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黄金うつし

 おお、つぶらやくん。今日も本を読んでいるのか。君も好きだねえ。

 ――え? どうやったら、魔法を使えるようになるのですか?

 ふっふ〜ん、難しい質問だね。君みたいな子供に対してだと、どう答えていいものやら。

 実は先生も魔法を使えるんだよ。教えてあげよっか? と言ったら、君は信じるかな?

 ははは、信じられないって顔をしているね。つぶらやくんに信用されないとは、少々がっかりだよ。君が先生を信じていないのか、実は魔法そのものを信じていないのかは、分からないけどね。


「妄想」という言葉、聞いたことがあるだろ? 世界の大多数に「間違っているよ」と突っ込まれる考えのことだ。

 君が読む話にも、現代社会を舞台にしたもので、魔法が使える、なんていっても、頭がおかしい奴、としか思われないシーンがあるんじゃないかな? 

 そして、目の前で見せたとたん、「妄想」ではなくなったけど、今度はばけもの扱い……すべての事情を知る読者からしたら、歯がゆいよねえ?

「妄想」で片づけておく理由はね、そうして距離を置くようにしないと、みんなが危ないからなのさ。しばしば、人を死に至らしめる、毒があるんだよ。世の中にはね。

 時間はあるかな? 良かったら先生の話を聞いてみないかい?


 江戸時代の終わり。蘭学が姿を現わし始めた頃。

 とある山奥に、鍛冶師と剣士が集まる、小さな集落があった。そこは全国から様々な人が集まり、腕を磨きながら、一つの悲願達成を目指していたんだ。

 それは、集落の外れに位置する、「黒鉄の樹」を斬ること。一抱えほどもある、その幹は、あたりの木々のそれに比べて、不健康に思えるくらい黒ずんでおり、刀を弾いてしまうほどだった。


 この木を、刀で切り倒すことができれば、それを持って鍛冶と剣技、ともに極めたものとみなす。そのような言い伝えが集落にはあったのだってさ。

 挑むことは強制ではなく、満足した者は自由に山を下り、生活することができたらしい。いわば、道を極めんとする人への挑戦状だったのだとか。

 剣士は技を磨き、鍛冶師は剣士の手になじむ、専用の刀を作る。そのため、鍛冶師と剣士は二人一組になり、日夜修練に明け暮れたとのことだよ。


 挑戦は、ほぼ儀式のようになっている。

 挑む剣士と、その剣を鍛えた鍛冶師のみが、「黒鉄の樹」に向かう。その他の者は、集落の出口まで見送ることができるが、2人が帰ってくるか、四半時が経つまで、樹に近づいてはならない。


