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過ぎ去りし景色を求めて

 ほへ〜、こーちゃん、あの動画見た? スマホから地球を撮ったって奴。

 まさか僕たちがいつも手にしている機械が、ここまでのポテンシャルを持っているなんて、いやはや、にわかには信じられないよ。

 そりゃ、「おお、すっげえ」と思う気持ちもあるけど、同時に「これ、ウソなんじゃないの?」という気持ちもある。実際にその場に居合わせたわけじゃないし。


 伝聞で知ったことを、あたかも自分が見聞きしたように吹聴する。これ、ぱっと見だと判断が難しいし、危ない。

 デマゴーグやプロパガンダ、ネガティブキャンペーンの重大さは歴史が証明してくれている。マリー・アントワネットの「パンを食べられなければ〜」も、最近、ネガキャンだってことが分かったらしいじゃん。

 ありがちなリアリティは、実は虚像。ぶっ飛んだファンタジーこそ、実は真相。人に寄っちゃ信じないし、認めるわけにはいかないと思う。

 これから僕がする話も、とんだファンタジーだ。でも、信じたい気持ちがある。

 こーちゃんはいかがかな?

 

 今より、ほんの少し昔。

 人類が宇宙から地球を見つめて間もない、ある夏のこと。

 一人の赤ん坊が行方不明になった。入っていた籠ごとだ。

 籠は家の中の窓際に置かれていた。母親がちょっと用を足しに、目を離した短い時間で姿を消してしまったんだ。

 誰が持ち出したのか。赤ん坊の家族は、周りの人にも声をかけて、赤ん坊を探した。


 行方不明になった翌日。

 赤ん坊は町はずれにある、杉の木のてっぺんに、籠ごと置き去りにされているところを保護された。

 命に別状はなかったものの、入っていた籠や、赤ん坊にかけてある布団には、霜が降りていたんだ。半ば凍り付いているといっていい状態だった。

 何者が彼をさらったのか。どこに行っていたのか。幼い彼からそれが語られることなく、両親の手によって成長をしていくことになる。

 

 やがて大人になった彼は、社会人として働く傍ら、大量の鳥のお世話を始めたんだそうだ。特にスズメの、な。

 郊外に引っ越した彼の家は、長い時間をかけて育て、彼になついたスズメたちの住み家となっていたらしい。

 時々、近所の人が通りかかり、彼のスズメを見ていくことがあったらしいのだけど、休みの日になると、彼は奇妙な行動を取っていた。


 彼は歩き回るスズメたち一羽一羽の足に、極太のひもをくくりつけていた。そして、ひもの一方は彼の胴体に、しっかりと巻かれている。あまりにもひもが多いので、彼の身体は、正にがんじがらめだった。

 準備が終わると、彼は手に持っていたリモコンを操作する。ほどなく、やや離れた音で、爆竹がはじける音が響く。

 それに恐れをなした、スズメたちが一斉に飛び立った。

 自分たちを縛り付けるひもの存在。その意味を知らないかのように、がむしゃらに天を目指して。

 

 最初、勢いよく飛んでいくスズメたちの姿を見ながら、彼は期待に目を輝かせる。

 けれども飛び立ってから、1分たち、2分たち、微動だにしない自分の身体を見つめながら、彼の顔には失望がのぞきはじめる。

 スズメたちは飛んで、飛んで、けれども重しをくくられた身体は、いつまでも前に進むことはなく、やがれ疲れ果て、一羽、また一羽と、地面へ向かって墜ちていく。

 彼があの「かもとりごんべえ」のように、鳥を使って、空を飛ぼうとしているのは、明らかだった。

 

 その姿を見た者は、彼の計画のずさんさ、浅はかさを遠回しに非難したけれど、彼はそれを頑として聞き入れられなかったらしい。


「俺をあの時、地球を見下ろす景色へと導いてくれたのは、母でも父でもなかった。あのスズメだ。俺が見た図鑑に載っているどの鳥よりも、大きくて、温かくて、たくましい……俺はもう一度、あの景色を見たいんだ」


 彼の言葉には、ウソだとは思えない、力がこもっていた。


「けれど、どこにいるかも分からない。また、空から地球を見ることができるかは分からない。だから、あいつの力がなくても、俺は飛ばなきゃいけない。機械に頼らず、あくまでもスズメの力だけで。そうしなきゃ、きっと、同じ景色には出会えないんだ」


 彼の決意は固く、周りの制止は意味を成さなかった。

 人生のすき間時間を縫い、彼はスズメたちの調整を続ける。数も、力も、彼を天空へと運ぶには圧倒的に足りない。加えて、彼に酷使され力尽きていくものは、増えていった。

 それでも彼はあきらめなかった。限界までダイエットを続けながら、いずれ自分を天空へと連れて行ってくれるスズメたちに、期待を込め、世話を続けて、そして飛び立たせ続けた。


 それからも、科学的な反論で、彼を止めようとする人はいたけれど、無駄だった。

 幼いあの日の風景に、命を賭けて、もう一度巡り合おうとしている。

 どんな馬鹿げた願いに見えても、それを根本から否定できる言葉を、周りの人たちは持ち合わせていなかったから。

 

 けれど、彼は望みが叶わないまま、やがて老いていく。ついには自らの力で起き上がることもできなくなり、病院で寝たきりになってしまう。

 己の死期を悟った彼は、意識がある時にはうわごとのようにつぶやいていたそうだ。「もう一度、地球を見たい」と。

 それを聞いた看護師さんの一人が、気を利かせてくれたらしい。宇宙から撮影した、地球の写真を、ベッドで横たわる彼に見せてあげたんだ。

 

 ところが、彼の顔が真っ赤になったかと思うと、先ほどまでの弱々しい姿がウソだったように、写真をわしづかみ、バラバラに引きちぎってしまったんだ。


「違う、違う。こんなに青いのは地球じゃない。地球はもっと……赤いんだ!」


 そう叫んだ彼は、ベッドに倒れて意識を失ってしまい、間もなく、息を引き取ってしまったとか。


 看護師さんが見せたのは、まぎれもなく、撮影された地球の姿だったという。

 じゃあ、彼が見た地球というのは、彼を連れて行ったスズメという奴は、一体、なんだったのだろうね。



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