とある田舎のマスゲーム
つぶらやは、個人競技と団体競技、どちらが好きだ?
――どちらかというと、個人競技、ねえ。
自分と向き合い、自分と戦い、自分を高める。何とも求道者に向いている感じだな。
その分、言い訳はきかないな。誰かのミスだ、とか見苦しい逃げ道は存在しない。
届くなら届く、届かないなら届かない。はっきりとしてしまう現実。責任を負うのは、自分一人だ。
生まれついての職人肌だったら、確かに個人競技の方が、気は楽だろうな。
だが、残念ながら俺たちは、産声あげた時から誰かの世話になっている、集団の一員だ。本意、不本意の差はあれど、な。
ゆえに、必然的に、集団行動とやらを学ばなきゃいけないんだろう。おかげで、心身共に傷ついて、トラウマを植え付けられることも少なくない。神様も生まれた時に「この子は集団行動に向きませんよ」とか、啓示なりスティグマなり、くれりゃいいのにな。
ま、そうなったらそうなったで、今度は差別の対象か。知っているより、知らない方がいいっていうのは、もしかしたら神様が悩み、考えた末の、妥協点なのかもな。
とと、少し話がずれたな。さっきの個人と団体の競技についてだが、実は、集団というものについて、俺自身がした奇妙な体験があってな。お前のネタになるかと思って、整理してきたんだよ。
準備はいいか?
学校における、様々な集団行動。つぶらやの印象に残っているものはなんだ。
俺は体育の時における、これだ。
「は〜い、二人組作って〜」
――なんだ、つぶらや。顔が引きつっているぞ。さてはお前、一人だけハブされているパターンか?
こらこら、怒るなよ、同志。俺も正にその一員だった。幼稚園の時から、俺のいるクラスって、奇数が多かったんだ。
いや、偶数の時もあったよ? でもね、余った2人が自然とペアになるだろ、なんていうのはゲームのやり過ぎだ。俺と余った1人のうち、1人の方は苦も無く、するりと2人ペアの中に潜り込んで、仲良くトリオになってしまう。結局、俺の居場所はない。
先生がトリオを引きはがして、無理やりペアにしてくれることもあったが、終わりよければすべて良し、なわけねーだろ。
見てんだぜ、こっちは。俺の存在を一瞥しておきながら、気づいていないふりして、仲良い奴につるんでいくのをよ。
暗に、俺を見たくも、触りたくも、近づきたくも、同じ空気も吸いたくねえって、何より強い意思表示だろうが。
おかげで道徳の授業は大嫌いだった。
な〜にが「弱い奴には優しくしろ」「差別をしてはいけません」だ。御大層なこと謳っておいて、実践しなきゃ意味ないじゃねえか。
それでいざ、俺が実際にやっていると、その姿を遠くから見て、影でクスクス、後ろ指を指す連中ばっか。
そんな奴に限って、何事ものらりくらりとイージーモードで、いい目にばかりあっている。
学校、クソだな。
俺は小学生ながらに、そう思ったよ。
小6の始めに、父親の仕事で、学校を引っ越すことになったのは、好都合だった。知らない奴ばかりのところだったら、こんなクズな扱いを受けないんじゃないかって、ちっとは期待していた。
でも、行った先でも、俺はぼっちだった。もう、根本的に俺自身が、人間としてダメなんだろうな、と絶望しかけたよ。何がいけないのか、どうすればいいのか、誰も教えてくれねえし。
体育のたび、準備運動で一人になる俺に、先生がペアにならないか、と何度も声をかけてくれた。最初の1,2回は甘えちまったけど、そのうち、自分が情けなくなってきて、断るようになっちまった。
すると、先生は1人の女生徒に、俺の相手をするように指示を出したんだ。
彼女のことは、転校初日から印象に残っている。惚れたはれた以前に、交友の輪が広いんだ。クラス内のみならず、他のクラスや学年をまたいで、話しかけたり、遊びに誘ったりとかする人数が、桁違いなんだ。
容姿が格別いいってわけでもない。どこにでもいそうな雰囲気なのに、みんなが望んで彼女と接しようとしている。カリスマって言葉、俺が初めて意識した瞬間だったな。
