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つまりは汚れ

 先輩は汚れたものを捨てるとき、洗ってから捨てる派ですか?

 まあ、あまりに汚いとそのままゴミ箱へゴーしたくなりますよね。一分一秒だって触っていたくないし。

 でも、私の持論だと汚れっていうのは、この世界に多くあるいは長く接していたがための、勲章のように思っているんですね。

 たとえば雑巾であれば、汚れていくのは世界でのおつとめをしっかり果たしているということ。誰もが触りたがらないものに対し、文字通りの汚れ役を引き受けてくれているわけです。


 これ、すさまじく大事なことだと思いませんか? そいつが存在していることで、将来の目や心などを害されるかもしれない多くの者を事前に助けているんですよ? 

 だというのに、はためにはめちゃくちゃ地味で、感謝を贈られるどころか、しかめ面されることだってままあるかもしれないんです。

 みんな土の外に出ている花はよく見るわりに、土汚れを経た先に埋まっている根っこは、まず注目しないし、ありがたがったりもしないようなものですね。

 本当は根っこがなきゃ花も咲かないのに、自分が根っこ役になるのはごめんだから、目を向けたくないと思っているんでしょうかねえ。

 そんな、ひょっとしたら汚れ役を担っているかもしれないものの話。実はちょっと前に実家へいったん戻ってきた兄に聞いたものがありましてね。先輩も耳へ入れてみませんか?


 一人暮らしをしている兄にとって、洗濯機をどれほどのスパンでまわそうか、というのはちょっとしたお悩みのひとつ。

 水をじゃんじゃか使うのは必要経費として飲み込むとして、洗剤の減りなどを考えると、ある程度洗濯槽にブツがたまってからのほうがいいかな~などと考えてしまいます。

 一方で季節は梅雨を控え、湿気が多くなりがちな日が続いていました。ためてから、いっぺんに干したとしても、それらが乾かないとなれば、やりくりできる服のレパートリーにも支障が出る。

 どうしたものかと考えた兄は、こまめに洗濯する道を選んだとのこと。一日ごとに、着た服を入れたなら即洗濯予約。朝に起きたら干す中身は一日分。

 まとめたらまとめたで、人によってはおっくうさのほうがまさりかねませんしね。私としても悪くない方法だと思いましたよ。


 しかし、実行に移した翌朝に、兄は首をかしげることになります。


 ――これ、乾いていないんじゃないか?


 兄の使う洗濯機は予約機能のほかに、ある程度の乾燥機能がついています。

 すぐにタンスへしまえるほどのからっからとまではいきませんが、手で触れても特に問題ないくらいの湿り気具合。ハンガーを通して窓際にほいっと引っかけてやるくらいどうでもないのです。

 それが、今日は濡れ雑巾もいいところで、触れずともわかるくらいにぐっしょり濡れたまま。触れてしぼれば、ぼたぼたと遠慮なく水がたまりを作り、桶に浸したばかりの服と大差ない状態だったとか。

 仮に乾燥機能なしで回しても、ここまでにはならないと思うのだがなあ、と兄は頭をかきながらもいくらかしぼって、水分を落とします。

 洗ったのは黒いシャツ。そこからはいくらか黒さを含む水が出たものですが、これも兄にとっては妙でした。


 すでにこのシャツ、数年ほどお世話になっているもので洗った回数も相当なもの。色落ちを心配する時期はとっくに過ぎているというのに、いまさら「出がらし」に悩まされるなど起こるのだろうかと。

 兄のいぶかしがりを後押しするかのごとく、一緒に洗った白いタオルたちにはこれらの色落ちした黒が染みついた様子はありません。しかし、このタオルたちもまた、たっぷり湿った体をしぼれば水を出していったのです。

 その真っ白い体からは、想像できないほど黒々としたものがね。


 単なる色落ちではない。なにか洗濯機の故障でもしているのだろうか?

 かといって、洗濯機を買い替える予算などはすぐに用意できないし……と兄はこのときから手洗いに変更しました。

 一人暮らしだと、なんでも自分でやらないといけませんからね……やったことは終わるし、やらないことはいつまで経ってもそのままです。

 触らぬ神にたたりなしとばかりに、洗濯機生活から離れていく兄。私がいうのもなんですが、適応力が高い人ですから。最初は乗り気じゃなくても、何日か経てばすぐに新しいことを抵抗なくやれちゃうんです。

 まあ……そうやって新しいものにかかりきりになっちゃうから、前のもののことをたちまち気にしなくなっちゃうわけです。髪は短めな兄ですが、引かれる後ろ髪くらいは伸ばしておいたほうがいいんじゃないですかね?


 確かに、黒いものが出る事態は手洗いだと起きませんでした。白いものから、黒いものから出る、という明らかにおかしいことだって当然。

 それでいいんだと思っていた兄なのですが……ある日にですね。すっかりこなくなったものがあったんです。

 排泄、ですね。兄は一日、まったくトイレに行くことなく過ごしてしまったんです。

 個人差はありますが、一日に3回はお小水が出ないとまずいらしいですよ。これが大きいほうなら、まあ一日ぐらい……なんて思えるかもですが。

 兄も少しやばいと思ったようでして。冷蔵庫にストックしていた麦茶をがぶ飲み、がぶ飲み……いつぞやの部活で先輩に仕込まれたという、1リットル一気飲みを敢行したのだそうです。

 ろくに胃腸が働くより前に注がれる大量の麦茶。少し動けばちゃぷんと水音立てて、苦しさがあふれてきそうなものですが……それがない。

 みるみるうちにお腹の満腹感が薄れるとともに、じわりと身体を濡らすもの。

 次の瞬間、兄はどっと黒いものを体中から流していたそうですよ。あの、洗濯したときに出る黒み。白いタオルからも出た、得体のしれない黒みをですね。


 適応力が兄は高いと先ほどいいましたが、直感もなかなか鋭く。

 試しに洗濯機に洗いを戻したところ、ちゃんと排泄をできるようになったみたいですよ。

 まあ、一日で気づいてしまったから、どうだとは結論しがたいですけれどね。でも、あの黒々とした汚れをうまく循環させることが、どうやら兄自身のコンディションを整えるにはいいらしくて。その補助を洗濯機がやってくれていた、ということなんじゃないかと思っていました。

 もう使い続けてだいぶ経ちますが、いまも兄の部屋の片隅で働いているみたいなんですよ。

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