ちょうちょに愛される男
う〜ん、ここのところ、ハエが多いような気がしないか? 誰かがどこかに腐敗物でも垂れ流しているのかねえ……。
そういえば、つぶらやはどうしてハエたちがそういうものにたかるかは、知っているか? 聞いたところによると、あいつらにとって腐ってしまったものというのは、食べやすいものなんだそうだ。腐敗臭というのも、あいつらの嗅覚にとってはごちそうの香りなんだと。
でも、我が家の母ちゃんは、頑なに言うんだよなあ。
「本当に美味しい料理だったら、ハエだって食べに来るわ。だから、食卓にハエが潜り込むのは、達人の証なのよ」て。
もはや意味不明、理解不能の領域だ。ハエに相伴する、食べる側の身にもなってくれ。
だが、たかるのは別にハエばかりの特権じゃない。別の生き物が群がる可能性もある。彼らは一体、何にそこまで引き寄せられているんだろうな。
その答えの一つとして、俺のいとこが経験したことがある。お前のネタの倉庫に、また一品入れられるといいんだがな。
つぶらやも子供向けの絵本で見たことがないか?
小さい男の子、女の子がちょうちょや小鳥と戯れているような絵。お姫様なんか、花畑とか目にも鮮やかな風景の中で、指先にこれらの生き物を指先に留まらせて、微笑んでいることが、古典的に描き続けられている。
だが、実際の動物たちは、そのほとんどが、強い警戒心を持っているもんだ。さっき言ったハエとか、血液を欲する蚊みたいに、エサを求めているのだったら、近づいてくるのもおかしくはない。
だが、純粋に止まり木として、人間を選ぶ奴は、どれだけいるのかねえ。もしかすると、本来、留まりたかった場所を、ことどとく追い出されて、居場所がそこしかなかったのかもな。
溺れる者はわらをもつかむ。外れし者は人をもつかむ。というわけだ。
取って食われるリスクすらあるっていうのにな。
いとこが幼稚園の頃に、一人の男の子と友達だった。
幼稚園以外に、近所の公園でも何度か遊んだことがあるんだが、その子は妙にちょうちょに群がられていた。
いとこ自身も、肩や帽子にちょうちょが止まったことはあったが、友達のように3羽、4羽同時にという経験はない。しかも、多少身じろぎしたくらいでは、あまり飛び立たない。
一緒に砂場遊びをしている最中も、友達の体中をぴょんぴょんと跳ねるように飛び回って、やがてほうぼうに散っていき、花の蜜を吸いに行く。
格別、男前というわけではないから、ちょうちょに囲まれた姿が、絵になるかと言われると微妙だったらしいけどな。
小学校、中学校の間はいとこが引っ越したために、会う機会がなかったらしいが、高校でばったり同じクラスになったようだ。
初見じゃお互いわからなかったらしいが、ふとしたきっかけで、幼稚園の頃の卒業アルバムを確認したら、同一人物だったようだ。
久しぶりの再会に、小学校、中学校の思い出を語りながら、時間を見つけて、二人はまた遊ぶようになった。さすがに砂遊びは卒業で、映画を観に行ったり、海に行ったりと、幼稚園の頃より、はるかに広い行動半径で、青春を満喫したそうだ。
ゆく先々でも、相変わらず友達はちょうちょに愛され続けたそうだ。
屋内に入る時にはさすがに追い払ったが、屋外で遊ぶ時には、まるで親衛隊のごとく、くっついてきた。
ガタイも大きくなって、ちょうちょとのバランスが取れず、ますます違和感を覚えたらしい。道行く人の中にも、ちょうちょが留まっている彼の姿を、横目で見ながら通り過ぎていく者が混じっていた。
「気にならないのか?」といういとこの問いに対して、
「人それぞれの好みがあるように、ちょうちょにも好みがあるんじゃない? それを無理に否定したって、お互い幸せになれないっしょ。各々(おのおの)のなすがままにってね」
思春期を迎えたことで、中二病のような悟りを開きやがったな、といとこは思ったらしい。
相変わらず、ちょうちょたちは友達の全身にたむろし、跳ね回った末には、あちらこちらに飛んでいく。中には、すぐ近くの花に飛び移って、さっそく蜜を吸い始める奴もいた。
奴らを引き寄せるフェロモンでも出ているんかなあ、と学校の内外を問わずに大人気な友達を見て、いとこは疑問を隠せなかったようだ。
あちらこちらを遊び回った二人だが、友達が頑なに向かうことを拒否した場所がある。
幼稚園の頃に遊び場としていた、友達の地元だ。
「さんざん遊び倒したんだ。今さら、行く必要もないっしょ。高校生にもなって、家にあがって遊ぶのもどうかと思うし」
友達はそう話していたが、他の場所は喜んで許すくせに、地元になるととたんに不機嫌になる、その態度が気になったと、いとこは話していた。
そこで次の休みに、自分一人で友達の地元に向かうことにしたんだ。
バスに乗って訪れた、およそ10年ぶりの地元は、店が変わり、空いていた土地に、新しく家が建っていて、思い出の中より、やや手狭な印象を、いとこは覚えたらしい。
特にどこに向かうとも決めていなかったが、街中の地図を見ると、以前、一緒に遊んだ公園は今も健在の模様。懐かしさもあって、足を運ぶことにしたんだそうだ。
時間帯が悪いのか、公園で遊んでいる人はおらず、刈り払い機を持った清掃業者の人のみがいた。
盛んにのこぎりを回していて、公園の端にいるいとこの耳にも音が届くんだが、どうもおかしい。
たいていは公園の外周に位置する植え込みに、刃を入れるはずなのに、明らかに植え込みから外れた砂場で、熱心に刃を回しているみたいだった。
いとこが近寄ってみると、そこには植え込みから伸びたと思しきつたが、ネットのごとく張ってしまった砂場の姿があった。清掃業者の人は、砂場を緑の戒めから解放するために、奮闘していたらしいんだ。
仕事がひと段落した時に尋ねてみると、数年前からこの現象は起こっているとのこと。
植え込みの中には、チューリップを始め、開花したものもあったが、その根元から花につながるものとは別に、つたがのびて、それが砂場を覆っているのがわかった。
「これでも、結構処理したんだよ。数年前までは大変だった。地面に生える雑草より、この奇妙なつたの方が、公園中びっしりと張っていたんだ。つたも花も、もう数えきれないほど処分したけど、後から後から生えてくる。おかげで公園の利用者は減るばかりだよ」
清掃業者の人は、つたをすっかり切り終わると、それを伸ばしている花たちを片っ端から引っこ抜いていった。
そういえば、これらの花たち。友達にたかっていたちょうちょたちが、とまっていた花たちと、同じ場所にあるな、といとこは感じたそうだ。
あの頃は、公園以外に大した遊び場もなく、さほど遠くに行かなかった。だが、今はくらべものがつかないくらい遠くまで、友達は出歩き、ちょうちょたちを集めている。
これから数年、数十年が経つ頃には、町はどのような姿になっているのだろうかと、いとこは時々、心配になるんだそうだ。




