毎日生誕祭
うう、あと5センチ……5センチは欲しいとです……。
何がって、何がでありますよ。その、大きくなってほしい部分です。身体全体で。
これでも、ティーンエイジャーになる前に比べたら、ぼつぼつ成長したのですよ、ええ。
けど、みんなが爆発する時になって、何も育たずに、貧相なまんまでここまで来たのであります。この歳じゃ、もう期待するだけ空しいというもの……。
両親から受け継いだ限りでは、そこまで悪いはずじゃないのに、隔世遺伝という奴ですかね。じいちゃんばあちゃん、ちっこいですし。
うむむ、生まれ育ったうえでのマイナスって、受け止めづらいのですよ。かといって、育ち直しなんぞした日には、結構、やばいことが起こるらしいのです。
――まるで、育ち直しできる方法を知っているかのような口ぶり?
ええ、知っておりますよ。けど、うまくいくかは天命次第。よしんば上手くいっても、結果によっては、やりたい放題といったところです。
興味がおありなら、お話しするのですよ。
この方法に関しては、いとこの友達が教えてくれたのですよ。
いとこも格別にちっちゃいボディをしていて、常々気になっていたんだとか。
きっかけは友達と会話していて、将来、お母さんになったらという話題に。いとこは子供がたくさん欲しいと言いましたが、友達が突っ込みます。
「あんたのようにちっこいと、出産がとてつもなくきついらしいよ。たくさん産むのなら、もっとおっきくならないと」
友達は軽い気持ちで言ったかもしれませんが、いとこには大問題だったのですよ。
自分の体格のせいで、夢への道を閉ざせるか、と一緒に暮らしているお医者さんの、おじいちゃんに相談した結果、牛乳ぐびぐび、適度な運動、しっかり睡眠を心がけたようですね。
そもそも、相手のアテすらないのですが、ダイナマイトになれば、向こうから寄って来るだろう、なんて、鬼が笑う皮算用をしていたようですがねえ。
しかし、中学、高校と上がり、いとこも焦って来たようなのです。周りがたまたま、適当にポーズを取らせて、雑誌に載せれば、金を取れるんじゃないかっていう、見事なプロポーションの方が多くて、みじめさを痛感したとのこと。
やはり、女は身体が資本なのだ、と結論づけたいとこ。あれこれ方法を試すうち、ふと、前に友達から聞いたおまじないを思い出したのです。
「これはね、毎日を誕生日にしちゃうおまじないなんだ。ほら一つ歳を取ったら、身体が大きくなるでしょう? そんな感じに身体を徐々に大きくできるんだって。いよいよもって、追い詰められたら、やってみれば?」
方法は簡単。
自分の一番好きな食べ物を、紫色の布で包みます。この時、好物はラッピングしてあったりしてはいけません。じかに布がくっつくようにします。
そして夜中に、庭など、自分の家の敷地内の地面に穴を掘り、こんな言葉をかけてから、埋めるのです。
「お誕生日おめでとう。お誕生日おめでとう。今日は私の誕生日。今日はあなたも誕生日。私があなたを祝うから、あなたも私を祝ってよ。私とあなた。一緒にいましょ。叶うのならば、これからずっと。見えない先の道連れに」
道連れに、のワードにいとこはちょっとびびったようです。相棒の意味で使っているのでしょうが、不安を覚えざるを得ません。そしてこれは、毎日やらないと効果が出づらいとも聞いていたようです。
けれど、他の手段はダメだった。ものは試しだ、といとこは自分のご褒美に食べている、高級プリンのかけらを包みながら、例の方法を試したのですよ。
翌日から、効果測定が始まりました。
いとこは自分の成長を測るための、身長計を買っています。友達に子供を産むのが大変になると言われてから、ずっと愛用しているものです。
測ってみると、昨日より1ミリ身長が伸びていたのだとか。
誤差かも知れないし、測り間違いかも知れない。けれども、久しぶりの上向き加減に、いとこは内心で、ほくそ笑んだようなのです。
それから例のおまじないを続けたいとこは、確かに背が伸び始めました。
10日で1センチ。1ヶ月で3センチ。3ヶ月で10センチほど。
そこからは急激に伸びが緩やかになりましたが、周りのみんなが「あれ、背が伸びた?」と気にしてくれるのです。久しくない快感だったとか。
ただ、家族。特に医者であるじいちゃんは、孫の急成長に、「大丈夫か?」と心配してくれたようです。
更に嬉しいことに、今まで着ていた服がきつくなってきたのです。スリーサイズ的な意味で。
心なしか、男子が自分をちらちらと盗み見ているような、そんな感覚さえ覚えたのです。体重も背が低かった頃から、ほとんど据え置きと、理想に向かってまっしぐら。
もっと早く試せばよかった、と心の中でつぶやきながら、変わらずに高級プリンを生贄に、いとこは毎日、誕生日を祝ったようなのですよ。
しかし、いとこの身体には外見以上の変化がありました。痛みを感じづらくなったのです。
ボールが当たったり、机にぶつかったりしても、けろりとしていて、逆にみんなが心配してくれるのです。紙などで指を切った時など、血が出て、初めて「あ、切ったんだ」と思う時がしばしばだったとか。
あと、体重。スタイルが良くなっていく一方で、相変わらずの据え置き。それどころか、どんどん軽くなって、とうとうバランス的にやせすぎの危険域。
けれども例の痛覚バカな身体のせいか、苦痛は一切ないのです。いとこは自分の異変に関して、不安になってきたんだそうですよ。
いとこはじいちゃんに相談をすることにしました。
じいちゃんは、いちいちうなずきながら話を聞いてくれましたが、例のおまじないのところで首を傾げたそうです。
「誕生日とは、本来、母体から離れて独りになることを祝うのに、そのまじないは一緒にいるように願っている。ちぐはぐで、納得がいかんな……と、待てよ」
じいちゃんは部屋の中の本棚から、ボロボロのノートを取り出します。同じく医者だった、ひいじいちゃんから受け継いだもので、カルテに書けない、特殊な治療を施した病気たちについて記したものだそうです。
「お、あったな。お前と同じような症状の患者がいたそうじゃ。ひいじいさんは『無痛促進』と名付けておる。治療には、成長著しい箇所に鍼をうつ……」
鍼、と聞いて、いとこは少したじろいだようです。しかし、じいちゃんが実際に鍼を取り出して、いとこの手のひらを刺したところ、まったく血が出ず、痛みも感じなかったのです。
いとこはじいちゃんを信じて、身体を委ねることにしました。けれど、治療中のことは分かりません。鍼を打たれたとたん、意識が飛んでしまったらしいのですよ。
はっと目覚めたいとこは、自分が身に着けていたものが、ぶかぶかになっているのに気がついたようです。自分の背もスタイルも、また元通りになっていることに。
じいちゃんは話します。
「お前が意識をなくすとな、鍼を刺したところから、にゅうっと、ところてんみたいな、ぬるぬるしたものが出てきた。そいつはあとからあとから出てきて、同時に、お前の身体もしぼんでいきよったわ。ところてんは、あっという間に逃げて行ってしまったよ。ひいじいさんも、似たような症例にいくつかでくわしたらしいんじゃ。そして、お前のまじないの話を聞く限り、あいつは新しく生まれ続けていたようじゃの。お前の身体の中でな」




