……ぽーん。
私がボタンを押した状態でほんの少し指を留めたせいか、呼び出し音が真ん中で途切れました。
「はいはーい」
一呼吸ほどの間をおいて、バタバタとした足音が聞こえてきました。
★ ☆ ★
はっきり云おう。私は牛丼の正しい作り方など知らん!
牛肉と玉ねぎを一緒に炒めて、そこに出汁を加えて、醤油だのなんだので味を整えて煮込んだものを、丼飯にぶっかける。それが私の牛丼だ!
……あってる?
まぁ、あっていようが間違っていようが、私はこれを牛丼と云い張るけど。美味しけりゃいいのよ!
ぴん……ぽーん。
あれ? 呼び鈴鳴った。
現状、この最奥部にいるのは、私だけだ。そしてここに来ることのできる者といえば、出張中のメイドちゃんだけだ。
私は火を落とすと――IHでも火を落とすっていうの? まぁ、いいや。火を落とすと、パタパタと玄関へと向かった。
はいはいと返事をしつつ、鍵を開けて扉を開く。
「お帰りー」
「マスター、ただいま戻りました」
手早くスリッパを用意して、メイドちゃんに上がるように促す。フライパンの中身が冷めてしまうのは頂けないからね。
そしてついてくるように促して台所に戻り、私は調理再開。IHはいまだになれない。炒め物とかするのに、フライパンを煽れないのは凄いストレスだ。やたらと苛々する。私にフライパンを振らせろ! もし今後、普通にガスコンロ的なものを容認できるレベルのDP消費で運用できるのなら切り替えようと思ってるよ。
魔導コンロとかいうような素敵アイテムとかできないかな。
よし。あとは蓋をして、ちょこっと煮詰めよう。
メイドちゃんはと云うと、私の斜め後ろに控えて、じーっと私の手元を見つめていた。
あー……なんとなく理由はわかるな。
「なんで料理してるのかってことかな?」
「はい。ダンジョン・コアを用いれば、食事は簡単にだせるかと」
メイドちゃんが不思議そうな顔で私を見ている。
「うーん……理由は単純なんだよね。コアを使って出す料理って、基本的にお店の味なんだよ。要は万人向けの商品としての味。美味しさで云えば、私が作るのよりそっちのほうが圧倒的に美味しいけれどさ。でもどっちが好きかといえば、自分で作った方のなんだよね。
外食の味はたまに食べるからいいんだよ」
さらに云えば、味が重いと云うか濃いと云うか、毎日だとすぐに飽きそうなんだよ。例え毎食、違うものを食べたとしても。
自分で作ったものなら、例え毎食毎日同じだとしても、飽きることはないと思う。まぁ、メニューによるけど。もし、死ぬまで毎食同じ一品しか食べられないとなったら、私は迷わず炊き込みご飯と答えるね。もちろん、私が作ったのだよ。あれなら他の物が食べられなくなったとしても一向に構わない。なにせその為だけに竹林を作ったんだし。ちなみにあの竹林、植わってるのは孟宗竹ではないのだ。
まぁ、それは置くとして。もうひとつ理由がある。
「それにね、一度作っちゃえばコアが勝手に登録してくれるから、次回からは作らなくても出せるしね」
「なるほど。確かにそうですね」
炊飯ジャーをあけ、丼にごはんをよそる。尚、この炊飯ジャーは創り出したばかりの新品だが、モデルとした実物は昭和時代の代物だ。それも私が死んだ時点で約50年ものの年代物だったりする。機能は“米を炊く”それだけで、予約炊飯すらもできない代物だ。
でもね、この炊飯ジャーで炊くご飯が一番おいしいんだよ。福引で最新の炊飯ジャーが当たったことがあったけれど、使ってみて悲しい気分になったからね。これ以上のごはんを炊こうとなると、土鍋とかで炊かないとダメかな。そうすると保温機能とかないからちょっとねぇ……。
実のところ、この炊飯ジャーよりももっと美味しく炊ける炊飯ジャーがあったんだけれど、そっちはご臨終召された。そうなった理由は、内釜の底が抜けたから。うん、経年劣化が原因だ。そこまで使い倒したんだから、炊飯ジャーも本望だろう。というか、昭和の家電製品、頑丈過ぎない?
