表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
247/3173

汗だく注意報

 う〜ん、眠っちゃってたかな。どうも、こたつの中というのは、誘惑が強すぎるねえ。

 そういえばさ、どうしてこたつで眠っちゃいけないか、こーちゃん知ってる?

 こたつって強制的に体を温めちゃうから、眠る時には体温を下げたいという、身体の仕組みにあっていないんだってさ。

 布団の中の下半身は熱く、布団の外の上半身は冷たい。身体の機能は、体温を上げればいいのか、下げればいいのか、わからなくなっちゃう。

 更には身体全体が乾燥しちゃって、普段なら防げる病原菌たちが、侵入してきてしまう環境ができ、そこに身体を冷やそうとした機能たちによって、汗が大量に出る。それらが重なって重なって、風邪をひきやすくなるらしいよ。怖い話だねえ。

 特に汗って言うのが、恐ろしい。自分を守るために作り出されるものなのに、逆に自分を壊すことに一役買ってしまっている。


 悪気はないのに、皮肉な結果を招く。なんとも辛くて、もどかしい。

 けれども、結果を悪くとらえているのは、主観的に見る人だけ。客観的に見たら、どうなんだろうか。

 眠気を覚ますためにも、こーちゃんに汗をめぐる話をしてあげよっか。


 僕のおじさんも、こたつに入るのが好きな人なんだ。というより、気温が高い環境が大好きらしいんだ。

 根っからのスポーツマンでさ。炎天下の中で汗を流すことに、やりがいや生きがいを感じるって豪語していたよ。

 大抵のスポーツなら何でもできるおじさんだけど、ロードワークもよく行っている。今でも仕事に出勤する前に、早起きして数キロほど走ってから、ご飯食べて出勤するんだって。

 いつも同じコースだとつまらない。日によって、いろいろと道を変えながら、汗を流していたらしい。


 空気が乾燥して、快晴が何日も続いた、ある日のこと。おじさんは汗が止まらなくなった。

 起きて見ると、ふとんがびっしょりで、水音を立てるくらいだったらしい。

 身体が猛烈な渇きを覚えて、ストックしていた水をがぶ飲みしたくなったけど、一気に詰めこんでも、下から出ていくだけ。身体からの、文字通りの渇望を抑えながら、ちまちまと口をつける。

 寝間着も、気持ち悪くなるくらいのぐしょ濡れ。即、洗濯機に放り込んで、シャワーを浴びたんだってさ。


 厄介なことに、真っ裸になっても汗が垂れ続けた。シャワーでいくら洗ってごまかそうとするけど、拭き取った先から汗がにじみ出てくる。

 病院に行こうかとも思ったが、寒気はしないし、仕事を休むと後が怖い。日課のランニングを始めたけれど、ランニングシャツを濡れ雑巾のようにして、ジャージにまで染み出す発汗量。

 あごから垂れ落ちる汗を拭いながら、こまめに水分を補給しなければならず、いつもより早めに切り上げたんだって。


 仕事でも、異常な汗かきは健在。

 予備のワイシャツを3枚持って行ったけれど、そのすべてが1日で全滅するという、汗かきっぷり。仲間からも心配されるくらいだったものの、特に気分が悪いわけではない。

 ただ、のどが渇き、シャツが延長された皮膚のように、無理やり張り付いてくる感覚がしてくるばかり。


 気温が高くないのに、とめどなく流れる汗。おじさんにとっては不快の極みだったらしい。

 その日は、自然に汗が止まることを期待して、汗拭きと水分補給をしっかり行って、眠りについたみたい。気休めにでもなれば、と吸汗性の高いシャツを着ながらね。


 けれど、翌日以降も、奇妙な汗っかきは続いた。

 おじさんの着るものは洗濯が追い付かなくなり、近所のコンビニへ、間に合わせのシャツを買いに走ることもあったみたい。

 何日も過ごすうちに、おじさんは汗をかく法則がわかってきた。

 一番汗をかくのは、外を歩いている時、ランニングの時もしかり。

 室内では汗をかく日とかかない日が、ランダムにやってくる。その量もまちまちだ。

 車や電車の中では、たいして汗をかかずに終わり、外の空気に触れたとたん、どっとあふれ出てくることが多かった。


 外に、自分の汗を欲する、何者かが潜んでいる。そいつは飢えていると、屋内にも入り込んでくるのだ。自分の汗を求めて。

 そんな仮説を、おじさんは立てた。汗をかかせる以外に、自分に危害を加えてこないのが、なんとも気味が悪かったって言っていたよ。


 最初の汗かきの日から、半月ばかりが過ぎた。相変わらずの、天気がいい日だった。

 その日の早朝も、おじさんはめげずに、日課のランニングに励んでいたみたい。ランニングをやめることは、この怪現象に屈した気がしたんだってさ。

 相変わらず、ひっきりなしに汗が出てきて、タオルとドリンクボトルを手放す余裕がない。

 汗をきらめかせ、まき散らしながら疾走する自分。これが学生の頃なら、少しはましな絵面になったろうに、こんなおっさんじゃあ見苦しいぜ、と心の中で苦笑した時。


 すれ違った女の人が、小さく悲鳴をあげた。

 そこまで見苦しい姿を見せちまったかって、おじさんはちょっと恥ずかしく思ったが、よく見ると、女の人はおじさん本人ではなく、おじさんの背後を見て、青ざめたようだった。

 おじさんは立ち止まって、自分が来た道を振り返ってみる。

 点々と地面に垂れている、自分の汗。その湿った地面の上で、いつの間にか現れたミミズが、何匹も何匹も連なって、のたうち回っていたんだ。


 いや、のたうち回るというのは、正確な表現とは言えないかもしれない。

 身をよじりながらも、おなかを天に向けて大きくくゆらせるさまは、まるで踊っているかのようだ。

 喜びの舞だ、とおじさんは思った。

 久しく降らない雨の代わりに、ミミズたちはおじさんの汗を求めたのではないか、とおじさんは考えたんだ。

 もしかするとミミズたちは、降らない雨のつなぎとして、おじさんの雨を欲しがったのではないか。あの踊りは雨ごいを兼ねていて、それが天に通じた結果、おじさんは汗をかきまくったんじゃないかって、考えたんだってさ。

 

 けれど、おじさんには疑問があった。

 屋内にミミズはいない。ならば、部屋の中でも水を欲したのは、何者だったのだろうか、と。


 その年は、おじさんの家も仕事場も、冬だというのに、たくさんの蚊が飛び回っていたそうなんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