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氷の指輪

 今年はこのあたり、雪が降るだろうかね?

 ひと昔前は雪が降るのは、すっごく珍しいことって印象があったけれど、ここ数年は毎冬に降っている感じ。地球温暖化が叫ばれて久しいけれど、実は一部で寒さとかも増しているんじゃないかと思う。どちらかというと「地球極端化」じゃあ、ないかな。

 まあ、雪まではいかなくても、夜の寝ている間に水分が凍り付くほど気温が下がる現象だったら、以前からよく見かける。霜や結露という形でね。

 物の状態変化というのは、私たちが生まれてよりずっと近くに存在しているもののひとつ。良くも悪くも、まったく世話になっていないという人は存在しないんじゃないかな?

 そして、あまりにもなじみがある現象ということは、そこに混じってひっそりと計画を進めるのに都合がいいともいえるかもね。

 ちょっと前に父から聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?


 むかし、父の住んでいたところでは、冬場を迎えると枝打ちがよく行われていたようだ。

 当時は花粉症が猛威を振るっていたようで、スギとかヒノキとかの花粉が飛び散るのは枝葉があるためだ、とみなされたらしい。

 そのため、先手を打って枝を切り落としてほぼ幹のみの状態にしてしまい、将来の被害を低減させるという狙いがあったのではないか、と父は考えていたそうだ。

 しかし当時の祖父母から、この枝打ちには別の狙いもあることを聞かされている。

 それは枝に「氷の指輪」ができてしまうことの用心だという。


 氷の指輪。

 それは冬になると、このあたりの樹木にときどき見られる現象のひとつで、一本の枝を輪のように取り巻く、水の輪が唐突にあらわれることがあるらしい。

 それは一晩放っておくと、すっかり凍り付いてしまい氷の指輪となって枝におさまることになるんだ。

 人のするそれと同じように、枝に対する指輪も意味がいろいろあるが、この冬場にあらわれる指輪は、ざっくばらんにいうと「物資の融通」の契約だという。

 人には人の景色があるように、木には木の景色があり、そこに見えるものたちと約束ごとをしてしまうと、我々人間が「物資側」に置かれてしまう。

 そのため、安全を図るには先手を打って「契約先」となる枝をことごとく落とし、以降も温かさが戻るまで警戒を続けねばならない。人が物資とならず、人として営みを続けることができるように、だ。


「自然に多く頼り、生きていたころの人間は、それも天命として受け入れただろうがね。科学を身に着け、成果をあげてきたことで人間は少し欲張りになった。不幸とか逆戻りとか、損失と感じるものを以前よりも許せなくなってきた。実際、人が欠けて影響の出るものの多い時代だからな。もし指輪のきざしを見つけたら、近くの大人に話すといい」


 そう聞いた父は、年明けの三学期。

 学校の教室の窓から、ふと見た外の景色。ベランダよりの一本の木へ目を止めたそうな。

 この木も枝打ちされており、真新しい切断面をあちらこちらへ向けていたが、そのうちのひとつの根元が異様に湿っているのか、幹の色と比べて、やたら黒ずんでいるように見えたのだそうだ。

 不覚にも、父本人はこのときに、それを氷の指輪の話と直結させることができなかった。ここのところ寒い日が続いているし、樹皮も湿ることがあるか……程度に思っていたらしく、誰にも話さなかったのだとか。

 けれども翌日以降、授業が始まってからはやたらと体調不良を訴える生徒が増えてきたらしいのさ。その多くが上から下にかけての胴体の痛み。

 激しいものから鈍いものまで、痛みの質は様々だった。育ち盛りゆえ、ホルモンのバランスがととのわないことによる不調のたぐいというのは、あるかもしれない。しかし、それにしても例年に比べて数が多い気もする。

 仮病の線もなきにしもあらずかもだが、みんなの神妙そうな仕草や表情を見る限り、嘘とも考えづらい。ついには先生方の中にも不調を訴えて、授業が代講されることも起こりだして、運営にも差しさわりが出てくるように。


 人が欠けていく。

 そう思って、父はようやく氷の指輪の話に思い至った。

 例の枝を見やる。切断面の根元、幹からほんのわずかに張り出したでっぱりには、輪がはっきりと浮かんでいた。凍り付いた指輪の形で、しっかりとはまっていたんだ。

 父は先生へ報告。先生自身も確認したところで、午後には業者の人がやってきた。父の教室は高い階層にあったから、その高さにある木をどうにかしようと思ったら、脚立などでは足りなかったゆえだ。

 指輪のはまった根元はごっそりとそぎ取られる。体調不良を訴える人はそれからめっきり減ったが、休んだ人が回復するには時間がかかったそうだ。

 ちらりと耳に挟んだものだと、内蔵の機能不全。それも回復不能の後遺症が残ってしまったのがほとんどのようで。

 あのままだとより多くの人が「物資」にされていたのかも、と父は感じていたそうだ。

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