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いざないの清め

 テスト前にやたらと掃除をしたくなる……先輩はそのようなこと、ありません?

 普段は清掃に無頓着なくせして、なぜか勝負のときが近づくと、それの対策となるべきことをやらず、別のことへ力を入れ始めてしまう。不利益につながる可能性が大にもかかわらず。

 人間心理の厄介なところですね。おそらく、物事の優先順位を無理矢理もうけて、テスト勉強などの順位を下げたいんでしょう。

 はためには開き直りに思えるかもですが、本人はいたって真剣です。なにせ、やらねばならないタスクであると自分へくくりつけたのですからね。「これは自分のやるべきことである!」という強制力が働いて、せっせこ労力を注ぎます。さもないと、勉強しない大義名分が揺らいじゃいますから。

 追い詰められて、なんとかなった経験を積むほどこの傾向は強いですよ~? なにも良い結果といいづらくとも、自分にとっては思ったより悪くないものであれば、負の成功体験として積まれちゃいますしね。

 けれども、テスト直前になっても本当にやめることができないのであれば……疑ったほうがいいことがあるかもしれませんね。

 ほかの先輩が教えてくれた話なんですけど、聞いてみません?


 その先輩もまた、テストが近づくと部屋の掃除をし始めてしまう人だったといいます。

 普段は全然掃除をせず、足の踏み場を探すのに苦労する汚部屋だったというので。初日の掃除は大掛かりなもの。大義としても妥当な価値はあるでしょう。

 しかし、次の日も、その次の日も掃除を重ねていく。初日に比べれば、その手間たるや何分の一であるかわかりません。にもかかわらず、同じだけの時間をかけて自分の勉強すべき時間を削っていくのです。

 テスト勉強なら自分がらくらく解けるとわかっている単元を、ひたすらひたすら繰り返すようなもの。そこに満足感や自己肯定感は生まれても、しょせんは箱庭の中の享楽。いずれ外からの荒波にもまれて、沈んでいくものにすぎないのです。

 とはいえ、分かっちゃいるけどやめられないのが、人のサガというもの。


 そうこうしているうちに、テスト三日前。

 学校から帰ってきてからの1時間余りで、先輩はまた部屋掃除にいそしんでいました。

 すでに大きなものはかたし、せいぜいが日々のわずかなほこりたちばかり。それもしかるべき道具と集中力を用意できれば、ものの数分でカタをつけられるレベルでした。

 それを延々とやり続けるのは、先にもあった優先順位トップを独占しておく目的もありましたが……別の理由もあったといいます。

 部屋の四隅のうち、北東の角っこ。先輩が無性に気になったのが、その部分だったといいます。

 夕方になりますと、窓から入る陽の光が真っ先に届かなくなるところでして。部屋の中の明かりをギンギンに照らさないと、多かれ少なかれ影ができてしまうところだったそうです。

 そこへほうきの先を入れる。さささっと掃き出してはほかの隅も同じような動作で制圧していき、一周してまたそこを掃き出す……ということを飽きずに繰り返していたのだとか。

 そこの隅は、どうにも目にするたびに落ち着かない。ほかの三つの隅は流れでほうきを突っ込んでいるのに過ぎず、いざとなれば無視してほかのこともできなくもない。

 けれどもその北東の角だけは。ちょっと間を置くと、どうにも落ち着かなくなってくる。

 掃き出しているうちは気が楽でして、「ひとまずこれくらいでいいか」とキリよく考えることもできるのですが、ものの数秒も目と気を話すと、意識がとらわれていってしまう。

 そうして三日前も、勉強道具に手をつけないまま暮れていったのです。


 二日前。やはり先輩は掃除を続けていました。

 北東の角っこ。そこへほうきを差し入れる間隔は、昨日よりも短くなっています。もうよその三隅を攻めることなどしません。ちょっと履いては目を離し、それでまたほうきを入れてしまう……はたから見れば、昨日にもました挙動不審さに、不安になってくるところあいかと。

 すでにほこりなどは取り去り、ひっかきすぎた隅の壁の表面が削れてくるのではと心配になってくる具合。けれども先輩は使命感に突き動かされて、ご飯にお風呂にトイレといった欠かせないものの時間以外、ほうきを手に取らずにいられません。


 ――ここは完璧にも完璧に、きれいにしておかないといけない……!


 その気持ちに背中を押されるがまま、先輩は日付が変わっても、掃除を続けていたそうです。


 いよいよテストの前日を迎えます。

 この日、先輩はほうきを手に持ちません。代わりに部屋の机へ向かいました。教科書と参考書を広げて、明日のテスト勉強です。

 これまでもこうして一夜漬けでどうにかしてきたのですから。悲壮感はなかったといいます。ただ、勉強内容以外に注意していたことがありました。

 それはできる限り、音を殺すこと。座りなおす音、鉛筆を走らせる音、ページをめくる音……そのいずれも、自分に可能な限界まで静かにおさえていたといいます。

 すでに日が暮れて久しい時間帯。うるさい音は近所迷惑、というのはもちろんでしたが、こうしていなくてはいけないという勘のようなものが、びんびんと先輩の脳裏を突っつき続けていたのだとか。


 どれくらい経ったでしょうか。

 座っている先輩の肩へ一滴、ぽたりと垂れるものがありました。

 汗などではありません。その証拠に、垂れた直後からシューシューと、耳元で煙が立つとも息遣いともつかない、甲高い音が湧きたってきたからです。

 先輩は少しだけ首を傾け、背後をうかがってみたようですね。これまでと同じように、音を立てずに。


 端的にいうと、二匹の大蛇が絡んでいたと話します。

 一匹は部屋の天井、先輩のやや後ろ側のところから体を伸ばし、肩口にまで頭を迫らせていた茶色いもの。その太さは人の胴体はあろうかというものでありながら、その根元があるべき天井には一分の穴さえ開いていません。まるで、じかにそこから生えているかのよう。

 もう一匹は部屋の隅。あの先輩が掃除し続けていた北東の角っこからでした。伸びる体の太さも長さも、あの天井から伸びている一匹のものより長く、色は部屋の角っこと同じ、白い壁のものであったといいます。

 その白い蛇が今、先輩の肩口へ迫るほどの頭を近づけ、大口を開けていた茶色い蛇の喉元へぐるりと胴体をひと巻きし、絞め上げているところでした。

 ほどなく、白い蛇がぐっと体を引っこめると、絞められた茶色い蛇の根っこまでが、にゅっと天井から外れます。そうして全身をあらわにしながらも、巻き付いた白い蛇が壁に引っ込んでいくと、それに引きずられる格好で茶色い蛇もまた、部屋の隅へ吸い込まれて行ってしまったのだとか。

 再び部屋には先輩ひとりが残されます。しかし、先ほど垂れた感触のあった肩口は服がすっかり溶けて、肌があらわになっていたみたいですけれど。


 テスト以外に、備えるものがあったのを先輩の根っこはわかっていたのかもですね。

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