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雨中の妖精

 う~、さむさむ……雨の日って急激に寒くなるよね。やっぱり冬が近づいてきているんだなあ。

 その代わり、陽が出るようになったら夏を思わせる高温だし、いやあこの時季をなんとたとえたらいいのやら。のちに生まれる人たちがどのように称するか気になるところだよ。

 晴れや雨をはじめとする天気の変化。これはまだ、人間の思うように操作できない現象のひとつだ。人工的にも限られた条件下であるなら、似たような環境を整えることはできなくないけど、大元をどうにかすることは不可能だ。

 いくら人間がまねっこをしても、自然の中の力までは模倣しきれない。ゆえに自然の中でしか存在しない現象は、いまだささやかれ続けるのだと思うな。

 ちょっと前に僕が聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?


 いとこが話してくれたことなのだけどね。雨の日には妖精があらわれるときがあるのだって。

 精霊と妖精は似たような扱いをされるけど、前者の姿は目に見えず、後者は目に見えるものだという。見た目に関しては、小柄で羽を生やしたかっこうがよくイメージされるけれど、別に大柄で人間と大差ない見た目であっても、妖精とみなされる存在はいるわけだ。

 いとこの近所で現れる妖精は、白く長いひげをたくわえた人間の老人の姿なのだという。それだけでは普通の人間と区別がつきづらいが、大きな特徴が2つある。


 ひとつは光をまとうこと。

 雨の中を歩く妖精の全身はうすぼんやりとした光を放つ。この光は不思議と、近くまで寄ると見えなくなり、ある程度距離を離すと、また視認できるようになってくる。

 その光は寿命切れの見え始めた蛍光灯といったところで、さほど強くはないが明滅もしない、さほど目立たないものだ。

 そしてもうひとつは、水たまりを残すこと。

 かの妖精は歩いた道には、水たまりが点々とできていくのだけど、その水たまりをのぞくと、本来うつるべきものの代わりに、別の世界のことがうつるのだという。

 視界がさえぎられるほどに強い雨のとき以外、かの妖精はまず姿を見せない。ただ水たまりは雨がやんでからも今しばらく残り、そこを覗き込んだときの景色を見て「あ、あの妖精が出たんだ」と知るケースも少なくないという。

 いとこはその中でもさらに珍しい、妖精をあらかじめ見つけたときの話だ。


 その日は雨降りのために、いとこの部活は屋内で筋トレなどを中心に行っていたらしい。

 個人的にきついのは、階段ダッシュだったという。その負荷はジョギング以上とされ、30分続けると300~400キロカロリーの消費につながるとされる、特訓の代表的メニューだろう。

 どうにかノルマのそれをやり終え、みんなと一緒にようやく迎えた休憩を体育館で味わっていたとき、ふとわずかに空いた戸の隙間から、それがのぞいたそうだ。


 音を立てて、しきりに降り続ける豪雨の中、学校のフェンスをはさんで向こう側の通りを、ぼんやりと明かりが横切っていく。

 車のライトにしてはゆったりすぎるし、前方を真っすぐ貫くような軌道でもない。ほんわりと、人ひとりくらいの大きさを保ったまま横切っていくその光を見て、いとこはウワサの妖精じゃないか、と思ったのだそうだ。

 疲れた目を凝らし、降りしきる雨粒の間を縫って見てみると、かすかだがそれは白く長いあごひげを垂らした老人の姿だったという。

 想像していたよりもひげは長く、地面に触れるすれすれ。そして傘などの雨具は一切身に着けておらず、浴衣と思しき布を一枚のみ。それでいて、雨に濡れている気配などみじんもなく、体中からほのかな光を発し続けている。


 休憩時間だから、まだそのあとのトレーニングも残っていた。

 いとこがその場所へおもむくことができたのは2時間後のことで、このときには雨がぴたりと止んでいたそうなんだ。

 通りのアスファルトには、大小の水たまりたちが残る。雨があがり、日もほぼ落ちて気温も下がっているとなれば、いくつもそのままなのは道理だ。

 ならば、見抜く方法を試してみるとき。いとこはひとつひとつの水たまりをのぞきこんでいった。

 多くは、ほぼ夜の空模様といとこの顔面をうつすばかり。先ほど妖精の姿を見た、体育館の横の道にできたものを見やっていても、変化はなかった。

 そうなると、あの妖精がどちらへ去ったかが問題になるのだけど……と、いとこは自分の帰り道にあたる方面。道を突きあたっての右手へ進路を取りながら、なおも水たまりをのぞき込んでいったらしいんだ。


 それを見たとき、一瞬水たまりの中へ藻が浮かんでいるかと思った、といとこは語る。

 実はこの住宅街にあるまじき、密林の姿が映し出されているのだと分かったとたん、水面を揺らして何かがいとこの顔へ飛びついてきた。

 自然特有の泥と草の匂い、顔を覆いつくす針先かと思うほどの無数の剛毛、そこに騒がしい獣の吠え声が合わさって、いとこはとっさのことに何が起こったか分からなかったという。

 本能的に、自分の顔へ張り付いてきたものをむずとつかむと、力任せに引きはがして水たまりへ叩きこんだそうな。

 おそらく、猿ほどの大きさのそいつは浅い水たまりへ叩きつけられたにもかかわらず、浮かんではこなかった。水たまりにも、あの密林らしき景色はなく、これまでと同じような家々と空がうつるばかり。

 ただ、いとこの顔には無数の穴が空いて、血が流れだしている。それがあの何者かに飛び掛かられたという証左は残っていた。

 それからしばらく、顔にガーゼを貼り付けまくっての生活となったが、くだんの妖精のもたらした水たまりによるものと話しても、半信半疑な表情をされたそうだ。


 いったい妖精はあの水たまりをもって、何をしてくれたのだろうか。いとこはまた、妖精を見かけるときを待っているらしい。

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