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緑のリボルバー

 さて、これから新しい年を迎えるわけなんだが、つぶらやは今年の自分を振り返ってみて、どうだった? 今年は良い年だったと言えるか? それとも悪い年だったか?

 人間って、失敗を引きずることが多いよなあ。自分の努力や準備不足もあれば、たまたま悪い目が出ちまったこともあるだろう。やるせないよなあ。


 けど、昔、先生から聞かなかったか? 「人を成長させるのは、成功ではなく、失敗である」てな。凧だって、風に向かっている時が最も高く上がれるんだと。

 成功続きだと追い風が吹いているとかいうが、高さは知れてる。風と一緒に、頭や調子にも乗っちまう。

 かといって、まったく風がなければ墜落してしまう。吹きすぎたら、沈んだり、ちぎれたりしてしまう。

 人間ってまじで、デリケートな命だよな。それが運によるものだとしても、さ。

 俺も自分の運というか、めぐりあわせを考えさせる出来事があったんだ。ちょっと話をして、厄落としにでもさせてもらおうかな。

 

「ロシアンルーレットをしようよ!」

 そんな提案が出たのが、小学生の頃、冬休みに入る直前に行われた、終業式の日だった。

 ロシアンルーレットを知らない俺は、興味から、主催しようとする女の子に質問をしたんだ。

 説明を受けたところ、「はずれ運」を競う勝負なのだという。

 例えば、たくさんある饅頭の中に、一つ、もしくはいくつかに激辛のものを仕込んでおく。

 その激辛に当たってしまったものが負け、など「はずれることに対する、運勢を競う勝負」なのだという。


「この間ね、おじさんからロシアンルーレットグッズ一式をもらったの! トライアスロンみたいにね、いくつかの競技に分かれて、何ラウンドかできるんだって。良かったら参加してよ」


 家に帰っても、何もやることがない。ちょうど退屈しのぎににはなるかな、と俺は彼女の参加メンバーに立候補したんだ。


 彼女の招集に基づき、集まった人数は10名。

 誰かの家の中だと、騒いで迷惑がかかるかもしれない。実施は近所の公園で行われることになった。

 リュックサックにグッズを詰めてきた彼女は、用意したブルーシートの上に、フリーマーケットのように、品物を並べていく。


「おじさん曰く、これ在庫処分用なんだって。生産が中止になっちゃったのをおじさんが買い取って、『寄贈』って言うんだっけ? 知り合いとかに配って回っているの。私たちもその一員ってわけ」


 第一ラウンドは、彼女が例に挙げた通り、一口大の激辛まんじゅう大会になった。

 10個中7個は普通のまんじゅうだけど、3個は激辛のものが混じっている。最初に「いっせーのせ」で手を伸ばし、最初に触ったものを食べること。一度触れたものを、戻すことは禁止とする。

 いずれもサイズは同じだったが、ごまのかかり具合に差があった。これで見抜けないかと、目を凝らしてみたけれども、おかげで合図に出遅れて、余りものをつかまされる俺。

 全員に激辛だった時に流し込む、水が入ったコップが配られた。


「準備はいい? 食べるのもいっせーのせね。吐き出しちゃダメだよ。それじゃ、いっせーのーせ」


 まんじゅうを口に入れる面々。ひとかみ、ふたかみ……。


 途端に、俺の口の中から、鼻とのどにかけて、吹き出しそうな激流が走った。

 辛いんじゃない。痛い。

 辛さは味覚じゃなくて、痛覚だというが、俺が今まで食べた、どんな激辛カレーよりも、やばかった。火どころか、血を吹けそうだ。

 すぐさまコップの水をあおる俺。それに前後して、2名ほど、顔をゆがませて泣きそうになりながら、同じ動作をする2人。外れメンツは、おのずと知れた。


「はーい、それじゃ第1ラウンドの敗者は、この3人ね!」


 彼女がブルーシートの隅に用意した、コンパクトなホワイトボード。そこには参加者の名前と、その横に、野球のイニング数を表すような、数字とマス目の列が並んでいる。

 第1回のワクに、「×」をでかでかと書かれる、俺と二人。こんな差別をされて、燃えないわけにはいかなかった。

 絶対、逆転してやる。そんな気持ちでいっぱいだったね。

 

 しかし、雪辱の想いとは裏腹に、俺は徹底してラウンドを落とし続けた。

 クラッカーで負け、飛び出しゲームで負け、噛みつきホビーで、一発目で指を挟まれた。

 