 その日も、一組が「黒鉄の樹」に向かった。

 2人ともまだ40をいくつか過ぎた程度。その腕、神域に至るにはまだ若かったが、旺盛な意欲を持って日々を過ごしていた。

 彼らは早朝に出発。四半時が経過して、人々も後を追った。


 組がすぐに帰ってこないのは、経験上、珍しいことではなかったんだ。

 一太刀で斬れない場合、「握りがゆるい」「踏み込みが浅い」「太刀筋に迷いがあった」と、理由をつけて何度も打ち込むことが、往々にしてあったからね。

 だから、「次は斬れるんじゃないか」という期待に取りつかれ、延々と挑み続けたあげく、儀式の範疇を超えて、場を荒らすことなく、諫める役が必要というわけだ。


 ところが、樹に向かったところ、そこにはしりもちをつきながら、木を見上げる鍛冶師しかいなかったんだ。剣士の姿は見あたらない。

 皆が助け起こそうとすると、「触るな」と鍛冶師は差し伸べられた手を、乱暴に振り払い、つぶやくんだ。


「金が中に……金が中に……」


 鍛冶師は、ぶるぶると震える人差し指で、木の幹を指すばかり。


「俺の中にも黄金が!」


 そう叫ぶと、彼は取り囲む皆の間をかき分けて、集落ではなく、下山道に向かってまっしぐら。そのまま見えなくなってしまったそうだ。

 鍛冶師にとって命と同じくらい大切な、仕事道具も置いたまま。


 木の幹を改めてみると、確かに、太刀でつけたような傷が残っていた。

 わずか三寸足らずではあったが、これまでろくに傷つけられなかったことを考えると、これは大変な快挙に違いない。

 だが、「金が中に」という言葉。この傷から、金がのぞいたということなのだろうか。

 近づいて、よく見つめてみても、幹と同じ色の黒ずんだ断面が見えるばかりだったという。

 何か、幻でも見たのだろう、とみんなは口々に噂したようだ。


 傷はついたが、両断できたわけではない。依然として、目標のために鍛錬を続ける彼らだが、町で買い出しに行くと、しばしば、いなくなってしまった鍛冶師の話を聞くんだ。

 彼は町で豪遊をしている、というんだ。飯から女遊びに至るまで、まさにぜいを尽くしているという言葉がふさわしいくらいに。

 彼にもその家族にも、そこまでの蓄えはなかったはず。遊ぶ金があるとは、到底思えなかったんだ。


 まさか、本当に黄金を手に入れていたのか。この疑惑は、集落の若い連中を動揺させた。

 若い者たちの中には、「黒鉄の木」を切り、それをはくとして自分につけて、売り込んでやろうと考えているものが多かったんだ。高みよりも、富と名誉というわけさ。


 ある者は彼にたかるために山を下り、また、ある者は「黒鉄の樹」の更に内側には、より多くの金が眠っているはずだと考え、しゃにむに、木へ挑む者が増えた。儀式の掟も守らずに。

 その姿勢は、伝統を重んずる年配の先駆者と対立することになり、それは刃傷沙汰にまで及んで、鍛えた技も刀も、本来の目的である「黒鉄の樹」に挑むことなく、血の海に沈んでしまうことさえあったとか。


 一方、山を下りて、彼の足取りを追う面々は、お大尽だいじんの噂を聞くたびに、その現場へ向かうが、一足違いばかりだった。

 その上、追う側に金銭の余裕はなかったから、日雇い労働や口入れ屋で短期的に稼ぎ、旅費を稼いだらまた追いかけるという、のろのろした歩みだったらしい。


 そんなカメとウサギの競争も、突然、終わりを迎えることになる。彼が宿で休んでいたところ、卒中を起こして、そのままぽっくりいってしまったという。

 駆けつけた時には、彼はすでに荼毘だびに付されて、灰になっていたらしいよ。彼が亡くなってから一両日も経っておらず、家族すら呼ばない、尋常ではない早さで執り行われた火葬。絶対に裏があるとみんなは感じたんだ。

 そして、火葬場の作業員である、隠亡おんぼうさんに詰め寄ったところ、彼はガタガタ震えながら「中に金が、中に金が……」とつぶやくばかりだったという。

 

 あの時の彼と同じ言葉。こいつ、金のゆくえを知っている。

 彼らは隠亡さんを、限界ギリギリまで痛めつけて、口を割らせようとしたけれど、ちょうど非番の役人に見られてしまい、まとめて御用と相成った。

 取り調べにおいても、隠亡さんは「中に金が……」や「私の中にも黄金が……」などと、証言は要領をえなかったらしい。

 捕まった連中は「こいつは金を隠し持っている。我々がいずれ手に入れるものを横取りしたのだ。手にする権利が我々にはある」と言って、譲らない。

 腹をかっさばけば万事解決するだろうが、罪らしい罪もなく、罰を与えるわけにもいかない。

 ほとほと困り果てていると、番所の外を、大声で叫びながら、走り去っていく者がいる。


「俺の中にも黄金が! これで、俺は大金持ちだ!」


 それを聞いて、またもや「あれは俺のものだ!」と騒ぎ出す連中。

 口を開けば金、金、金……。

 その場に居合わせたお役人さんたちは、すっかり頭を抱えてしまったのだそうだ。


 そして、人がすっかりいなくなり、静かになった集落の外れ。

 喧騒に巻き込まれず、ただひたすらに打ち込み続けた、最後の組にも限界が訪れた。刀や道具を振るうことがかなわない身体になってきたからだ。

 この世の見納めに、例の「黒鉄の樹」のもとを訪れると、かつて某が傷つけた三寸ばかりの傷は、すっかりふさがっていたらしい。誰も手をつけていないにも関わらず。


「黒鉄の樹」は今でも、どこかの山奥で、多くの木々に囲まれながら暮らしているらしい。

 それに傷をつけたという、某のゆくえは、誰も知らない。

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