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チワワ捜査網

 こーくんはさ、自分の感覚に自信がある?

 オレは最近、全然ダメ。特に嗅覚に関しては、風邪ぎみで鼻がつまっているのも原因だろうけど、ぜんぜん臭いが入ってこないんだ。

 一説によると、五感っていうのは、すべて危険を予め察知して、回避する役割があるんだってさ。逆に言えば、相手の感覚を潰すっていうのは、狩りをする上で、とても有効っていうことだ。もしくは、逃げ出すような場面でも。

 僕たち人間はかくれんぼとかを通して考えるに、失せ物を探す時に視覚と聴覚をよく使うみたいだ。ついで嗅覚、かな。そして、触覚、味覚、という具合か。

 ――第六感もあるだろう?

 はは、信じたいよね、第六感。霊感がない、今の僕じゃ、もう信じられなくなってきたねえ。

 その点、動物は優れた感覚を持っているって、昔から聞くよね。

 僕の友達も、子供の時に、不思議な経験をしたんだってさ。ちょっとその時の話を聞いてみない?


 小学生くらいの頃。友達の毎日の日課は、チワワの散歩だった。

 両親が結婚した時に手に入れた犬で、かれこれ8年あまり。友達が生まれる前から、家にいる。

 散歩一つとっても、動物と人間の間では主従関係が生まれるらしいね。無理やり引っ張っていくか、犬に引っ張られるがままになるか。前者だと、人間が上。後者だと犬が上ということを、学んでいくらしいんだ。

 友達の場合は、犬に引っ張られることが多かった。というのも、リードを持ったまま走り回るけど、チワワに連れていかれるばかり。ぐいぐいと、友達を引っ張っていくんだ。


 そうやってチワワにつられて、たどり着くところには、色々なものが落ちていた。

 生垣の下に、物干し竿から飛んだと思しきシャツがあったり、公園のしげみの中に、大きなヘビの抜け殻があったり、人目をはばかるところに置かれた、バレたら何かと困るであろう、個人的趣味のもろもろを見つけたり。町中の秘密が、チワワの口にくわえられて、白日のもとにさらされたらしい。

 チワワが歩くと、棒にあたるどころか、宝にも地雷にもあたる有様だったとか。特定の道具の臭いを嗅いで、持ち主を探す、ということもできたみたいだけどね。

 友達とも仲が良かったようだけど、やがて、動物飼育の定め。お別れの時がやってきたんだ。


 夏休み間近のある日。友達のクラスメートで、すぐに前の席に座っている「まほちゃん」が休んだ。

 今まで、無遅刻無欠席を続けていただけに、クラス全体は彼女の心配をして、まほちゃんの近所に住んでいる子たちは、帰り際に彼女の家に寄っていった。

 まほちゃんのお母さんは「ごめんね。まほはちょっと気分が悪いの」と話していたけれど、お母さん自身も、心なしか、気分が悪そうだったとか。

 その翌日も、まほちゃんは学校を休んだ。先生は体調不良と話していたけれど、その日の下校時に、まほちゃんのお母さんが、まほちゃんの名前を呼びながら、町中へ消えていくのを見たらしいんだ。


 まほちゃん、いなくなっちゃたんじゃないか。そんな話が、クラスの中で持ち上がった。先生に気取られると、また注意をされるかも知れないから、校庭の隅とかで、こっそり友達同士で集まって、こそこそ話をしていたようなんだ。


「なあ、オレたちで、まほちゃんを見つけないか。けいさつも、まだ見つけてないんだろ? ここでオレたちが見つけられたら、ヒーローじゃね? けいさつよりも、おとなよりも、すごくね?」


 その言葉に、友達もみんなも、こぞって賛成したみたい。

 大人にとっての一大事も、当時の自分たちにとっては、ゲーム感覚だったって、話していたよ。


 友達は、家に帰ってからすぐに、チワワの散歩に行くと伝えて、家を飛び出したらしい。

 手にはおとといに、まほちゃんから受け取ったプリントがある。「前から順に後ろに回して」と言われて受け取ったもの。ランドセルに突っ込んだまま、親に渡していないから、ちょっとくしゃくしゃになっているけど、彼女の臭いがわずかでも残っているはず。

 友達がプリントを嗅がせると、チワワは鼻をすり寄せた後、さかんに吠えながら走り出したんだ。

 たどり着いたのは、河川敷。西に傾きかけた夕日を、川がきれいに反射して、紅いウロコのように見えたらしい。

 チワワは土手の脇に生えている木のうち、もっとも葉っぱが生えているものの根元に駆けよって、盛んに上へ向かって吠え始める。

「ひっ」と短い悲鳴が聞こえて、葉っぱが揺れた気がした。友達が声をかけると、返事が返ってきた。


「帰って! 私に近寄らないで! その犬を連れて帰って!」


 確かにまほちゃんの声。

「誰よりも先に見つけたぞ」と、友達はドキドキしてきたみたい。

 家に連れて行けば、自分がヒーローだって、そんな思いでいっぱいだった。

 樹の下から、どうにか説得しようと声をかけるけど、まほちゃんは全然応じず、「帰って」「私に構っちゃダメ」と頑固にはねつける。

 誰かを呼びに言くべきかな、と友達が思った時。


 チワワが猛然と走り出したんだ。樹上に向かって、一気に駆け上がっていく。その勢いは、友達が思わず、リードを手放してしまい、前倒しになるくらいだったんだって。

 草むらに倒れ込んだ友達の耳に、チワワの鳴き声とまほちゃんの悲鳴をいっしょくたにしたものが叩き込まれる。彼女の声は、涙混じりだった。

 ややあって。生い茂る葉っぱたちの中から、まほちゃんが飛び出してきた。

 けれど、姿勢がおかしい。


 彼女はのけぞっていた。背中を地面に、前面を天空に向けて。

手足は不自然に伸び切っていて、まるでロケットのよう。そして、今まで耳に響いてきた、彼女の悲鳴は聞こえない。

鼻と口をふさぐように、チワワが覆いかぶさっていたから。身体と手足でしがみついていて、彼女を拘束しているみたいだった。

悠々と空を舞う、彼女とチワワ。友達の見ている目の前、放物線を描きながら、ゆっくり落下していく。その先にいたのは


「任務、お疲れさん」


 警察官の男の人が立っていて、降ってくるまほちゃんとチワワを抱きしめる。チワワは地面に降り立ち、まほちゃんは警察官にお姫様だっこされたまま、ぐったりしていた。

 警察官の人は、大きく透明なビニール袋を抱えている。友達に「捜査の協力、感謝するよ」と告げたかと思うと、背中を向けて去っていく。チワワも彼についていき、何年も一緒に暮らしていた友達を、一切見やることもなかったとか。

 友達は何度も起き上がろうとしたけど、なぜか身体がしびれてしまって、声も出せず、警察官が去り、日が沈みまで指一本動かせなかったみたい。

 ただ、警察官が持っていた袋の中は、生垣の下のシャツ、公園の抜け殻、個人的なもろもろとか、かつてチワワと一緒に見つけたものばかりが詰まっていたんだ。


 その日を境に、今にいたるまで、チワワとまほちゃんは見つかっていないのだとか。


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