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こもりやり

 先輩は、最近は湯船につかっていますか?

 そろそろ暑い日が続きそうですからねえ。シャワーでざざっと済ませる日とか、増えてきているんじゃないでしょうか?

 湯船につかって、身体の芯をあたためる……というのは暑い日にも有効と聞きますね。身体の汚れを落とすのももちろんですが、臓器をあたためる意味合いも大きいようですね。

 熱を帯びることで臓器のはたらきは活性化する。たとえ疲れている状態でも、あたためることによって徐々に調子が戻っていくと聞きますね。冷えは動き全般をこわばらせますから。

 熱を与えることはエネルギーを与えること。理科ですでに習ったことかと思います。

 これによって活動を手助けされるものは、けっこうたくさんあるかもしれませんね。

 ちょっと前に、父から聞いた話があるんですけれど耳に入れてみませんか?


 古来、暖をとることについて、人はいろいろ力を注いできました。

 たき火に始まり、家の中へいろりをもうけ、場所をうつせるように火鉢を使い……と様々なものを経て、いまの暖房機器たちへつながっているのですね。

 小さいころ、私は父に尋ねたことがあります。なぜ、昔話などで火を焚く場面などがよく描写されるのか、と。

 このとき父は、物を話すのにちょうどいい環境であるのが大きいと答えてくれました。身体を暖めることは脳みそも暖めることで、それによって身体の働きがよくなり、口もまた回るようになるのだと。

 それにくわえてもう一点、自分のまわりにあるとされる「護りの力」。これ生き生きと動かす役割があるとされたそうなのです。


 父がかつて住んでいた地元は、限界集落すれすれといったところで若者の減少が危ぶまれていたそうなんです。

 地方へ出ていく、というならまだ理由もわかるのですが、父が少年時代に子供たちの間で原因不明の奇病がはやり、命を落としてしまうケースが報告されたとか。感染者の数も流感もかくやといった勢いで増えていくのですが、不思議と成人以上の者たちは全然かからなかったそうです。

 年配の方たちは、この状態を「こもりやり」と呼んでおり、そのきざしが見られると各家へ注意をうながしていったといいます。


 こもりやりの兆候は、時期外れの寒気が襲ってくることによって判断がつきます。

 たとえ夏の盛りの間であっても、ふと身をこわばらせるような冷たい風が村一帯に吹きすさび、各々が自らの体調不良を懸念してしまうほどだとか。

 そのようなときに、体をいつも以上に温めることが重要視されます。湯船につかるのが、その最たるものになるのですね。ただし「こもりやり」の兆候のあった場合、特に子供は長時間の熱い風呂に入ることが望まれます。

 具体的な時間が決まっているわけではありません。その人が完全にのぼせてしまうまで、です。体質によっては何時間も湯船につかることになり、拷問に片足をつっこんだ状態といえましょう。


 父の聞いたところによると、これは地元における一種のトランス状態に入るためのすべとされていたのだとか。

 前後不覚の状態に陥り、横になるよりないコンディション。これは自分の内側にある余計な力みをなくすことで、外側から入りやすい体勢を作っているわけです。先に話した「護りの力」が、ですね。

 子供は火元の近くへ寝かされて、火を起こされます。それが現代文明の恩恵であるガスコンロなどでも構わないのですが、その際に子供の四方をにんにくで囲むことが望まれるそうです。

 天井のあるところならばひもでつるし、ないところであったなら串にさして地面に立てる。まあ、お風呂が屋内にあることがほとんどの昨今では、前者の用意をするところがほとんどでしょう。


 その状態で火をつけ続けながら、一晩を過ごすわけなのですが、もし「こもりやり」がやってくるのであれば、囲うにんにくたちが端のほうから、黒く変色していくそうなのですね。

 こもりやりが持つ、純粋な病の気のためとされていますが、具体的なことは分かっていない現象のようです。ただ、このにんにくの色変わりは護りの力とこもりやりの戦いの経過を表しており、護りがまさるようであれば変色は止まるそうです。

 しかし、こもりやりがまさるようであれば、にんにくはことごとく黒く変色しきってしまう。そうなると外出は極力控えるようにいわれ、家の中で安静にし続けていることが望まれるようです。家にいる間も火に囲まれて、片時も体を冷やすことがないようにと注意をうながされて。

 これは出席停止扱いとなり、欠席にはカウントされない類の休みとなります。火を集めれば集めるほど、当たる時間が長ければ長いほど「こもりやり」を追い払う確率は高くなりますが、それでも及ばなければ息を引き取ってしまうことがあります。

 苦しむことはなく、眠るようにして心肺をはじめとするあらゆる機能が止まっていく。はた目には安楽死のごとき最期とのことですが、父はまだその場に居合わせたことはありません。もちろん、自分がそのような目に遭ったこともありません。


 こちらに出てきてから、「こもりやり」の存在が確認されないことに、当初は驚いたと話していました。ひょっとしたら「こもりやり」は自分たちの地域の子供にしかない、なにかを求めて、あそこにたまっているのでは……と思っているそうです。

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