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駅カフェの彼女

 つぶらやくんは、座敷童のたぐい見たことがあるかな?

 言わずと知れた家の守り神の一種。座敷童のいる家は栄え、出ていかれると廃れるとよく伝えられている。

 元は東北地方岩手県に伝わる存在であったけど、いまや全国でもけっこう知られたものだろうな。

 これら、我々の生活の近くにいるあやかしたちは、めったにその姿を見せることはない。我々が知覚できないのか、あるいは彼らが意識して目につかないように手をまわしているのか。

 彼らが見られないことがあまりに長く、ほぼ日常化してしまったために、多くの人はそいつを伝説の中にあるものとみなしている。

 たとえ一時期は姿をあらわし、存在をアピールし続けていても、長く隠れていればそれはあたかも幻のように扱われてしまう。去る者、日々にうとしというが、それは人相手ばかりでもないかもしれない。

 その彼らも、ふとした拍子に姿を見せてくれるから、伝説までは風化してしまうことなく残っているのであろうが……。

 私も昔に、座敷童の派生形のようなものに出会ってね。そのときの話を聞いてみないかい?


 かつて私の住んでいたところの最寄駅。つい数年前に大規模な工事によって様変わりしてしまったけれど、当時は長い連絡通路が東西に渡って長く伸びていた。

 屋根の下の通路の両脇には喫茶店や立ち食いそば屋などの小さな店が並び、電車待ちでちょっと時間があいた人のささやかな憩いの場所となっていたんだ。

 私も日々、そこを使って通学をしている身だったんだが、あるときに奇妙なうわさを聞くようになった。

 その連絡通路の東口より三番目に入っている喫茶店。そのテラス席の一角に真っ白いワンピースを着た女の子が、いつのころからか姿を現すようになったんだ。


 彼女は席に腰をおろしながらも、カップのたぐいを一切テーブルの上へ乗せていない。ひょっとしたら注文をしていないか、すでに終えてしまってからとどまっているのか。

 彼女は手をひざの上に置きながら、じっと通路を行きかう人たちを眺めているそうだ。その姿はぴんと背筋を伸ばした姿勢のいいもので、すぐそばにあるカフェの出入り口でお客が出たり入ったりしても反応しない。

 私も当初はみんなから話を聞くばかりで、彼女の存在を確かめたことはなかった。私がいつも使う路線の改札とは反対方向だったからね。普段は足を運ぶ必要を感じないポイントだった。

 めちゃくちゃ美人なのか? というとそうでもない、とは男子陣の評価。かといって、ブスのたぐいでもない十人並みだが、皆はそろって影が薄いという印象を抱いたらしい。

 あまりにもよく見るものだから、お前も見ておくといいぞ、というなんか名物に対する同調圧力みたいなものを受け、「なんだかな~」と思いつつも、その日の放課後に例のカフェへ向かったんだ。


 ――なるほど、彼女か。


 話を聞いたテラス席に、彼女はいた。

 純白のワンピース姿で、夏場であったなら、まああり得そうな姿だ。

 しかし、今はクリスマスも迫ろうという冬場。気温も相応に下がっていて、この構内を行きかう人も、ほぼ全員が厚着をしている。


 ――こりゃあ、影薄いなんてとんでもない。むしろ浮いてるぞ。


 試しに私が横を通って店内へ入っても、彼女はちらりともこちらを見ない。先ほどと変わらない姿勢のままで、確かに変な子とは思ったよ。


 アメリカンコーヒーを頼んで、カフェ内から彼女が見られる席をとる私。

 学校でみんなに、見てくると行ってしまった手前、なにかしら聞いていること以上の成果でもあげないと、沽券にかかわると思っていたからさ。

 ちまちまコーヒー飲みながら、彼女が聞いていた以上のことをしやしないかな、と見張っていたところ。


 すくっと、彼女が立ち上がったんだ。

 ん? と思う間に彼女はお店のスペースから外へ、そのままずんずんと歩いて、私の使う改札のあるほうへ消えていってしまったんだ。

 彼女が立ち去る姿を見られた、というだけでも収穫だ。これ以上を追求するとか、ヘタすると私が妙な目で見られかねない。この場はここでおさめておこう、とコーヒーの残りを呑んでいたのだけど。

 問題は帰りだ。私の使う路線でつい先ほど人身事故が起こったらしく、帰る予定が大幅に狂ってしまったんだよ。

 このときは偶然だと思っていたんだけどね。この日から、ワンピースの彼女がカフェから席を立つ姿が他のみんなにも、ちらほら目撃されるようになったんだ。

 彼女の足は早い。こちらがいくら急いでも追いつくことはできず、気が付いたら消えている。そして彼女の去っていった方向の路線では、ほどなく人身事故の類が起こる……なんてことが相次いだんだよ。

 まるで疫病神みたいだと言われていたけれど、裏を返せば彼女がカフェにいる間は、電車もまた平穏無事な運転ができる保証があったわけで、私は座敷童の一種に思えていたんだよ。

 それも先に話した大工事の際にお店がなくなってしまって、彼女もどこへ行ったか分からないのだけどね。

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