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枝食む娘

 ねえ、つぶらやくん。今さらなんだけどさ、僕は疑問に思っていることがあるんだ。

 学ラン学帽がトレードマークの番長キャラってさ、なぜ高確率で草を口にくわえているの? お腹減ってるの? 何かしゃぶっていないと落ち着かない、赤ちゃんなの?

 ――昔、テレビの時代劇で、長ようじをくわえたキャラがいたから、それの真似っこ?

 な〜んだ、真似っこどんどんか。ファッション系不良って奴? 加えて、見た目はゴツくて、心はオトメとか言い出さないだろうね?


 手垢がつきすぎて、古い手どころか、化石のような手になっているのに、ありきたりな設定って、好きな作家さんは好きだよねえ。

 もっと冒険してもいいと思うよ、僕は。クリエイター気取りの考古学者とか、いわゆる「老害」って奴じゃない? 

 あ、それに盲目的に飛びつく僕ら読者が、引導を渡してやれず、延命させちゃってるのか。ははは、参った参った。

 

 自分を貫くって、ホント難しいよねえ。叩かれたくなかったら、周りに合わせたり、カラに閉じこもったりするしかない。

「周りのみんなが言ったから〜」とか「初めての試みなので〜」とか、言い換えれば「僕は責任持てない赤ちゃんなんでちゅ〜。こんなに自分はダメダメなんでちゅ〜、だから叩かないでくだちゃい」ってことでしょ。

 メンタル弱いくせに、見栄を張ってさ。「認めてもらいたい」とかいって、頭に「ベタ褒めで」をつけないってどうなのよ。

 仮にこき下ろされたって、認めてもらったじゃない。「ダメダメだ」ってね。

 希望通りなのに、どうして感謝しないで怒るのよ、クリエイター。わかんないなあ。


 ――ごめんね、延々愚痴につき合わされて、迷惑だったろう。お詫びに、個性をびびることなく堂々と披露して、周りも巻き込んだ女の子の話をしてあげようか。


 その子の妙な癖。それは例の葉っぱをくわえるなんてものじゃない。樹木を食べることだった。

 ――はとが豆鉄砲くらったような顔してるよ。大丈夫?

 彼女は学校の遠足でも、お弁当は用意しない。どこかで木を見つけては、その枝をポキリと折って、むしゃむしゃ食べる。

 木を食べてるって先生に報告しても、大事にはならなかった。予め、申し含めされていたのかもしれない。

 彼女は細い枝なら、ポキポキと小気味よく。太い枝なら、チューチューとなめるようにくわえて食べていく。その様子がかわいらしくてね。まるで、ひまわりのタネをかじるハムスターみたいだった。


 あまりにおいしそうだったから、僕を含めて、何人か彼女が食べている枝を、分けてもらったことがある。試しに口に入れてみたんだけど、どんな味がしたと思う?

 泥臭さ? 青臭さ? 樹液の苦み? どれも違う。

 ジューシーだった。焼きたてのアツアツな唐揚げとかには劣るけど、そうだなあ……冷めちゃって歯ごたえが出てきた、ビフテキをかじっているような感覚ってところか。

 僕もみんなも、木の枝がこんな味するなんて、考えられなかった。試しに自分で木の枝を折って、口に含んでみたけど、こーちゃんの想像に近い味がして、二度びっくりした。

 どうも彼女は、食べられる枝を見分ける、名人のようだった。


「これ、うちのおじいちゃんに教えてもらったんだ。パパにもママにも才能がないけれど、お前にはあるって言ってくれて。なんだか、パパやママよりもすごい人間なのかもって、ドキドキしちゃった。もし、食べたくなったら言って。そこらじゅうにあるわけじゃないけど、見つけられると思う」


 にこやかに彼女は笑って、僕たちにそう告げてきたよ。


 それからというもの、僕たちは彼女を頻繁に誘って、遊ぶようになる。

 正直、僕は彼女自身に、そこまで興味を抱いていなかった。食べられる木の枝にありつけるなら、別に彼女でなくても良かったんだ。それを知ってか知らずか、いつも彼女はくるくると走り回りながら、笑顔を振りまいていたっけ。

