汗だく注意報
う〜ん、眠っちゃってたかな。どうも、こたつの中というのは、誘惑が強すぎるねえ。
そういえばさ、どうしてこたつで眠っちゃいけないか、こーちゃん知ってる?
こたつって強制的に体を温めちゃうから、眠る時には体温を下げたいという、身体の仕組みにあっていないんだってさ。
布団の中の下半身は熱く、布団の外の上半身は冷たい。身体の機能は、体温を上げればいいのか、下げればいいのか、わからなくなっちゃう。
更には身体全体が乾燥しちゃって、普段なら防げる病原菌たちが、侵入してきてしまう環境ができ、そこに身体を冷やそうとした機能たちによって、汗が大量に出る。それらが重なって重なって、風邪をひきやすくなるらしいよ。怖い話だねえ。
特に汗って言うのが、恐ろしい。自分を守るために作り出されるものなのに、逆に自分を壊すことに一役買ってしまっている。
悪気はないのに、皮肉な結果を招く。なんとも辛くて、もどかしい。
けれども、結果を悪くとらえているのは、主観的に見る人だけ。客観的に見たら、どうなんだろうか。
眠気を覚ますためにも、こーちゃんに汗をめぐる話をしてあげよっか。
僕のおじさんも、こたつに入るのが好きな人なんだ。というより、気温が高い環境が大好きらしいんだ。
根っからのスポーツマンでさ。炎天下の中で汗を流すことに、やりがいや生きがいを感じるって豪語していたよ。
大抵のスポーツなら何でもできるおじさんだけど、ロードワークもよく行っている。今でも仕事に出勤する前に、早起きして数キロほど走ってから、ご飯食べて出勤するんだって。
いつも同じコースだとつまらない。日によって、いろいろと道を変えながら、汗を流していたらしい。
空気が乾燥して、快晴が何日も続いた、ある日のこと。おじさんは汗が止まらなくなった。
起きて見ると、ふとんがびっしょりで、水音を立てるくらいだったらしい。
身体が猛烈な渇きを覚えて、ストックしていた水をがぶ飲みしたくなったけど、一気に詰めこんでも、下から出ていくだけ。身体からの、文字通りの渇望を抑えながら、ちまちまと口をつける。
寝間着も、気持ち悪くなるくらいのぐしょ濡れ。即、洗濯機に放り込んで、シャワーを浴びたんだってさ。
厄介なことに、真っ裸になっても汗が垂れ続けた。シャワーでいくら洗ってごまかそうとするけど、拭き取った先から汗がにじみ出てくる。
病院に行こうかとも思ったが、寒気はしないし、仕事を休むと後が怖い。日課のランニングを始めたけれど、ランニングシャツを濡れ雑巾のようにして、ジャージにまで染み出す発汗量。
あごから垂れ落ちる汗を拭いながら、こまめに水分を補給しなければならず、いつもより早めに切り上げたんだって。
仕事でも、異常な汗かきは健在。
予備のワイシャツを3枚持って行ったけれど、そのすべてが1日で全滅するという、汗かきっぷり。仲間からも心配されるくらいだったものの、特に気分が悪いわけではない。
ただ、のどが渇き、シャツが延長された皮膚のように、無理やり張り付いてくる感覚がしてくるばかり。
気温が高くないのに、とめどなく流れる汗。おじさんにとっては不快の極みだったらしい。
その日は、自然に汗が止まることを期待して、汗拭きと水分補給をしっかり行って、眠りについたみたい。気休めにでもなれば、と吸汗性の高いシャツを着ながらね。
けれど、翌日以降も、奇妙な汗っかきは続いた。
おじさんの着るものは洗濯が追い付かなくなり、近所のコンビニへ、間に合わせのシャツを買いに走ることもあったみたい。
何日も過ごすうちに、おじさんは汗をかく法則がわかってきた。
一番汗をかくのは、外を歩いている時、ランニングの時もしかり。
室内では汗をかく日とかかない日が、ランダムにやってくる。その量もまちまちだ。
車や電車の中では、たいして汗をかかずに終わり、外の空気に触れたとたん、どっとあふれ出てくることが多かった。
外に、自分の汗を欲する、何者かが潜んでいる。そいつは飢えていると、屋内にも入り込んでくるのだ。自分の汗を求めて。
そんな仮説を、おじさんは立てた。汗をかかせる以外に、自分に危害を加えてこないのが、なんとも気味が悪かったって言っていたよ。
最初の汗かきの日から、半月ばかりが過ぎた。相変わらずの、天気がいい日だった。
その日の早朝も、おじさんはめげずに、日課のランニングに励んでいたみたい。ランニングをやめることは、この怪現象に屈した気がしたんだってさ。
相変わらず、ひっきりなしに汗が出てきて、タオルとドリンクボトルを手放す余裕がない。
汗をきらめかせ、まき散らしながら疾走する自分。これが学生の頃なら、少しはましな絵面になったろうに、こんなおっさんじゃあ見苦しいぜ、と心の中で苦笑した時。
すれ違った女の人が、小さく悲鳴をあげた。
そこまで見苦しい姿を見せちまったかって、おじさんはちょっと恥ずかしく思ったが、よく見ると、女の人はおじさん本人ではなく、おじさんの背後を見て、青ざめたようだった。
おじさんは立ち止まって、自分が来た道を振り返ってみる。
点々と地面に垂れている、自分の汗。その湿った地面の上で、いつの間にか現れたミミズが、何匹も何匹も連なって、のたうち回っていたんだ。
いや、のたうち回るというのは、正確な表現とは言えないかもしれない。
身をよじりながらも、おなかを天に向けて大きくくゆらせるさまは、まるで踊っているかのようだ。
喜びの舞だ、とおじさんは思った。
久しく降らない雨の代わりに、ミミズたちはおじさんの汗を求めたのではないか、とおじさんは考えたんだ。
もしかするとミミズたちは、降らない雨のつなぎとして、おじさんの雨を欲しがったのではないか。あの踊りは雨ごいを兼ねていて、それが天に通じた結果、おじさんは汗をかきまくったんじゃないかって、考えたんだってさ。
けれど、おじさんには疑問があった。
屋内にミミズはいない。ならば、部屋の中でも水を欲したのは、何者だったのだろうか、と。
その年は、おじさんの家も仕事場も、冬だというのに、たくさんの蚊が飛び回っていたそうなんだ。