「ここまですごいと、逆にスーパーラッキーだね……」


 なぐさめにならない、なぐさめまでかけられる始末。

 当時は「楽しむイコール俺が勝つ」という考えが、すべてを占めていたから、不愉快極まりなかった。


 そして、ラストゲームは、名前通りの疑似ロシアンルーレット。

 本とかで見るリボルバーと同じくらいのサイズだが、表面が緑一色で、見た目にはチャチな感じがプンプンした。当たりを引くと、弾の代わりに音が出る。

 そう聞かされても、形状からして、危険じゃないかという声もたくさんあがった。


「大丈夫だって。見てて」


 主催者の彼女がリボルバーを手に取り、こめかみにあてがった。迷わずに次々に引き金を引いていく。

 カチン、カチンと何度目かの空うちの音がした後、5度目に防犯ブザーを思わせる音が鳴り響いた。これが当たりの合図らしい。


「今までと同じ、これも当たりが3発だよ。全部当たるまで何週でも続けようね。あ、あと、もし『音が出るな』と思ったら、空中に向けて発射してもいいんだって。その時に音が出たら、無条件で勝利だよ。鳴らなかったら、無条件で敗北だけどね」


 主催者の彼女が、リボルバーに取り付けられている、リセットボタンを押すと、順番決めのじゃんけんが始まる。

 俺は、末広がりの8番目だった。運が良ければ、自分の番が来る前に、全弾を打ちつくしてくれるかも知れないポジション。しかし、実際にはうまくいかなかった。


 3番目と5番目で、大きな音が鳴る。このまま、全部鳴りきっちまえ、と思ったが、6番目と7番目は不発。俺にリボルバーが手渡された。

 はためにはチャチなおもちゃに思えたが、想像していたよりも重量がある。その重みに俺はちょっと肝が冷えたけど、気を取り直して、自分のこめかみに銃口をあてる。


 心臓がバクバクしていた。

 もし、これが当たりだとしたら、俺はゲームに全敗することになる。勝利至上主義の俺にとって、それは耐え難い苦痛だった。

 俺は何度もこめかみに銃口を当てなおし、本当に大丈夫かどうかを確かめる。みんなも全敗がかかっている俺に対し、理解してくれているようで、せかす声はあがらなかったが、顔が、期待ににやけている。

 思い通りになってたまるか。

 俺はなおさら、銃口に対して心気をこらした。

 

 すると、小さな音が聞こえてきたんだ。

 銃口の中から、ドクンドクンと、明らかに俺の心臓とは違う響きが、皮膚をかすかに痺れさせる。

 俺自身に力が入っているのか、あるいは……打ち出されるものが、震えているのか。

 想像すると、引き金にかけた指がプルプルした。


 元からおかしかったのだ。おもちゃにしては、妙に重みがある銃。手にした時に、子供ながらに感じるリアリティがあった。

 ならば詰まっているものも然り。当たりは3発という話だったが、最初の2発がフェイク。ラストの一発こそ本命だとしたら……。

 堂々巡りの思考をして、凍り付いている俺を、みんなは変わらずに見つめている。その顔には、いい加減にいらだちが浮かび始めていた。

 決断するしかない。たとえ、敗北の憂き目に遭おうとも。

 

 俺はこめかみから銃を離し、宣言する。


「この弾は、当たりだ」


 みんながどよめく中で、主催者の彼女が、「どうぞ」と促すように手を差し出している。俺は銃口を中空に向ける。

 外れれば負ける。だが、弾を食らうくらいなら……。

 俺はわずかにためらったが、やがて思い切りトリガーを引いた。


 公園に鳴り響くブザーの音。

 それは同時に、ゲーム終了のチャイム。俺の無条件勝利を告げるファンファーレでもあった。

 巻き起こる拍手に囲まれる俺。つい先ほどまで力が入りっぱなしで生きた心地がしなかったが、弾と一緒に、詰まった気持ちが解き放たれたようで、ふっ、とため息が漏れたよ。


 彼女からの結果発表を受けて、俺たちは後片付けをする。例のホワイトボードには、最後のラウンドのみ、勝者の「〇」が書かれた、俺の名前。

 あの時、勝利以上の何かを、俺は手にすることができたのだろうか。

 片付けが済み、最後列になって公園から出るところだった俺は、何かが地面に激突する音を聞く。

 振り返ると、先ほど、ロシアンルーレットで立っていたあたりの地面に、トリの糞らしきものが落ちていた。

 やけに紫がかった、毒々しい色をしていたのを、覚えているよ。

 

 その日以来。

 俺は妙にテンションが高くなって、わけのわからないことをわめいたかと思うと、途端に何もしたくなくなって、ずんと気持ちが落ち込んで、死にたくなるような日が多くなった。

 小学生の頃はまだ構ってもらえたが、年を重なるに連れて、俺の居場所がなくなってきた。病院に行ったら、双極性障害のおそれと言われたよ。

 実は今でも治療を続けているんだが、これでも一時期よりは、だいぶ落ち着いたんだぜ。

 あのロシアンルーレット大会が原因じゃないか、と思うが、例の彼女とは、もう接点がない。


 だが、思い返してみると、最後のロシアンルーレット。

 3番目と5番目に当たった2人は、いずれも俺と同じ、最初の激辛まんじゅうに当たった仲間だった。彼らは俺のような症状に陥らずに済んでいる。


 あの銃に込められたもの。俺は避けるべきではなかったんじゃないか。

 時々、そんな想像が、頭の中をよぎるんだ。


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