毛がなき人の 目は涙 (コメディー/★)
おはよう、つぶらや。
この頭か? はは、試合に負けちまってさ。責任をとって丸坊主よ。
いくら、反省しました、と言葉で言っても伝わらねえからな。これも誠意の表し方って奴だろう。頭もスッキリして風通しも悪くない。
そう考えると、髪の毛が命の女の人。特に尼さんとかで、本当に頭を丸めている人って相当なもんだと思うぜ。
何か、決断をする時も、髪を切ったりするシーンって、創作の中だと多いよな。
髪ってよ、不浄の塊だって話は昔から聞くよな。実際に科学的な意味でも間違いではないんだが、俗世とのつながりが、髪にはあるらしいんだよな。
逆を言えば、俗世において髪の毛が重要というわけだ。過去にも色々な問題があったらしい。つぶらやも結構知ってるんじゃないか?
まだホームルームまで時間がある。いっちょ髪の話でも聞かないか?
今でこそ、短髪の男は多いけれど、昔は髪を伸ばす男の割合がとても多かった。
お察しの通り、まげを結ったり、冠を被ったりするのに必要だったんだな。
特に冠を被らないことは、今でいうパンツ一丁で、出歩くのと同じくらい失礼。
人前に出られないということは、自分の家に貢献できないということで、その意味でも「出家」という表現がカッチリはまるのだろうな。
これは平安時代に起きた、ある騒動の話だ。
それは一人の男によって、もたらされた。
田舎にある、小さな寺にみすぼらしい僧がたどり着いたらしい。
衣はボロボロ。身体にケガはないものの、ひどく衰弱していて、その寺の僧たちが見つけた時には、すでに虫の息だった。
手当てをすすめる僧たちに対し、もう手遅れだから、と断る、件の男。
しかし、最後の力を振り絞り、ふところから小さな苗を取り出し、僧たちに託したのだという。
「この苗が育つと、色鮮やかな実をつける。これから先、仏門に入らんとする者に、実の汁をかけてほしい」と、僧たちに言い残して。
男の遺言に従い、僧たちは寺の隅にこの苗を植えて育て始めた。
半年もたつ頃には、ツタが巻き、葉っぱに寄り添うように、いくつもの実が成っていく。
遺言通り、実をすりつぶして見たものの、特におかしな臭いなどない。水に少し粘り気を足したような、透明な液体となった。
あとはかけるだけだが、いきなり見ず知らずの者にかけるわけにもいかず、かといって得体の知れない液体を、自分からかぶろうとする者も出てこない。
そこで近所の犬猫を相手に、この液体をかけてみることにした。
十日経ち、二十日経っても、変化は見られない。
どうやら害はない。あの男の目的は、仏門に入る者へのはなむけとして、この液体をかけて欲しかったのだろうか。
それなら、せめてもの情けと、僧侶たちは自分の身体にその液体を振りかけた。実はたくさんできていたので、寺に来る人々にも分けていたらしい。
ところが、汁をかけてから二カ月ほど経ち、異変が起こった。
髪の毛が伸びてこないんだ。
今までは、月に一回は剃っていた髪の毛が、微塵も生えてこなかった。それどころか、頭皮以外の毛も、抜け落ち始めていた。
この事態に気づき出した時には、貴族たちの間でも噂が広まっていた。
憎い者に対して、恥をかかせるための手段としてな。
あるいは女を、あるいは子供を使い、憎らしい相手にあの液体をかけていく。
一度かけてしまえば、こちらのもの。治療法がない以上は、どうしようもない。
そして、髪が抜けてしまえば、冠を被るのは容易ではなくなる。もし、冠がずれ落ちて、禿げ上がった頭を晒すことになれば、とてつもない屈辱となる。
すでにそのような目に遭い、政争に敗れてしまった没落貴族たちの中には、出家するものもいたようだ。
政敵抹殺の武器たる、強力な脱毛剤。それは見栄を大事にしていた、当時の平安貴族にとって、恐ろしいものだったんだな。
諸悪の元凶たる、その植物は焼かれた。
例の実も回収が呼びかけられたが、効果はあがらなかったらしい。そりゃ、隠し持っているべき暗器を、持っていますなんて正直に答える奴はいないよな。
以前ほど活発ではなかったが、この脱毛騒動は相変わらず続いていたんだ。
さて、謀略により、中央からの出世コースから外れざるを得なくなったものは、地方で力をつける。
自分たちの土地を自分たちで守るために、兵を集めて、一族をまとめた。
世に言う、武士団の誕生というわけだ。
トップの者こそ、平氏や源氏のように、天皇の血脈に連なる者たちであったが、その下は軍事専門の貴族たちが、大きなウエイトを占めていたらしい。
やがて彼らは、強力な戦闘集団となって、数々の戦いで名を馳せることになるのは、ここで言うまでもないだろう。
原因の一つが、武芸の伝承だ。優れた技も、伝えられなければおしまいなんだが、戦を生き抜いた者たちが多かったのも、武士団成長の一因となっている。
そして、戦場に何十回と身を置きながら、かすり傷一つを負わない豪傑たちもいた。彼らが伝えた技には、怨念に近い鬼気迫るものがあったという。
彼らの兜の下は、全員髪の毛が禿げ上がっていた。
それを知った人々は、妙に得心がいったみたいだよ。
「だから、けがないのか」ってね。




