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軽快・警戒ランドセル

 おお、懐かしいね。ランドセルじゃんか。まだとってあったなんてね。

 小学校の時なんか、僕、これに全科目を入れて通学していたよ。置き勉が許されていなくってさあ。忘れ物でもあればこてんこてんに怒られるし、備えあれば憂いなしだよ。

 この脇にリコーダーを立てながら突っ込んで、「ビームサーベルー」とか言っていたっけ。

今はサーベルの中身が、リコーダーから、アニメのポスターに化けちまい、完全にダメ人間の一途をたどっているけどね、なはは……。


 ランドセルって特徴的な代物だけどさ、中学生になってからは、まず使わないし、人にもあげづらいよねえ。

 「ピカピカの一年生」なんて形容されるくらいだから、すべてがおニューなのが当たり前。

 そこに、いかにもおさがり感が抜群の、傷んだランドセルで突撃してごらんよ。臭い的にも、人間的にも、その日からみんなの鼻つまみ者だぜ。きっと。「違い」とか「差別」に敏感だからねえ、大人も子供も。

 トラウマもらいたくなきゃ、周囲に迎合すればいい。そうやって通う学校で、最近教えられているのが、「個性」や「自主性」だろ? こっけいだと思わないかい?

 ――そういえば、ランドセルを巡って、一つ、興味深い話を聞いたことがあるんだ。掃除もひと段落したし、聞いてみない?


 こーちゃんの頃は、ランドセルの色って、何があった?

 ――ほほう、黒と赤だけ。いかにも古典的だね。それでランドセルカバーは黄色ってところか?

 今でこそ、多様な色が存在するランドセルだけど、昔は黒や濃い赤色がメインだった。どうしてか分かるかい、こーちゃん。

 ――傷を目立たなくさせるため?

 うん、それも正解の一つだね。明るい色は傷が目立つ。

 他の理由として、よく聞くのが「警戒色」だから、というもの。

 黒、赤、それに黄色。これらは自然の中でも非常に目立つ。相手が気に掛けてくれることを期待しているのだとか。

 踏切も、たいていの場所が黒と黄色のしましま模様、ぱっと見「やべっ!」って感じがするだろ? あれと同じなんだって。


 僕のおじさんは、小学生の頃、学区の外れに住んでいた。

 まだまだ友達と遊びたい盛り。学校内だけでなく、外でも、公園でサッカーしたり、友達の家にお邪魔したりと忙しかったらしい。

 家に帰ってからじゃ、遅くなってしまう。ランドセルはいつもおじさんの遊びのお供だった。

 連絡をせずに、遅くまで遊ぶものだから、親は気が気じゃない。子供の頃は、連絡なんて面倒くせーと思ったけど、大人になるとお母さんの気持ちも分かるね〜。

 自分の見ていないところで、何かあったら面倒くせー、だ。語弊があるかもだけど、つまりはそういうことだろ。


 そんな母さんの声が、学校の先生に伝えられたのかもしれない。

 改めてクラスの先生から、毎日毎日、「寄り道をしないで帰るように」とのお達し。「怖い目に遭っても、知らないぞ」という脅し文句までついている。


 その間、おじさんは右手の小指で耳の穴をほじりながら、そっぽを向いていた。

 とっくに聞き飽きているし、守る気はさらさらない。それに「怖い目ってなんだよ。遭ったことのないことなんか、想像できないっつーの」とも頭の中でつぶやいたらしい。

 小学生のおじさんにとって、自分が見たもの、触れたもの、感じたものだけが、世界のすべてだったのだから。



「今日はちょっと遠くに行こうぜ!」


 そんな誘いに、おじさんはホイホイ釣られていった。

 おじさんの家とは真逆の方向にある、学区の外れの自然公園。そこでサッカーをしようということになったんだ。

 普段使っている、砂利だらけの公園とは違う、芝生に覆われた地面。子供心に、本物のグラウンドのような感じがして、わくわくしたってさ。

 おじさんは、無造作にランドセルを、公園の片隅に放り出す。それには、旗を持った犬や猫の姿と「こうつうあんぜん」の言葉が書いてある、黄色いカバーがかかっていた。

 

