エイチロンD
つぶらやくんは、ここのところちゃんと眠れているだろうか?
こう聞かれて「ちゃんと眠れているよ」と即答できる人は、なんともうらやましく思えてくるよね。
年をとって、世界が広がってくると、あれこれやることが増えてくる。義務か趣味かは人によりけりだけど、心が突き動かされる何かによって眠りのための時間は削られてしまいがちだ。
三大欲求のための時間は「我慢」の二文字で、容易に削ることができる、全人類が共通で持つリソースだ。
のちのパフォーマンスに影響が出るかもしれないが、はっきりとした数値などで示されることはない、「なんとなく」のリスク。ひょっとしたら自分ならば損をせずに済むかもしれない、という淡い期待が背中を押し、ついやすりでもかけるかのごとくジワジワと削いでいってしまうんだ。
やがて悪い結果が出てきたとき、「ああ、もっと~しとけばよかった」と都合いい原因として求めることだって可能だ。あまりに土台すぎていて大事さが見えずに冷遇していたくせに、いざことが起これば真っ先に責任を求める……どこかで聞いた話でしょ、これ?
もしも、ちゃんとしたデメリットが示されていたら、みんな守る気になるのかなあ? 友達が小さいころに聞いた話らしいんだけど、耳に入れてみない?
エイチロンD。それが、友達がかつて母親から聞いたものの名前だ。
化学物質のエポチロンと名前がよく似ているけれども、まったく異なる毛色のものになる。
これらは人の「英知」をもじったひとつのダジャレであり、しかも実際に手に取ることができるような代物ではない。エイチロンDは夢の中にのみ存在するものなのだと教えられたのだそうだ。
友達の両親が話してくれたところによると、毎日人が眠りにつくと、意識はこのエイチロンDを探すために、夢の世界へ飛び立つのだという。
そこまでの道中で特に印象的なものを、私たちは夢として見る。典型的な冒険譚とはならず、ときに不可解な流れややりとりに終始することもある夢の中で、我々はエイチロンDを摂取する。
実存しないものゆえ、その形は一定ではない。なので我々が夢の中のどのタイミングで、どのように手に入れたのかもわからないまま、補充されていくらしいんだ。
けれども、もし夢を覚えていないような睡眠が続くようだと、注意が必要になってくる。
それはエイチロンDを十分に摂取できていない。あるいはまったくエイチロンDを得られていない恐れも出てくるわけだ。
エイチロンDは不足を許されないブツだという。そのため、取れなかった分は夢の中へどんどん溜まっていき、いずれ夢を見るときにどっと押し寄せるんだ。これまで受け取っていなかった本人へめがけてね。
積もり積もった借金を払わされるがごときこと。もちろん、タダで済みはしない。
母親も過去に一度だけ、このエイチロンDの借金を払った記憶があるのだという。
当時は友達の父と結婚する前の学生時代。はじめて付き合った彼氏と大喧嘩して別れたときだという。
……とはいっても友達いわく、やたら流ちょうに話していたらしいから、フェイクなのか、切り替えが早いのか、はたまたネタにできるほど飲み込んでいるのか、判断がつかなかったらしい。
だが、当時の母親としてはそのストレスは筆舌に尽くしがたく、眠れない夜が何日も続いたとのことだ。つまり、夢をろくに見ない日が連続したということ。
そうして、数日後。ようやく眠りの世界へいざなわれたときのこと。
たいていは記憶の薄れてしまう夢たちの中で、そのときのことははっきり覚えていたらしい。
はっきりと痛みを感じたという母親は、最初はそれが夢の中であるとは判断がつかなかったという。それは一見して、現実世界における自分の部屋と大差がないものだったからだ。
けれども、よくよく見てみれば部屋に貼ってあるカレンダーやポスターのふちが、ただの紙っぺらじゃなく、イバラを思わせるものに絡みつかれていたというんだよ。
――ここは、現実じゃない……!
今も昔も勘は鋭いほうだという母親だけれど、この場においてはわずかに遅かった。
寝転がっていた自分の両足へ、にわかに痛みとしびれが走る。
それはちょうど長時間の正座を終えて、いざ動こうとしたときのそれに似ていた。立ち上がることができないんだ。
掛け布団をはがされていた夢の中の母親は、その両足に、ポスターたちをふちどるものより、一段と太いいばらたちを刺されていたそうなんだよ。
寝ている布団の下。床とぴったりくっついたその空間から藻のようにはみ出て、いいように足へ痛みをもたらしながらも、母親の胸より上はむしろ心地よさで満ちていたというんだ。
自分が愛飲している砂糖をたっぷりと溶かしたコーヒー。それを絶えまなく口から上半身全体へ広がるように流し込まれているようだったとか。
天に喜び、地に痛み。ちぐはぐなものに挟まれながら、母親は夢の中をしばし漂っていたのだとか。
それから、どうなったかって?
ああ、夢から目覚めた母親は、おそらくあれがエイチロンDをいっぺんに摂取させられたパターンだと思い至ったらしい。
しばらくは目立った異常もなく、エイチロンDの話もしょせんは迷信か……と思っていたのだが、やがてトイレでいきんだときに気付いたのだそうだ。
足に力を入れて踏ん張るとき、自分の肌に、あの夢で見たいばらのごとき緑色の筋が無数に浮かぶのだそうだ。
普段から血管の浮き出ているほど白い肌が、そのときは元来の血管を覆い隠すほどに、いばらが席巻。両足を緑色に染め上げてしまうのだとか。
本人はネタ気味に話すからたいてい信用されないが、友達や夫である父親を含めた家族は、みなその体質を目の当たりにし、承知しているようだ。
友達いわく、その緑が浮かびきったときに、人の足という輪郭の中へ納まっていなければ、無数のツタと形容してもおかしくない様子なのだとか。
どのような「英知」が母親にあのとき注がれたのか。それはわからないままだと。




