第2話 狩人デビューと謎の老人。
狩人デビュー(?)です。
こんにちは、トウヤです。九歳になりました。
今日は村の近くの森の中にいます…残念ながら狩りではなく薬草と茸採集なの
ですが。
というのも…ごめんなさい!正直な話、狩りを…そして剣術をなめてました!!
話は遡って父に初めて剣を教わる日の事。
「ようし、では剣の稽古を始める。トウヤ、これで一回素振りをしてみろ!」
父から練習用の木剣を受け取りながら、俺の心は浮き立っていた。この時の俺
の頭の中には、素振りを見た瞬間に『お前には何も教える事はない、この剣をや
るから後は自由に森に入って狩りをしろ』という父の姿しか思い浮かんでいなか
ったからだ。さあ!よく見ろ、この俺の鋭い素振りを!!
・・・・・・・・・・・・・・・
結果から言うと、狩りはまだ早いという事であった。
父の見た所、身体のさばきかたと剣の持ち方には問題無いそうだが、二つ問題
があるそうだ。
一つは剣の振り方が違うという事。おそらくこれは前世で習った剣道とこの世
界における剣との違いからだろうと思われる。
前世の剣道は竹刀や木刀とはいえ、元々は刀を振るう為の物から発展した術で
ある。対してこっちの世界の剣は、西洋風の剣である。引いた時に最も切れ味が
出るようになっている刀と押すように切る剣とでは、どうしても振り方に違いが
出てしまう。ならばこちら風に矯正すればと思ったのだが…やはりこういうのは
長年やってきた癖というものはなかなか抜けないものであり、そこはまあ何とか
折り合いをつけてやっていくしかないのか…と思ってはいる。
もう一つは…俺自身の体力の問題であった。
幾ら自分でトレーニングをしたと言っても、七歳児のやれる事などたかだか知れ
ているもので、父からの猛烈な(本人は最大級にやさしくしているらしいが)しご
きにあっさりと付いていけなくなってしまったのであった。これでよく『度肝を
抜く』だの『華麗な期待の新人デビュー』だのと思ったものだ。
それ以来、俺は黙々と父から与えられるトレーニングメニューをこなし、剣の
腕を磨く事に集中していたのである。
その結果、今年になってようやく森の浅い所まで入る事までは許されたのだ。
ちなみに村の近くにあるこの森には入口から一キロほど入った所に一年中葉が赤
い木が立っており、そこから奥に住む獣は格段に強力となり、未確認ではあるが
魔物らしき存在を示す痕跡も見受けられる事から、その先に行けるのは父の許可
が必要となっており、俺が許可されたのはあくまでもその手前までであった。
一応、森の浅い所とはいえ、狩りをしても良いとは言われてはいるのだが…薬
草と茸の採集になったのは父と兄のせいだったりする。
家に薬草や食べられる茸が載っている図鑑のような本があるので、それを見れ
ばおおよそは問題の無い物を採集してこれるはずなのだが、父は『そんな物に頼
らずとも俺の嗅覚と第六感で採ってこれる』と何時も豪語しており、数年前に大
きな茸を採ってきた事があったのだが…その茸は誰の目から見ても毒々しい色を
しており、食べられる茸には俺の目から見ても見えなかったのだが『絶対、これ
は大丈夫なやつだ!』と言って、皆が止めるのも聞かずに食べてしまい、それか
ら丸一日トイレから出て来れず、しかも出て来た時には凄まじい程にやつれてお
り、それからさらに丸二日寝込んでいたというエピソードがあったりする。ちな
みに、その茸を図鑑で調べてみた所『この茸は一つ食べたら魔物でも高確率で死
ぬので決して食べないように』と書かれていた…むしろ此処は魔物も殺す毒キノ
コを食べて死ななかった父がある意味凄いという事なのだろうか?普段は頼れる
父だがそういう所は頼れないと思った事件である。
そして、兄ガイヤはというと……『俺は薬草や茸なんて分からないし、図鑑なん
か見ても何が書いてあるかも理解出来ないからパス』とはっきり豪語して母二人を
ドン引きさせたというエピソードが…普段は頼れる兄であるが、そういう所は頼れ
ないと思った出来事である。
その結果、図鑑を何時も読んでいて普通に薬草や食べられる茸を採ってきた俺が