あ、この炊飯ジャーもなんとか作れないかな。あとで試してみよう。例の炊き込みご飯はこれで作るのが一番なんだよ。
さて、丼にごはんもよそった。そこにフライパンの中身を掛ける。
牛丼の完成だ。生卵? 掛けないよ。味をあまり濃くしていないから、生卵をかけるとちょっと味が残念になっちゃうんだよ。
さて、この出来た奴をコアで検索してと。……よし。
いましがた出来上がったものの隣に、もうひとつ牛丼をぽん、と創り出す。さぁ、これで2人前だ。
「さぁ、メイドちゃん、そっちに座って食べて」
「え!? いえ、私がマスターと同席するなど――」
「いっしょに食べよう」
「ですが――」
「ひとりで食べるのは味気ない」
どうにかこうにか云いくるめて食卓につかせた。……ごめん、嘘をついたよ。四の五の云わずに座れ! と命令するのは云いくるめるとはいわないね。
私は困り顔のメイドちゃんの前に牛丼と豆腐と若布の味噌汁を置く。紅しょうがは小皿に盛ったのを食卓の真ん中に。
尚、メイドちゃんに差し出した牛丼は私が作った方だ。私が食べる方はコアから出した方。どっちも一緒ではあるんだけれど、気分的にね。
それじゃ、いただきます。
うん。ひさしぶりに作ったけれど、美味しくできたよ。まぁ、お店の牛丼を食べ慣れた人は味気なく思うかも知れないけれど。
甘み控えめで、牛丼にしてはあっさりした味だからね。でも牛肉の味はそこらの牛丼に負けないくらい主張している代物だよ。
ここに紅しょうがを添えると味のメリハリがついて、更に美味しさドン! ってなものだよ。ふふふ。
私は幸せな気分で黙々と食べているけれど、メイドちゃんは変わらぬ様子で牛丼を口に運んでいる。
「あれ? 口に合わなかった?」
「いえ。なにぶん、固形物を摂取することが初めてですので、美味しい、不味いの定義と申しますか、基準をまるでつけることができず、戸惑っています」
なんだか小難しいことを云いだしたぞ。というかさ――
「もしかして、食べなくても生きていけるの?」
「はい。マスターの一部となっておりますので。この体の維持には周囲にある魔素で十分ですし、現状、例え魔素の供給が絶たれたとしても、この惑星時間で200年は稼働できます」
随分と燃費がいいな。
「マスターも同様のことができますよ。いわゆる、仙人と同様に霞を食べて生きる、というようなことが」
なるほど。霞=魔素、ということか。
まぁ、それはさておいてだ。さすがに自分の作ったものを『これが“美味しい”ということよ』と断言するのは憚られる。いや、どんだけ自信過剰なんだよ、って感じじゃん。そんなのヤダよ。
ということで、ちょっと試してみよう。これ、平気な人はまるっきり平気なんだけれどね。これが普通に売られているところの人は、普通に美味しく食べてるって聞くし。……まぁ、でなけりゃ生産終了してるか。
私は目の前にダンジョン・コアのコンソール画面を出して、食品関係の画面を開く。タブを次々開いて菓子関連から飴玉を選ぶ。
この世界の飴はもとより、地球で生産されている飴もずらずらと並ぶ。
……多いな! って、飴ってこんなに種類があったんだ。というか、同名の飴でもこんなに種類があるのか。有名企業から聞いたこともない企業まであるな。
名前は分かってるから、名前で検索した方が早いな。
そうこうして、私は飴玉を一個創り出した。
小皿を創って、その上にその黒い飴玉を置く。日本人には『古タイヤの味』なんて云われている飴玉だ。
「ちょっとこれを舐めてみてくれる? 受け付けなかったら、ペッ! ってしていいから」
メイドちゃんは飴玉を見て、私に一度視線を向けた後、再度飴玉を見つめた。
そして手を伸ばして口に放り込み、たちまちの内に涙目になった。
少しの間バタバタとしていたものの、先の小皿に飴玉を吐き出し、お椀を両手でもって味噌汁を一気に飲み干した。
「ま。マスター……これは連絡もせずに長期間離れていたことに対する罰でしょうか?」
メイドちゃんはいまだに涙目だ。
「いや、そうじゃないんだけれど。味が分からないみたいなことを云うからさ。いまさらながら聞くけれど、メイドちゃんの味覚はどうなってるの? えーっと、地球で云うと、どのあたりの人種に準拠してるの?」
「受肉した際、味覚はマスターに準拠しています」
ふむ。純日本人の味覚だね。それなら食事に関しては私と一緒で問題なさそうだ。あの飴玉、現地以外では不評らしいしね。私? 食べたいとは思わないよ。もちろん。
その後、ふたりで冷蔵庫から出したデザートのアイスクリームを食べ終えたところで、メイドちゃんが口を開いた。
「マスター。ひとつお伺いします」
「なにかな?」
「これらの機器を稼働させているエネルギーはなにを用いているのでしょう
?」
「電気だよ。というか、それ以外の文明の利器を私は知らないからね」
メイドちゃんが眉根を寄せた。
「ダンジョンのリソースを電気に変換することは、たしか非常に非効率であったと記憶していますが」
「大丈夫。発電設備を作ったから」
そういうと、メイドちゃんは目をぱちくりとさせた。
「あの、この環境では、発電設備を設けるのはかなり難しいと思うのですが」
「そこは工夫でどうにかしたよ。とりあえず食べよう。そしたら案内するよ」
うん。結構、苦労したんだよ。如何にして電力を作り出すかを考えて。
結局のところ、科学だけでは不可能だったから、ファンタジーとリアリティーを複合させてどうにか成功させたぜ。もっともこれ、私がダンジョンマスターになっていなかったら出来なかったんだけれどね。
「それじゃ、発電施設へと行こうか」
そう云って、私は席を立った。




