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未来呼ぶフルート

 あちゃ〜、もしかして、聞かれちゃってた? 知っている人がいない方が気楽だって、河原でやろうとか、安直過ぎたかな。

 歌も、台詞も、演奏も、人前で練習したくないと思う僕は、どこか変なんだろうか。恥ずかしい気持ちもあるし、下手くそな音で、聞く人の耳を汚したくないとも思う。

 けれど、それって本当は、熱意のなさを表しているのかも。声優や落語家の中には、乗り物に乗っている時とかも、つい口走っちゃった台詞やはなしを乗客に聞かれて、赤っ恥! とかのエピソードを持っている人とかいるじゃない。

 あれくらい真剣にやらないと、ものになるものも、ならないのかなあ、なんて。


 ――え? 練習の仕方も、人は人、自分は自分?

 ああ、よく聞くよね、その手の言葉。自分らしさを大事にしろって?

 自分という人間は一人しかいない。だから自分にとって一番適しているものを探せってことじゃないの。

 一理はあるけど、僕はその考え、実はあまり好きじゃない。そりゃ、上手くいかない時の言い訳や慰めには、なるかも知れない。

 だけどそれって、過去の成功例に背を向けて、成果を上げられる自分ってすげー、とか認められたいんじゃないの? 

「どうだ、自分は独自の力でやり遂げたぞ。見たか、過去の成功に縛られる思考停止野郎ども。そのまま、日に当たらずに埋もれてろ。未来を切り開いた俺はすごいんだ!」ってね。


 成果は出したもん勝ち。高みに立ちさえすれば、周りを見下ろせる。

 さぞ気持ちいいだろうね。いかにも特別になった感じがして。

 これを羨ましがる人もいるけど、特別になるということは、特別な事情を抱え込むということ。そんな特別がからむ体験をした男の子の話があるんだ。

 僕もちょっと休みたいし、聞いてみないかい?


 その子も演奏が上手くなりたくてね、練習を重ねていたらしいんだ。

 吹奏楽部でフルート担当。しかも、おじいさんから譲られたっていう、木製フルートを使っていたんだ。

 今は金管が主流で、木製はマニアックな人じゃなきゃ、あまり扱わない代物。音色はちゃんと出るんだけど、肝心の奏者たるその子が下手でね。外も中もひっくるめて、悪目立ちし過ぎだった。

 せめて、みんなが使っている金属製にフルートに替えたらどうだ、という提案に対して、彼はこう返した。


「今は金管が主流らしいが、流行は巡るもの。なら、この木製は時代遅れどころか、時代の最先端。未来を呼び込んでいるんだ。やめろと言われて、やめるわけにはいかないな」


 それを聞いて、「またお得意の中二病理論か」と、みんなはあきれたみたい。そのために彼はどんどん孤立を深めていくことになる。


 だが、彼は練習熱心だった。学校の外のみならず、休み時間でも、部活のない日の放課後でも、ギリギリまで一人で演奏を続けていた。

 ある時は屋上で、ある時は体育館裏で、ある時はマーチングバンドの練習をするかのように、学校中を歩き回りながら。

 先生方に注意されて、日を改めざるを得ない時もあったけれど、練習そのものをやめることはしなかった。

 何度咎められても、懲りたり、くじけたりしない姿勢。

 先の言い分と一緒に、この取り組みを知っているかどうかで、彼の評価は違ったものになったという話だよ。


 彼が校内での練習を始めてから、数ヶ月。少しおかしなことが起こり出したんだ。

 彼のクラスで、音楽の時間に、リコーダーを破損してしまった生徒がいた。かなり派手にぶつけてしまって、トーンホールの並ぶ中部管の部分が、バキリとね。

 まともな演奏ができる状態ではなく、修理に出されることになっていたみたい。まだその日は、生徒のロッカーの中に入れっぱなしにしたんだって。


 ところが次の日。無残な姿だったはずのリコーダーは、元通りになっていた。

 クラスの全員が、確かに破損した姿を目にしている。見間違えていたとは思えない。かといって、学校に修理を心得ている人はいなかった。

 生徒が帰った後、この教室に残っていたのは、例のフルート練習をする彼だけだったようだ。その日も、下校時間ギリギリまで演奏練習をしていたらしい。

 でも、本当にそれだけ。彼はリコーダーには触れていないし、修理もできない。

 けれども直ったのは事実で、その生徒は引き続き、リコーダーを使い続けることになった。


 それからも、学校中の壊れた物品が直り続ける、奇怪な現象は続いた。

 石灰や消毒剤など、形が失われてしまうものは減り続けたけれど、欠けたり折れたりして、修理に出す必要があるものは、あらかた直ってしまったという話だ。

 これは校舎のガタが来ていた部分にも影響を及ぼすほどで、学校側は予算の調整を余儀なくされたとか。

 誰も手を出した形跡はない。ただ、物が直る前日、フルートの彼がそれらのそばで、演奏の練習をしていたこと。これだけは確かなことだった。

 

 彼の演奏が、物を直していく。こんなうわさが、生徒たちの間で、まことしやかにささやかれるようになった。

 先生たちは立場上、不可思議な現象を認めるわけにはいかず、校則を破っているわけでもない彼を、追及することはなかったとか。

 彼は演奏の練習を続け、やがては吹奏楽部を引っ張る一員となったけれど、3年次には、やたらと息切れが目立ち、フルート奏者の座を後輩たちに譲ったそうだよ。


 そして、彼の学年の卒業式当日。

 式の最中に、彼は倒れて病院に運ばれた。検査の結果、驚くべきことが起こる。

 彼の身体は、骨、筋肉、血管に至るまで、老人並みに衰えていたんだ。それこそ、いつお迎えが来てもおかしくないくらい。

 彼は今でも、老衰と戦い続けているのだとか。


 その木製のフルートは、彼の実家で封印されているみたい。

 当時を知る人々は、こんなうわさをしている。

 彼は自分の言葉通り、未来を引き寄せることができたのだと。

 修理を必要とするものたち。彼らが元通りの姿になって戻って来る、その未来を。

 けれど、健康であり続けた彼に訪れる未来は、「老い」だったのだろう、と。

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