母二人から採集係に任命されたのであった。むしろ『お願いだからトウヤが採って
きて!』と頼まれたというのが事実なのだが。
実は、俺が普通に採ってこれるのは図鑑を熟読していた他にも理由がある。それ
は魔法で探知しているからだ。
この村ではほとんど使い手らしい人はいなかったのだが、この世界には魔法とい
う物が存在している。家の書斎の中にも『魔法入門書』なる本が存在しており俺は
それを全て暗記するまで読み込んだのであった。
その中にあったのが『探知』という魔法であり、これは一度目にした物であれば
何処へ行ってもそれはある場所が光って見えるというものである。
しかもそれは目にしたのが実物でなくとも探知可能で、図鑑に載っている薬草や
茸ならば大凡俺の視界の中ではほんのりと光っている状態になっている。但し、図
鑑に載っているのはあくまでも絵であるので(無論、この世界に写真や映像は存在
しない)、実物とは多少の誤差がある。しかし、この探知という魔法の便利な所は
そういう誤差がある分に関しては光の強弱で示してくれるので、光の強い物を中心
に採集すれば大凡間違いはないという事になるのである。
「さて、結構採れたし今日はこの辺で…まずいな、ちょっと薬草と茸取りに集中し
過ぎていたか?」
気が付くと俺の目の前に三頭の狼がいた。しかも姿が見えないだけで、おそらく
後三頭は周りにいる。探知の魔法はあくまでも対象の物の存在を示すものなので、
周りの獣や魔物の存在を感知出来ないという欠点がある。ちなみにそれをする魔法
は『探査』というのだが…今はそんな事を考えている場合ではないな。
「くっ…狼はもう少し奥に行かないと出て来ないって言ってたのに」
俺はそう愚痴を言いながら、腰に差した剣を抜く。とはいっても、この剣は念の
為にと貸してもらった銅の剣なので、これ一本で狼とやりあう自信などはまったく
もって無い。何とか逃げ道の確保を…と考えていたその時。
「おや、随分と困っておるようじゃのぉ、坊主」
そこに現れたのは腰に刀らしき物を差した老人であった。おいおい、何処から出
て来たんだ、このじいさん?
その老人に気付いていなかったのは狼達も同じようで、何だか狼狽しているよう
に見える…慌てる狼の姿というのもレアだな。
しかし、狼達が慌てたのは一瞬だけで、すぐさま老人の方に向きを変えると森の
中に隠れていたのも含めて六頭が一斉に老人に襲い掛かる。おそらく俺の事は後回
しにしても問題無しと判断されたからで助かったわけではないのだろう…って、今
はそれよりおじいさんの方が!
そう思ったその瞬間、老人は腰の刀を抜いて一閃したかと思うと、一瞬にして狼
達は真っ二つになって地面に落ちていた。凄い…剣豪だ!剣豪がいるぞ!
「ふむ、こんなもんか…坊主、怪我は無いか?」
「は、はい、ありがとうございます!僕の名前はトウヤ、近くの村の名主の次男で
す!」
「そうか、トウヤか、良い名じゃ。儂の名前は…そうじゃな、フチサイとでも呼ん
でくれ」
フチサイ…また変わった名前だな。刀なんか持ってるからもっと日本人みたいな
名前かと思っていたけど。
「どうした?これが珍しいか?」
「は、はい、刀を見るのは初めてなので…」
前世で刀なんて博物館で見る位だったし…俺がやってたのはあくまでも剣道であ
って、真剣を持った事なんて一回も無い。
「ほぅ…坊主は刀を知っておるのか?」
「えっ…はい」
何を言ってるんだ、このおじいさん?俺が刀を知っていたら何かおかしいとでも
いうのか?
「それはそれは…坊主、良い事を教えてやろう。これは確かに刀じゃが、刀という
武器はこの世界には無い物なのじゃよ。これは儂がこの世界に来た時に此処に導い
てくれた仏より賜った物じゃ。なのに刀を知っておるという事は、お主も違う世界
しかも日ノ本から来たという事じゃな?」
えっ!?…そうか、そういえばこっちに来てから刀なんて一回も見た事なかった
し、本で調べても刀のかの字も出て来なかった…なんてこったい。
そう思いながら膝から崩れ落ちる俺を、フチサイ老人は楽しそうな顔で眺めてい
たのであった。
しばらくこの老人は登場しますので。




