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断絶の糸 (歴史/★★★)

 ねえ、つぶつぶー、このパジャマなんてどう?

 あのさ、さっきから「よく似合うよ」しか言わないじゃない。もっと言うことないの?

「きれいだよ」とか「かわいいよ」とか、何とかさ。

 そりゃ、パジャマに色気を求めるのは間違いかも知れないけど、中身があたしなんだからさ。その、ね? お世辞でも褒めてもらえると嬉しいなーとか。

 おねだりして出される、おざなりな世辞で、お前は満足なのか?

 ズキッ! つぶつぶの言葉は鋭すぎて、あたしの心の古傷をえぐりにくるわ。

 好きでこんなドブスに生まれたわけじゃないもん! 

 あたしだって、褒められたい! 男にチヤホヤされたい!


 整形すればいいじゃない?

 また身も蓋もないことを……。

 あたし、自分のプライド捨てたくない。見た目ばかり追いかけても、中身がないんじゃ破局の足音が聞こえてくるわ。

 親からもらった体だもん。あたしは大事にしたい。

 ドブスな分、それ以外のところで、カバーしていきたいと思う。女子力とかさ。

 カッコイイ? 男前?

 いや、だからね……。

 ああ、疲れたわ。つぶつぶー、休みましょ! あんたのおごりで!


 はー、つぶつぶはよく食べるわねー。こういうところは、男の子って感じ。

 普段は男っぽくないってことか?

 さあ、どうかしらね。さっきのお返しよ。

 ま、気に入った服も見つかったし、収穫としてはまずまずかな。

 八軒くらい、お店をはしごした甲斐があったわ。

 つぶつぶも付き合ってくれてありがと。こう見えても、感謝してんのよ。

 それじゃ、何かお礼でもしましょうか。エッチなことはなしで。

 面白い話を聞かせて欲しい?

 もう、つぶつぶはワンパターンね。でも、お約束に安心してる自分がいるわ。

 うーん、じゃあ服の材質についての話でいいかしらね。


 つぶつぶはさー、自分のパジャマの生地が何か、とか気にしたことある?

 あたしのパジャマはシルク100パーセント。絹素材ってことね。

 つぶつぶも知ってると思うけどさ、絹って結構歴史が古いのよ。

 中国が一番古くて、輸出に力を入れたのがシルクロードの始まり。

 日本にも7世紀までには、製法が伝わっていたみたい。

 絹を作っているのは蚕。正式名称は「カイコガ」。

 彼らって、完全に家畜化された生物で、人間の手なしじゃ生きられないんだって。

 文字通りの「ヒモ」生活。いや「イト」生活の方が近いかな。

 自分たちの営みが商売に役立っている分、「イト」生活の方が貢献度高いかもね。


 絹は人々の生活を大いに助け、ふところを暖かいものにしていった。

 でも、なまじお金が手に入るとね、もっと欲しくなるものでしょ。

 とある離島は、養蚕が盛んだった。それも作られた絹は特に質が良いものだから、税として納められているほか、高値で売られていたの。

 時は奈良時代。相次ぐ天災に、仏教の力による救いが求められていた。

 国分寺の建設や大仏の建造といった大掛かりなものから、お坊さんたちの袈裟の繕いといった、細々としたものまで、絹は資金として原料として重宝したみたい。

 そして、ある役人に対して命が下ったわ。

 島にある蚕すべてを接収しろ、とね。


 全国での苦しみを鑑みれば、それは小さい地獄に過ぎなかったかも知れない。

 だけど、対象となった人々は、咎なく虐げられることになった。役人もちょっと過激な人が選ばれちゃったのかもしれない。

 一方的に生活の糧を奪われ、逆らえば拷問を受ける。明日を奪われて、どう前を見ろというのか。

 散々な略取にあった彼らは、奪われる蚕たちを見送りながら、ありったけの呪詛を送ったって伝わっているわね。


 絹は高級品。まとえる者は、身分の高い人ばかりだった。

 離島から接収してきた蚕たちは、他の蚕たちが霞むくらいの、光さえ放つ糸を吐き出したわ。光り輝く糸でできた服は、選ばれし者の証として一部の者に行き渡ったけれど、十数年が経つ頃に、異変が起こった。

 服をまとったことがある夫婦にはね、子供ができなかったの。


 血の影響が強い、貴族や豪族たちにとっては、子供がいないというのは、厳しいものがあった。自分たちの代で血が絶えることになれば、土地は朝廷に召し上げられることになる。

 それは、ご先祖様に顔向けができない、最大の恥であるとされていた。そしてこの頃、不妊は女の責とされることがほとんど。

 男が妻をとっかえひっかえするその様は、今見たら、吐き気を催す下種なものかも知れない。だけど、当時はそれが当たり前だった。

 その一族に生まれた以上、血を残せない命に、何の意味もないのだから。

 そして、意味のないまぐわいの果てに……命の糸は音もなく、だけど無慈悲に一本一本ちぎれていった。

 これからの日の本を支える柱となったかも知れない、可能性を根こそぎにしながら。

 

 やがて事態を重く見た、時の帝の命により、蚕も衣類も処分されることになったわ。

 勝手でしょ。自分たちで無理やり奪っておいて、今度は無理やり無に帰すんだから。

 清められた境内で火が焚かれ、集められた蚕と衣類がその中に投げ込まれた。

 火がうつった衣類が、熱でひとりでに身をよじっていく。それがまるで、蚕の苦しみを表すかのように、不自然で激しいものだったんだって。


 衣類がすっかり灰となるのに、三日三晩が費やされた。

 お坊さんたちが集める前に、その灰は突風に吹かれて、大空に散っていく。

 その灰が舞い降りた家は、庭の草木がすっかり枯れ果て、家人は次々に病にかかり、全員が死に絶えるまで、苦しみの声が止むことは、一日たりともなかったんですって。



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