彼女はそれ以降も、俺の体育のパートナーを買って出てくれた。それどころか、普段の授業や休み時間でも、何かと俺に話しかけてくれるようになった。
浮かれる気持ちが、なかったわけじゃない。でも、俺はこれまで、あまりにダメージを食らい過ぎていた。
「どうせ、俺に構ってくれるのも、点数稼ぎなんだろ」
そんな、うがった考えが腹の底にあって、心から彼女を信じることはできなかったよ。
俺は小学生を終えるまで、その学校で過ごすことになるんだが、妙なことが何度かあった。
数ヶ月に一度ある避難訓練。前の学校じゃ「お・か・し」の徹底とか、口ばっかで全然守れていなかった。
それがこの学校じゃ違う。地震を知らせる警報が、校内放送で流されると、例の彼女が「みんなやるよ」と声をかけるんだ。
するとどうだろう。文字通り、寸分の狂いもなく、みんなが同じタイミングで机に潜り込むんだ。普通なら、個々人で差が出るはずなのに、俺が見る限り、まったく同じ動作をクラス中がやっている。異分子は俺だけだった。
今でも恐ろしく思っている。彼女が声をかけたとたん、それまで猫背だった隣の席の奴が、糸で釣られたように、ピシッと背を伸ばすんだ。目もかっと見開いちまって、全然まばたきしないのよ。
彼女はずっと俺につきまとってきた。逆らえば、彼女の取り巻きたちに囲まれて、にっちもさっちも行かない事態になる。必然、彼女と時間を共有するしかなかった。
どうして俺に構い続けるのか。その理由は、卒業直前に判明することになる。
卒業式まで、あと数瞬間と迫った頃。
俺たちのクラスは体育館で、卒業式の合唱練習を終えて、教室に戻ったんだ。
残るは、帰りのホームルームといった時に。
「キーン」という耳鳴りがした。それだけなら珍しくないんだが、彼女が途端に血相を変えた。そして叫ぶ。
「みんなやるよ」と。
すでに何度か見たように、一糸乱れぬ動きで、机の中に潜り込むクラスの一同。
俺は何が何だかわからず、おろおろした。
「バカ! 伏せて」
彼女が体当たりしてきて、俺は押し倒されるように、地面に這いつくばった。
直後。教室の窓が、粉々に砕け散る。同時に風圧が襲ってきた。
頭の上を、姿が見えない何かが通り過ぎている。いや、何かじゃない。
教室の端にある黒板。そのもう一方の端にある、掃除用具入れから、ロッカーに至るまで、分厚い刃物が通ったように、両断されてしまった。
不可視の刃は、廊下側の壁にも食い込んだが、完全に切断はできずに、半ばめりこんだ形で止まったようだ。
「もう、大丈夫だよ」
彼女の声で、再びみんなが、一分の乱れもなく着席体勢に直った。あの異常な光景に対し、疑問やツッコミを口にする者はいない。
「結局、君はなじめなかったようだね」
彼女が起き上がり際に、俺に対して、そう言い放った。ぞっとするような、冷たい口調だったよ。
あれが何なのか、と尋ねる俺に、彼女は答えた。
「昔から、この辺りにいるの。あの、切りたがり屋。姿を消して、いきなり襲ってくるんだ。あれが分かるのは、この学校で私だけ。だから、みんなには『協力』してもらっているの。犠牲が出ないように、ね」
ニイ、と彼女は笑う。口が耳元まで裂けているような気がしたが、一瞬のことで、判断がつかなかった。
「本当、なんで君だけ、かからないんだろう。悔しいなあ。私もまだまだってことかな。ま、ひとまず犠牲が出なかったから結果オーライかな」
俺は足が震えて立てなかった。彼女はすっと手を差し出してくる。
「卒業後も、いつか、どこかで会いましょう。その時は、必ず君を、捕まえてあげるから」
それから、俺は卒業して以降、彼女には会っていない。だけど、ふとした拍子に、タガが外れちまう奴が身近にいると、彼女の仕業かと疑うようになっちまった。
つぶらや、お前は大丈夫だろうな? もしかすると俺たちは、自分でも気づかないうちに、知らない集団に取り込まれちまっているかも知れないな。




