輝雲の剣
おや、先輩。ようやくお目覚めですか。
いや~、普段は寝不足も寝不足でしょうからね。たまにはどっぷり睡眠をとりたくなるのが人間ってものですよ。
身体の本能ってバカになりませんからね。いいことも悪いことも遠慮なく放出してくれますから。あとは判断する脳みその見栄とか欲求とか、理にかなっていないロマンを追い求める回路がその理解や実践を拒むわけですね。
自分の欲望のままに生きる。けれどそれは、短命に終わる可能性が大幅に増す。箱を開けてみなきゃ結果は分かりませんが、元気で悔いないレベルの長生きはしたいもんですね。
――ん~? 寝起きにいっぱつネタを仕入れたいから、面白い話でもしてほしい?
いや、欲望のままに生きる話はしましたが、いろいろと性急すぎでしょう……先輩らしいですけれど。
う~ん、でしたら……この話などはいかがです?
特別な時にしか、抜くことのできない剣。
古今東西、これをモチーフにした話は存在します。条件があったり、剣そのものに意思があったり、理由はそれぞれ。肝心なときしか仕事をしない、というその性質をどのようにとるかは個々人によって異なるでしょうね。
で、私の地元にもかつて、特別な刀剣があったと伝わっていますよ。名付けて輝雲の剣とでも言いましょうか。
我々の知る日本刀よりもずっと古く、神話で見られるような鉄や銅の剣のような形をしていたようです。それは当時の人々が霊山とみなしていた、とある山の中に存在していたとか。
その剣は霊山の頂にある小さな洞穴の中にありました。安置されている岩に刺さっているという、これもまた昔話ではよく出てきそうなかっこうで。
輝雲の剣に関しては、取り付けられたつばが蓋になる形で、刀身いっぱいが岩の中へ納められています。剣をおさめる亀裂も一分のすき間もないほどで、外気との接触は抜刀しない限りは最小限におさえられた作りだったと。
そして、この輝雲の剣。常時だと抜くことはかないませんでした。どのような力自慢であっても岩はぎっちりと剣をくわえこんで放すことなかったのです。
剣を抜くことのできる機会は、いつも黒雲の巻く曇天のとき。その中でも限られた場合のみだったのです。
伝わっている、輝雲の剣の抜きから納めまでは次のような形です。
当時は一日中、空の番を行うものが順番で決まっており、昼でも夜でも天候を確認していたといいます。
輝雲の剣を抜くことのできる天気、というのは昼のみならず夜でも判断がつくようなのですね。いわく、じっとしていても汗が自然と湧き出てくるうえに、身体中が熱したように熱くなっていくのが分かるのです。
これだけなら風邪の症状と取れなくもないし、複数人がいても、まとめて同じ症状になっただけ、とも思えます。しかし、決定的に違うのが身体を動かしたときですね。
一人が、その場でくるくると回ってみせ、空の様子をうかがうのだそうです。そうすると回っている一人の動きに合わせ、上空の雲もまた渦を巻くんです。向きや早さも連動してね。
複数人がやっても、その通りになる異常事態が見られたとき、輝雲の剣の出番というわけです。
このとき、岩の元へ行けば誰でも、少なくとも人間であるのなら剣を抜くことができるのだとか。たとえそれが子供であったとしても。
赤銅色に染まりきった刀身を持つ剣は、一見してサビまみれに思え、実際に切れ味もほぼ皆無。実用の面で見れば、ちょっとした鈍器にしか過ぎないでしょう。
しかし、本来の仕事はそのようなことではありません。
剣を抜いたものは外へ出て、剣を大きく天へ掲げます。そして、雲の異常を確かめたように、くるくるとその場で回っていくのです。
この手の回転、現代ではおおっぴらにやる機会は少ないかもですが、この剣を携えたものにとっては「糸巻きの芯」代わりをなす行い。
剣を掲げたものが回っていくと、雲も一緒に回るのみならず、煙のような形になって剣へ集まっていくんです。そのまま回転に合わせて剣に巻き付き、代わりに空からは消えていく……これが雲なき晴天が戻るまで、続ける必要があるんです。
そうして雲が晴れると、輝雲の剣は自ら赤く光を放つようになります。これが名前の由来なのだそうですね。その剣を岩へ納め直して、この儀式めいた一部始終は区切りとなります。
たとえ納めた直後であっても、役目を果たした剣は抜くことができない状態になっているのだとか。
――雲を晴らさないとどうなるのか?
まあ……平たくいうと、現代の酸性雨の強力版? みたいなのが降るようですよ。超局所的ですが。
その勢いたるや人の建造物のみならず、山の高ささえも変えかねないほどで。人々にできるのは地下深くへ逃げることのみ。
そこでも天井からの水滴には気をつけねばなりません。うっかり触ると皮も骨も溶かされてしまうそうですよ、たちどころに。
服とかも溶けてしまうから、密閉空間にいるにもかかわらず神隠しが起きた、なんて事態もあり得るそうです。