 はじめはサッカーに興じていたが、地面に凸凹が多い方のゴールを使っている方がいちゃもんをつけて、遊びはキックベースに移る。

 子供ゆえに、飛ばすことに遠慮がない。しばしばホームランした打球たちは、芝生ラインを超えて、池や花壇に飛び込んで荒らしたり、猛烈な勢いで転がって、バッタやカマキリを轢いたり、はねたりしちゃったんだって。


 そして、存分に遊んだ後、おじさんは自分のランドセルを取ろうと手を伸ばしたけど、次の瞬間、ばっと飛びのいてしまった。

 ランドセルのカバーに、スズメバチが這っている。それも三匹。おそらく自然の中だと非常に目立つ色をしているランドセルを、警戒していたんだろうね

 すでに一度、スズメバチに刺されていたおじさんは、おっかなびっくりになる。触れたものしか、世界と認めないおじさんにとって、スズメバチの襲撃の危険度は最大に近い。

 まごまごしていると、みんなが集まってきた。スズメバチの怖さを知っているだけに、みんな及び腰になる。


「あいつら、いなくなるまで待った方がいいんじゃね?」

「もう暗いぜ。ちんたら待ってて、帰るのが遅くなったら、怒られるぞ」

「ボールぶつけて、追っ払うとかは?」

「巣が近くにあったらどうする? 襲われかねないぞ」


 相談の結果、ボールを当てて追い払い、仲間が来るまでに急いで撤収となった。

 おじさんはボール投げを誰かに任せたかったけど、「お前のランドセルだろ。自分で何とかしろよ」ということで、みんなはおじさんにボールを預けて、遠巻きにおじさんを見守っている。

 もう、おじさんは泣きたかった。当たったら当たったで、即座にかばんを回収して、逃げないといけない。外したら外したで、あいつらのすぐわきを通り抜けて、ボールを拾い、再度トライしなければいけない。命がけだった。


 絶対に外せない、とおじさんは忍び足でランドセルに近づいていく。必中の圏内におさめる必要があった。

 スズメバチに差はあれど、およそ10メートルの範囲の敵を感知できると聞いたことがある。そのレーダーの中を、肉薄していかねばならない。当てるために。

 さっさと逃げたい衝動に駆られながら、残り三メートル、二メートルと近づいていく。もうはっきりと、うごめいている三匹のハチの姿が見える。

「カチカチ」と、音が響いてきた。スズメバチ特有の警告音。これ以上近寄ったら、実力行使に出る、という合図。


 もう、やぶれかぶれだ。おじさんは抱えていたボールを振りかぶり、ランドセル目がけて投げつける。

 当たった。真正面からぶつけられ、ランドセルは仰向けに倒れる。すかさず、おじさんはランドセルに飛びついた。

 無残なほどに大成功。スズメバチは三匹とも、おじさんのボールに身体を潰されていた。おじさんのランドセルカバーと、同じ色の体液を流しながら。

「カチカチ」の音が、一層大きく響いてくる。仲間の最期を見て、興奮しているのかもしれない。

 おじさんたちは、即座に撤収。二度と自然公園には近づかなかったとか。


 おじさんは今でも、ハチが苦手だ。

 この出来事ばかりじゃない。もっとやばいことがあったんだ。

 おじさんは大学生の時、バイクに乗っていた時、無謀な運転をしてきた車に当てられて、大けがをした。

 意識は回復し、手術もうまく行ったものの、しばらく病院のベッドで過ごすことになる。

 おじさんはもう入院したくないと話している。というのも、夜中になると、病室に何もいないはずなのに、例の「カチカチ」という、スズメバチが顎をかち合わせ音が、断続的に響いてくる。音は遠ざかったり、近づいてきたりして、おじさんをからかっているかのようだったらしい。

 それでもどうにか眠りにつくと、翌朝に顔がパンパンに腫れて、激痛が走るんだ。まるで大型のハチに、めった刺しされたかのように。


 あいつらは、俺が弱った時期を見計らって、復讐に来たのだろう、とおじさんは話していた。おじさんが弱れば、彼らはどこからかやって来る。そして、あと一回は必ず来るだろう。

 死だ。おじさんの命が消える時、きっとあいつらは来る。おじさんの息の根を止めに。

 ちょっとの寄り道が、とんだ土産を持ち帰っちまった、とおじさんは苦笑いをしているよ。

 もう元の形が分からないくらい、ボコボコに頬を腫らしながら。


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