つらぬきの朝
せんぱ~い、おはようございま~す!
んん~、どうしました? 眠そうな顔をしちゃって……また夜更かししてネタでもまとめていたんですか?
夜が終われば、朝がやってくる。これは不変の真理なのです。
朝がやってくれば、私たちは定められたことを果たさなくてはなりません。決まりや約束事は待ってくれませんからね。与えられた時間は、みな平等なのですからコンディションを整えないと。
――夜の間に、何者かに身体をつぶされないか心配になった?
??? おっしゃることがよく分かりませんが……なんです? 怖い話でも聞いて心配になったんですか?
ふふ、その手の話に興味津々な先輩でも、意外とかわいいところがあるんですね。
怖い話に酔ってしまったのなら、迎え酒ならぬ迎え話とかいかがです? 夜の話が気になってしまったなら、朝の話とまいりましょうか。
朝というのは、いうまでもなく身体が活動をはじめるとき。一晩、動かさずにいた部位たちへどんどん始動の命令が下されるわけです。
いったん中断していたものを、また働かせる。そのためには瞬間的に、大きな力が求められます。走り出してから、それを継続するなら使うエネルギーは少なめですみますが、ゼロ発進ともなれば重い負担がかかるでしょう。
どのようなものも「慣れ」が求められます。段階を踏んでじょじょに進まない場合、思わぬ負担が生まれ、亀裂が走ってしまうものです。
小学生の時の私も、そうだったかもしれません。
特に夜更かしをしたわけでもないのに、あの日の目覚めは特別に遅いものでした。母親に声かけられて起きるなんて、もうほんとに珍しいことで。
時計は遅刻になるか否かのぎりぎりのライン。いつになく急いで家を掛け出た私は、ほんの数十秒ほどで両足がパンパンに腫れたかのような感覚に襲われます。
――ただでさえ、急がなきゃいけないのに……!
そうヨタヨタと急ぎながら、このおバカとばかりに両足をぽこぽこ両こぶしで叩いていきます。
へまをしたとき、同じようにして頭をぽかぽか叩く癖が昔はありましたが、母に「バカになるからやめなさい」といわれて自重はしています。しかし、それ以外の箇所で意にそぐわない結果を見せると、おしおきとばかりに殴っていたんですね。
これが調子の悪い家電であるなら、衝撃で配線がどうにかして回復する可能性もあるかもですけど、いかんせん人のボディ。気持ちよくなるのは、いっときのメンタルばかりで、フィジカルのダメージは確実にたまっていくんです。自殺行為で。
――これも、しっかりしないアンタたちが悪いんだから……!
痛みでよけいにもたもたしてしまうのを、八つ当たりすることで奮い立たせて、道を急ぐ私はまだ間に合うかどうかの瀬戸際をかけてもいたんです。
「ひゃっ」と声をあげて、飛びのきかけてしまったのは、その直後。
スズメバチでした。途上にある生垣の一角から飛び出してきた、黄、黒、茶でメインを構成されたその虫は、本能からして危険信号を発してしまいます。
距離も近く、その体もこちらを向いていて、避けられない! と覚悟を決めかけたのですが。
不意に、スズメバチが串刺しにされたんです。真下から突き出て、そのまま飛んで行った、藁を思わせる細い飛翔物。10センチほどの長さのそれが、飛んでいるスズメバチの身体のど真ん中をつらぬいて、もろともかなたへ飛んで行ってしまったのですから。
突然のことに驚きこそすれ、そのゆくえとか、正体とかをのんきに追っているゆとりはありませんでした。もう時間はすれすれだったので。
それから学校へぎりぎり帰りつくまで三度。私は虫が撃ち落される現場に出くわしました。
やはり飛び回る虫の下から、矢のごとく放たれる細いくだが彼らの身体をあやまたずとらえて、そのまま空へ連れて行ってしまうんです。
いずれも私のすぐ近く。いったいどのような射手がいるのかと思いながら、登校時間おわりを告げるチャイムの中で、校門に突入。ぎりぎりで時間に間に合わせた私でしたが、いざ下駄箱で靴を脱ぎかけて気づきました。
私の靴、ほとんど血まみれだったんですね。その下に履いている靴下もしかりです。その割に痛みはほとんど感じません。いえ、厳密には私が自分でなぐりまくった痛みはあるんですが、その出血にふさわしい質の痛みを覚えなかったというか……。
いったい、どうして? その答えはほどなく、下駄箱に音立てて寄ってきた一匹のハエによってもたらされます。
私のそばまで来たとたん、これまでのハチたちと同じようにハエが細い針に貫かれたんです。
ちょうど足元を見ていたからわかりました。この針は私の足、靴下を突き抜けながら、そこに赤い斑点を新たにこさえつつ発射されたということを。
これまではいずこかへ飛んで行ってしまった彼らに対し、ここには天井がある。ハエは針もろともに天井へ串刺しにされましたが、やがて針が形を崩し、構成していたものがぽたぽたと垂れ落ちてきます。
血でした。それもおそらくは、私の血。靴下が覆いかぶさる私の足からなのでしょう。事実、このときの私の足には大小の細かい穴がぽつぽつと開いて、血がにじんでいましたから。
この怪現象は朝のこの時間だけ。以降は全然見られませんでした。
あれは時間への焦りと、私の八つ当たり。それを受けた足たちの「つまり具合」が相まって生まれた、血の矢だったのかもしれませんね。




