刀持ちの疑
疑問。これを口にするって、なかなか難しいものです。
立場ある人だったら「こんなこともわからないとか、たいしたことないな」と思われかねませんし、ない人でも「あ、やっぱりお前のおつむじゃこんなものだろ」と勝手な評を下されかねません。
かといって、黙りこくったままことに臨み、損失をこうむるようなことがあれば、それはそれで非難を浴びてしまうでしょう。絶対の自信があるならともかく、正しくあることを求められるならかなりのプレッシャーでしょうね。
ですから、もしひょいと疑問を投げかけられたなら、自分で抱えるにはどでかい案件……という可能性があります。もちろん、些細なことでも「なんで?」「なんで?」と聞きに来る人ならつい軽く見てしまうかもですが、普段質問しない人がやってくることがあれば注意したほうがいいかもしれませんね……。
ちょっと前に聞いた昔の話なんですが、聞いてみませんか?
およそ戦国時代のころといわれています。
政情が落ち着いていたある日の晩、お殿様が小姓のひとりを部屋へ呼びつけたのだそうです。
小姓には心あたりがありません。お叱りを受けるような不手際をしたとも思えず、おたわむれの類なら、自分より見目麗しくふさわしいものが大勢います。
自分はせいぜい刀持ちをするのが大仕事という、いっては悪いが小物の分際のはず。それがなぜこのような夜に呼び出されたのか。
複数の燭台に火をともされた部屋の中は、昼間のようとはいえませんが、相応の明るさを保っていました。
上座にあぐらをかいて待っていたお殿様は「来たか」という声とともに、一方の壁へあごをしゃくってみせます。
小姓が見てみると、いつもならば火縄銃が掛けられている武器掛けは、代わりに鞘へ入った刀たちがずらりと並んでおさまっていたのです。
「いま、この刀のうち一本、まがい物が混じった。お前、刀を一本ずつ持ち、それを見定めてくれんか? 鞘から抜かずに、だ。ああ、別に俺のそばまで寄らんでいいぞ。その掛けたところのすぐそばに居ればよい」
――とてつもない難題を課せられた気がする。
小姓はぐっと息を吞みました。
いったいどのような意図があって、夜にこのような呼び出しがあったのか、お殿様の言葉の裏をどうにか探ろうとしたのです。命じられたことの裏を読み、先んじて動くというのは貴人にお仕えするものに求められる資質のひとつでしたから。
けれども、今回は少し読み切ることができない。しかし、命じられたからには異を唱えるのもはばかられる。
一礼をした小姓は、言われたとおりに刀掛けのもとへ向かうと、端から一本へ手を伸ばします。柄が上になるようにし、貴重品を扱う際に使う布である「ふくさ」を右手に乗せた上で鞘をつかみ、刃が自分のほうをむくようにする、いつもの作法でした。
お殿様はその様子をじっと見るばかりで、うなずいたり首を振ったりはしてくれません。最初に話した通りに小姓の見定めに任せる、ということなのでしょう。
――辞世の句、書いておくべきだったか。
二人きりの空間でもって、順に刀を持ちながら小姓の頭を死がよぎります。
おそらく自分があやまちを犯したなら、厳しい咎めが待っているに違いないからです。
まがい物を見定めろ、とのことでしたが、これまで持ってきた刀たちはすでに十数本。それぞれ自分の判断で、これまでと変わりないと判断したものたちばかりでした。
もし、すでに見てきたものの中にまがい物があり、みすみす逃しているのでは。そうだとしたらやり直しがきくのか……本数を重ねるたびに、不安もまたふくらんでいきます。
そうして終わり8本にまで及んだとき。
これまで通りに鞘をつかんで刀を持ったとたん、小姓は自分の手のひらがピリリとしびれるのを感じたのです。
呼び出されてから、何十本も刀を掲げてきた身。ここにきて疲れでも出てきたのかと思いましたが、すぐに鞘を握りなおします。
その太刀は金の縁取りをされた、白木ごしらえの鞘におさめられていました。これまでの太刀の中にも、まったく同じこしらえのものも何本かありました。
しかし、この太刀は掲げているうちに、どんどんと腕が張るとともに顔中に汗がにじんでくるのを感じるのです。
――これが殿のおっしゃる、まがい物なのだろうか。いや、これまで本数を重ねたゆえの疲れのせいなのか? 殿にお尋ねしたいところだが、それでも……。
逡巡する小姓。その様子をお殿様は先ほどからずっと変わらない姿勢、脇息にひじをついたまま、ずっと小姓の様子を見守っていましたが、ほどなくすくっと立ち上がりました。
袴にさしていた扇子をさっと抜き取ると、つかつかと小姓のそばへお殿様は寄っていき、刀の柄の部分を一打ちしたのです。
畳んだ扇子を刀の刃に見立てれば、真一文字に斬りつけたかのようでした。とはいえ、鉄扇などとは異なる木の骨による殴打は、金物にとってはたいした衝撃とならないはず。
ところが、打たれた柄があっけなく両断されたかと思うと、鞘ごと刀身がボロボロと崩れていってしまったのです。
組み立てた細工物がほどかれたように、無数の断片となって床へ転がり落ちていく刀であったものたち。目をぱちくりさせる小姓の手元に残ったのは、ふくさに包まれる一片のみでした。
「やはり、お前の判断は正しかったようだな。お前、あやまちを恐れて黙っていたであろう?」
「――は、恐れながら」
「次からは遠慮なく申せ。異を唱えるは必ずしも叛意にあらず。俺一人では及ばぬことなど無数にあるのだからな。そこはお前たちの力を信ずるよりあるまい。疑いあらば、必ずな」
結局、まがい物と殿が称した、これの正体を小姓が知ることはありませんでした。
しかし許しを得たことで、彼は長くお殿様の相談役となり続けたとのことです。