 彼女と一緒に、僕たちは公園とかで遊びながら、毎回、木の枝によるごちそうを楽しみにしていた。彼女はいつも、迷いなく枝を探してくれるけど、一カ所で遊んでいたのでは、やがて取り尽くしてしまう。従って、僕たちの遊ぶ場所はどんどん広く、どんどん遠くならざるを得なかった。

 そして、小学校5年生の夏休みのこと。


 僕たちはバスを乗り継いだところにある、山の中のバーベキュー場に来ていた。とはいえ、炭や食べ物を初めとする、バーベキューに必要な道具を持ってこず、リュックサック1つで森の中を歩き回っていたから、変な目で見る人がいたかもしれない。

 僕たちが企画したのは、彼女先導による、木の枝食べ歩きのツアーだ。自分たちの住んでいる地域の木の枝で、食べられるものはほとんど味わいつくしてしまったから、掘り出し物を求めて、ここにやってきたというわけだ。


 完全に彼女本願なこの企画を、彼女は嫌な顔一つせずに了承してくれた。

 みんなが長袖長ズボンで、山の木々にもまれる対策をしているのに対して、彼女は肩を出した白いワンピースに麦わら帽子。足にはひまわりをあしらったサンダルを履いていた。

 一人だけ、海で遊ぶような格好。非常に浮いていたけど、彼女がそれを構う様子はない。身軽に木々の間を駆けまわり、いつものようにポキリ、ポキリと枝を折っては、僕たちに差し出してくれる。町の中の木とは違う、鼻から目に抜けるような、さわやかな味がした。


「早く早く。この奥にもっとおいしいのがありそうだよ」


 彼女は手招きしながら、木立の奥へと走っていく。その姿はあっという間に小さくなってしまい、僕らはあわてて追いかけたよ。


 どれくらい走っただろうか。前方にちらちらと見えていた彼女の姿が、ふっと消えた。

「あれ、どうしたんだ?」と首を傾げそうになりながらも、僕らは足を止めない。それが仇になった。

 森を抜けた先は、すぐにがけっぷちになっていたんだ。勢いのついていた僕たちは止まることができずに、真っ逆さまに落ちていった。

 数メートル下は河原になっている。そこの小石たちにしたたかに身体を打ち付けて、僕たちは動けなくなる。落ちた拍子にどこかを切ったのか、ところどころの石が赤く染まっていた。

 そして河原の隅には、怪我をした様子もなく、たたずんでいる彼女。その脇には、背の低い木々が植わっている。

 僕たちが痛みで動けない様子を、しばらく彼女はじっと眺めていたけれど、やがてつまらなそうにため息をついた。


「――おじいちゃん。やっぱり、こんなの楽しくないよ。あんな姿を見ちゃったら、おいしくなるわけないじゃない」


 彼女はそうつぶやいて、近くにある木々の枝を順番に折っていく。そして、倒れている僕たちの前に差し出した。


「ごめんね、こんなことして。これを食べれば、すぐに良くなるよ。だから、今日のことは忘れて。私ももう、枝を食べるのやめる。今日、いないみんなにもそう伝えておいて。私も言うから」


 僕たちは何とか枝を咀嚼する。甘い果実のような、それでいて、動物の肉のような噛みごたえ。一噛みするごとに、痛みがやわらぎ、元気が戻ってくる。

 すっかり食べ終えた時には、先ほどの痛みがウソのように吹き飛んでいた。けれど、彼女の強い希望があって、その日はもう帰ることにしたよ。


 それから宣言通り、彼女が枝を食べることはなくなった。最初のうちは枝の味を恋しいと思うこともあったけど、時間が経って、色々なおいしいものを味わううちに、あの枝の味は幻だったんじゃないかと、ぼんやり考えるようになったんだ。

 だけど、大人になってから聞いた話の中に気になるものがある。

 僕たちの住んでいた地域は、ずっと昔に大きな合戦が何度も行われて、土に埋もれた死体がいっぱい存在するんだって。

 その土の上に、いつのまにか双葉が芽吹き、茎が伸びて、立派な木に成長したものが、たくさんあるんだとか。

 



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