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そして老婆は、縁側で微笑む

 はいはい、お菓子の袋ゴミはこちらね。もともと捨ててあったゴミも、できるだけ拾って入れるように。「来た時よりも、きれいにする」。出発前に約束したでしょう?

 ――む、こーらくん。ゴミを集めながらも、不満そうだね。「なんで人様のゴミまで、僕たちがやらないといけないんだ?」ってところかな? どうだい、図星だろ?

 トイレ掃除とかと同じだよ。個室に後から入って、床が汚れていたら、直前の人がしでかしたものだと思うだろう? 本当にやっていなかったとしても、だ。


 真相は、本人にしか分からない。けれど、声高に叫べば叫ぶほど、いよいよもって怪しまれる。潔白を証明するどころか、黒幕に認定されるんだ。

 大勢が集まれば、真実などどうでもよくなる。みんな見たいこと、信じたいことに群がって、手前勝手に人を褒めたり、けなしたり。その実、空っぽかもしれない器に飛びつくんだ。

 目立つ花ばかりみて、隠された根っこを掘り起こそうとする輩など、そうはいない。

 

 どうだい? なかなか腹が立つだろう。誤解されたままとか、耐えがたいよね。

 だから、きれいにしておくんだ。手間がかかっても、丁寧にやれば、悪い評価をもらうことはないさ。

 それに、中途半端で見捨ててしまったら、何に使われるか分からない。確実に最期を看取るようにしないとね。

 どういうことかって? 実は先生の地元に、言い伝えがあるんだ。掃除を終わらせたら、話をしようか。

 

 今から、さほど遠くない昔のできごと。

 あばら家に、一人で暮らすおばあさんがいた。おじいさんが死んでしまってから、おばあさんは以前ほど、近所の人と話をすることはなくなり、家に引きこもっていることが多くなったらしい。

 おばあさんを心配してくれる人たちは、みんな亡くなられてしまったり、遠くに引っ越してしまったりして、いなかった。


 代わりにやってきたのは、おばあさんの過去をまったく知らない、新しい世代の若い人たち。

 元からの知り合いでまとまって引っ越してきただけに、すでに結束が出来上がっていて、排他的な雰囲気を漂わせていたみたいだね。おばあさんが親しくなれそうな空気ではなかった。

 彼らはお金がだいぶあるらしく、地方でも有数の大きさの家や店を構えて、よく、どんちゃん騒ぎをしていた。


 爪に火をともすような生活をしている老婆と、毎日、残飯を垂れ流す生活をしている新世代の人たち。

 直接ケンカをするような衝突はなかったけれど、人は元々の数が多い方に関わることが多い。次第に輪を広げていく新世代に対し、おばあさんは交流を取らない、一人暮らしを続けていた。

 おばあさんは半ば、いないもののように扱われていたけれど、ふとした頃から、彼女はある行動をし始めたんだ。


 おばあさんはゴミを漁るようになっていた。

 人の気配がなくなる深夜。指定されたゴミ捨て場で、中身をごそごそ探っている姿が、何度か目撃されている。

 かといって、人々は彼女を咎めようとはしなかった。面倒ごとを呼び込むのはごめんだったからだ。

 自分たちの家庭事情に殴りこんできたり、文句をつけてきたりするのだったら話は別だが、相手は自分たちが見放したゴミたち。関わるのも、うっとおしい。

 いなくていい者同士で、ふれあっているなどと、心ない陰口を叩く者さえいたらしい。その陰口は、昼間に老婆が、縁側でゴミから拾ったと思しき人形を愛でながら、一人で笑っている姿を見た者がいたことで、ますます助長された。


 そんな不気味な老婆の姿を、一目見てやろうと、通行人を装い、肝試し感覚で彼女の家のそばを通る者が、次第に増えていく。

 老婆はそれを知ってか知らずか、縁側に姿を見せることが多くなった。先のお人形以外にも、どこからか持って来たらしい、ひびだらけで年季の入った木の臼の中にゴミを放り込み、杵で音を立てながら、混ぜ合わせる姿が、何度か目撃されたらしい。

 とうとう一人の寂しさに、気でも触れてしまったかと、みんなはうわさを始めたが、結局、動かすのは口ばかりで、老婆の奇妙な行いを追及する者は、とうとう現れずじまいだったらしい。


 そして、老婆が注目を集める時がやってくる。彼女が亡くなられたからだ。

 何日も縁側に姿を現さないことで、誰かが連絡を取ったらしい。

 彼女の住んでいたあばら家には、生活の跡が残されていたものの、多くの人が見かけた、ゴミ捨て場で漁っていたり、縁側でこねていた臼の中身などについては、とうとう見つからなかった。しきりに笑いかけていた、あの人形も。

 ただ、老婆が倒れていた畳の上には、墨でこのような文章が書かれた、一枚の半紙が寝そべっていた。


「わしが死んだなら、みんなは家に帰りなさい」と。


 不気味な文句に、人々は一抹の不安を抱きながらも、老婆は骨となり、墓の中に入っていく。

 けれど、老婆の言葉は現実のものになったんだ。


 数日後。例の新世代の人々が商売をするお店が潰れた。

 経済的にではなく、物理的に。

 その日の未明に、店の上からとてつもない量のゴミが降ってきたんだ。大半が、残飯がこね合わされて、大きくなったもの。それに古くなった店の備品など、形をとどめているものたちが混じって、とてつもない重さになっていたんだ。

 他の家々にも、ゴミは降り注いだものの、その量はまちまちだった。店と同じように潰れてしまう家屋もあれば、さほどでもない家屋もあった。被害の少なかった家屋は、普段から質素な生活を続けている家ばかりだったという。


 大きな損害を出しながら、改めて回収されるゴミたち。その中には老婆が愛でていたと思しき人形の姿があった。

 ゴミの中にあるにも関わらず、その人形だけは、まるで新品のような輝きと微笑みを持って、居合わせる人々を見つめていた、という話だよ。

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