くすぶる爆弾
だあ〜っ、こーちゃん、出た出た、出たよォ! モノホン、モノホンだよ!
――トイレでお通じが良かったのかって?
ジャパニーズジョークを飛ばしている場合じゃないよォ!
寝ていたら、窓の外からコンコン何かがぶつかる音と、この世のものとは思えない不気味な声が……。
ひいい、聞こえた? 聞こえたっしょ? ねえ?
こーちゃんが怖い話ばかり聞かせるから、こんな目に遭うんだ。責任とってよ、責任。
――ちょっとォ! 何で音がした窓に近づくの? バカなの? マヌケなの? タタラレタガリなの? ぎゃああ、よせよ、やめだよ、開けるなよォ!
――え? さっきの声は、ケンカした猫の鳴き声? 窓の外には小鳥のなきがら? なあんだ、それならそうと……って、後半ンンン!?
「猫って家につく」っていうけどさ、僕、飼った覚え、ないよ? まさか、あいつら一方的にここを気に入って、やってくるってわけ?
勘弁してよ。ちょっと前に変な話を聞いてから、動物が近寄って来るのが怖いんだからさ。
え、どんな話かって? こんな時でも聞きたがりとか、空気読めなさ過ぎて、逆に笑えるよ……。
え〜い、今から眠るのも怖いし、どうせなら付き合ってもらうよ!
僕もね、この話を聞くまでは、それなりに動物が好きだったんだよ。
小さい頃は犬を飼っていたし、友達の家の猫になつかれて、膝の上でゴロゴロされたこともある。
姿が違っても、信頼を築くことができるっていう事実は、小さかった頃の僕には、大きな心の支えだったよ。
もし、マンガやゲームに出てくるモンスターや宇宙人と出くわしたって、仲良くなれる可能性を秘めているんだと、前向きにとらえられるようになったんだから。
こんなに仲良くなれるんだ。もしも、言葉を交わすことができたのなら、どれだけ素敵なことだろうかって、僕はしきりに考えていたよ。
そのロマンを、恐怖に変えてくれたのが、いとこから聞いた話というわけさ。
いとこの近くに、動物と話をするお姉さんがいた。とはいっても、お姉さんが通りかかったところにいる動物たちに、話しかけるんだ。
「おはよう」とか「こんにちは」とかの挨拶から、「お腹は減っていないの?」とか「今日はお友達と一緒じゃないの」とかの心配まで。それこそ、人間相手にする世間話の切り出し方と変わらない。
これは子供たちの目に、特に魅力的な光景として映ったみたい。動物も気にかけてくれる、優しい人っていう風にね。
動物たちも、お姉さんのことが気に入っているらしくってね。鎖とかでつながっていない動物たちだったら、彼女にすり寄っていったし、つながれていたり、カゴに入れられていたとしても、嬉しそうな声で彼女を迎えることに余念がなかった。
そうやって見かける度に、何かしらの動物を引き連れることになってしまうお姉さん。
いとこも、以前から何回か声をかけられたことがあって、顔見知りだった。だから、つい尋ねてしまったんだ。
「どうして、そんなに動物たちを気に掛けるんですか?」って。すると、お姉さんは答えてくれたんだ。
「人間が色々溜め込んでいるみたいにね、動物たちもすごく溜め込んでいるんだよ。動物を飼っている人は、たいてい、声をかけたり、散歩したりしてコミュニケーションしているけど、中には最低限の世話だけして、ほったらかしの人もいる。それじゃ、全然ダメ。彼らは表に出ないだけで苦しんでいる。野良ならなおさらのこと。抱えて抱えて……最後には爆発しちゃうの。そうならないようにするのが、私のつとめ」
カウンセラーなどを思わせる答えに、いとこは少しびっくりしちゃったらしい。そこまで崇高な目的意識があるとは、思っていなかったから。
お姉さんは更に話してくれた。
お姉さんの経験上、溜め込むことに対する耐性は、個体によってそれぞれ。爆発することなく、天寿をまっとうできる者もいる。
その限界許容量の平均は、人間が、他の動物たちに比べ、頭一つ抜けて高いらしい。発散の手段をたくさん持っているからじゃないかって、お姉さんは考えていたようだ。
でも、他の動物たちには、それがない。特に人に飼われ、つながれる者たちは、野生では知り得ない、楽しみと笑い声を、目にし、耳にしながら、味わえない者が多い。
そのはけ口の一つとなることができたら、とお姉さんは話していたんだって。
いとこが話を聞いてから、数カ月後。
お姉さんは家の都合によって、遠くに引っ越していくことになった。動物たちを引率する、あの姿をもう見られないと思うと、いとこも少し寂しかったらしいけど、それ以上に、お姉さんの話が、頭の中にこびりついて離れなかった。
やがて、いとこの心配は現実のものになる。
ほどなく、いとこの住んでいた地域で、飼い犬が次々に行方不明になる、不気味な事件が起こった。未だ犯人は捕まっていないようだけど、この事件には奇妙な共通点があったんだ。
行方不明になった飼い犬は、すべて家の外にある犬小屋で生活していた。その小屋の中は血だらけで、ちぎれた首輪が転がっていたらしい。
けれど、他に見つかったのは被害に遭ったらしい犬の「一部」だけ。代わりにその血だまりから、敷地の外へと出ていく足跡があったんだ。
その指は、十文字に分かれていてね。足跡の一つ一つが、人間の顔の数倍はあろうか、という大きなもの。犬のそれとは似ても似つかない、気味の悪い形とサイズ。
しかも、敷地内に入ってきた痕跡は見つからなかった。元からその生物は、中にいたとしか思えない、不気味な状況だけが残されたんだってさ。




