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ワールドエラー

 ふむふむ、生き埋めにされた男の話ねえ……。

 おお、つぶらやくん、君も調べものかい? いや、僕のほうはちょっと世界の埋葬についての課題が出て、ちょっとね。

 特に土葬文化というのは世界的に見てポピュラーよりだけど、うっかり生きている人を葬ってしまうというケースがちょくちょくあったとか。

 棺へ入れるパターンだと、時間が立ってから棺の蓋の裏側を見ると、必死にかきむしった跡が残っていることがある。死亡確認が不完全だったがために、埋められてから息を吹き返して必死に脱出をはかった、というやつだろう。

 外ならいざ知らず、棺の中の密閉空間だ。じきに中の空気がなくなってしまい、おだぶつ……う~、怖い怖い。次に自分が目が覚めたときが棺の中だなんて考えたくないね。

 かのアンデルセンも、寝るときには枕元に「生きています、埋めないでください」という旨のメモを置くようにしていたとか。う~ん、自分がどうにもできない他人のヒューマンエラーは怖いものだよ。

 このエラー、実は日ごろから起こっているものかもしれない。僕が昔に体験したことなのだけど、聞いてみないかい?


 小さいころ、僕の家の近所には駄菓子屋さんがあった。間が空くとしても、三日に一度は顔を出しお菓子を買っていたよ。

 駄菓子屋さんに売っているお菓子は、スーパーとかで売っているメジャーなものとはまた一風変わったものが多い。その中でも僕にはお気に入りのスナック菓子があって、一度に3袋買っては家でまったり、バリボリかじるのが楽しみだった。

 これらの合計60円。僕は100円を出して支払うことが多く、40円のお釣りをもらい、握りしめながら帰るというのがお約束だったのだけど。


 その日、お菓子を買って家へ帰った僕は、台所でお菓子とお釣りを広げて「あれ?」と思った。

 お釣りが30円しかない。10円玉ひとつ分が足りないんだ。玄関からここまで歩きなおしてみたけれど、10円玉が落ちている様子はない。


 ――おばちゃんが、お釣りをわたし損ねたのかな?


 この手の損には敏感な僕。すぐさま駄菓子屋へとって返し、お釣りが足りないことを伝えて10円をもらおうとしたんだ。

 この駄菓子屋、レシートがない。証拠もなしにこうやって言いがかりをするなど、一歩間違えば迷惑客の仲間入りだ。

 お店のおばあさんも、はじめは「間違いないかい?」と確認してきて、僕がそれに力強くうなずくとレジから10円玉を出し、握らせてくれた。

 けれども、そのあとに言葉を続ける。


「本当だったら、ごめんねえ。けれど、ひょっとしたら神様が見逃してしまったのかもしれない。見逃した瞬間は、普段は決まっていることが決まりどおりにいかないもんさ。ひょっとしたら、そのせいかもしれないねえ」


 自分のミスを神様のせいにするとか、みっともないぜ。

 僕は口ではお礼を言いながらも、このときはおばあさんが自分の不手際をごまかしていると思ったんだ。


 それから数日。

 またお菓子を買って戻った僕だが、今度もまたお釣りが間違っていたんだ。今度は10円よけいに増えて50円分だ。50円玉がなかったのだろうか、10円玉5枚で渡してきたんだ。

 それを確かめて、ぐっと僕は息を呑んでしまう。

 先の10円足らないケースは何がなんでも取り返そうと思った。明らかに、僕にとっては損だからだ。

 でも、今回は違い。僕にとって得するケースだ。このまま黙っているのならば。

 ああも文句をつけた側としては、多く払われた今回の場合も丁重にお返しするべきだろう。しかし、それは黙っていたときに比べれば確実は損となる……。


 僕は黙っていることにした。

 ミスをするほうが悪いのだと、心に言い聞かせてそのまま買ってきたお菓子の袋のひとつへ手をかける。いつも通りに、豪快に袋を破って中身をぼりぼり食べるつもりだったのだけど。

 ……固い。べらぼうに固い。

 いつもならば子供の僕の力でも、さほどう苦労せずに口が開く。表と裏側をつまんで、ぐっと互いに逆方向へ引っ張れば、あっさり中のお菓子がごろりと姿をのぞかせるはずだ。

 しかし、包装がくしゃくしゃになっても、肝心の口がちっとも動かず。

 しびれを切らした僕は、台所の一角からハサミを持ってくる。いささかスマートではないが、袋の端を切り下げてやろうと思ったのさ。

 こいつに耐えられたお菓子袋の存在を、僕はまだ知らない。一気にけりをつけてやろうと、袋の端を大きくはさんで、じょきりと切りはなったんだ。


 確かに袋は切れた。ほとんど抵抗もなく、中身をさらけ出した。

 同時に僕の腕も切れた。腕の内側の手首からひじ近くにかけて、ハサミで袋を切り裂くのの合わせて、つうっと赤い筋が入ったかと思うと、そこから中身の血がどんどんとにじみ出てきた。

 痛みも遅れてやってくる。飛び上がるほど強烈ではなかったけれど、じんじんとした長く粘り、響いてくる痛みは到底無視し続けることはできなかった。

 もはやお菓子を食べるどころじゃなく、僕は血を止めることに必死になったよ。親もこの事態に気付いて大騒ぎになったほど。


 ――お金、ちゃんと返さなかったから、バチが当たったのかな。


 そう考えさせるには十分なできごとで、手当てが済んでから僕はおばあさんに10円玉を返しにいったよ。

 腕の様子を見ながら、ことの顛末を聞いたおばあさんは「よしよし、よく話してくたねえ」と頭をぽんぽんなでてくれながらも、言葉をつづけたよ。

 人のみならず、この世だってルールを間違えるかもしれない。そうしたときは率先して自分が正しく動いて、教えてあげないとねえ、と。

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