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とさかとり

 う〜ん、お酒のおつまみに焼き鳥。たまらないわね〜。

 つぶらやくん、今日はやけに塩ばかりじゃない。カロリー抑えているのかしら。気持ちは分かるけどね〜。

 ニワトリって、それこそ全身食べられるんですって。「せせり」とか「ふりそで」とか、食べたことある? 私は話に聞くばかりで、まだいただいたことがないのよね。いつかは食べられるお店に行きましょうね。

 ――え、とさかも食べられるんじゃないか? ああ、「かんむり」のことね。コリコリして美味しいし、栄養も豊富だって聞いているわ。

 けれど、ある経験が原因で、私はあまり、とさかに触れたくないのよねえ。この話、聞いたら、あなたもとさかに対して警戒心を強めるかもよ。

 ――それでも構わない? まったく、あなたは変わり者なんだから。


 ニワトリのとさかが赤く見えるのは、毛細血管が集中しているから、と聞いたことがあるわね。

 赤は、鳥類の世界では目立つ色。その色に染まったとさかは、いわば他者へのアピールポイントとなる。繁殖期にはメスへのアピールのためか、肥大化するんですって。縮こまっていたら、出会いはゲットできない。人間と似たり寄ったりね。

 そんなニワトリのアイデンティティを巡り、起こった不思議な出来事に関して、私がおばさんから聞いた話が、こんなものなの。


 小学校時代からの友達に、動物好きというか、動物の部位好きの子がいたわよ。なんでも、動物は好きだが、飼うというのは性に合わないんだとか。

 自分の世話で精いっぱいで、他の奴の面倒を見る余裕などない、なんて妙に老けたことを言っていたわね。他の友達から聞くに、両親の仕事が遅くて家事の一切を任されているから、心にゆとりがないんじゃないかですって。

 飼いたくはないけれど、動物がそばにいるといい。その思いが、奇妙な方向にねじ曲がっちゃったのかもね。そのうち彼は、動物の部位の一部を集めるようになったわ。

 グロテスクという感じじゃないわ。手入れされた標本のようなイメージ。蝶の羽。カマキリの鎌、バッタの脚……それらをコルクボードにピンで留めて、時々、学校へ見せびらかしに来たのよ。

 この特殊な趣味、理解できる人は少なくて、自然とみんなから距離を取られるようになったわ。私は長い付き合いだし、仕方ないなあって、半ばあきらめモードで眺めていた。

 この趣味は彼が中学生になってからも続いていたけれど、高校生になってから、ますます変な方向に転がっていったの。


 高校最初のテスト。彼の点数はお世辞にも良いものとは言えなかった。それ以前にも、授業中にぼーっとしていることが増えたし、休み時間には学校内から姿を消しているらしく、見かけることが減ったわ。そのまま午後の授業をフケてしまうこともある。

 そのくせ、今まで時間ギリギリだった登校時間は、誰よりも早くなった。いぶかしむ人はいたけれど、私は何となく趣味のターゲットが変わったんじゃないか、と思ったのね。

 それとなく尋ねてみると、彼は新しいコレクションの箱を取り出して、そっと私だけに見せてくれた。


 箱の中には、大量のとさかが入っていたわ。ちぎれた部分を縫い付けて、血が漏れないようにしているみたいだけど、今までの丁寧な保管とは違う、乱雑な入れ方に、私は少し戸惑っちゃった。


「ちょっと探さないといけないターゲットがいる。見つけるまで、僕のおかしな生活スタイルは改まらないだろうから、よろしく頼む」


 なにをよろしくすればいいのか。さっぱり分からなかったけど、彼を縛る権利は私にない。「好きにすれば」の一言で、終了。彼の生活態度も相変わらずだった。


 それから数ヶ月。

 私は帰り道に通る畑の中で、ニワトリを追い回す彼を見かけたわ。彼は「クワ、クワ」とニワトリにそっくりの声を出しながら、捕まえたニワトリのとさかをもぎ、頭にくっつけていく。けれど、納得いかないのか、頭からとさかを離すと、握りしめたまま次のニワトリに向かっていく。

 ニワトリたちも、飛んで逃げればいいものを、なぜか地べたをせわしなくウロウロするばかり。まるで、捕まえてくださいと言っているようなものだった。

 この異様な光景を、しばらく私は唖然として眺めていたけど、これは動物虐待。彼を止めるべく、畑に足を入れた時。

 彼がまた、一羽からとさかをもいで、頭につけたわ。すると彼の両耳から、紫色の煙が勢いよく吹き出し始める。「ようやく見つけたぞ」とつぶやくのも聞こえたわ。

 煙は彼と、とさかをもがれたニワトリの全身を覆い隠すように広がっていく。生臭いにおいも混じっていて、私は思わず足を止めて鼻をつまんじゃった。


「人間よ、分かったか? 人から外れた生活をしても、変わることなどできはせん。本来の生、まっとうするがいい」


 彼が発しているようだったけど、その声はしゃがれた老人のものだった。煙の中のおぼろげな彼の影は、どんどん小さくなっていく。

 そして煙が晴れた時。そこには制服を来たまま地べたに横たわる、カッパのように頭頂部が禿げ上がった彼。そして、周囲の鳥たちより、一際大きい身体と、とさかを持ったニワトリがたたずんでいたわ、

 大きいニワトリはひと声鳴くと、西の空へと飛んでいく。他のニワトリたちもた、思い出したように羽ばたき始めて、先に飛んでいったニワトリを追いかけていった。

 私が倒れていた彼の肩を揺さぶると、彼はゆっくりと目を開けて、つぶやいたわ。


「野生の世界も、楽じゃない」って。


 それからの彼はいつも通り、朝のホームルームぎりぎりにやってきて、授業中にぼけっとしたり、サボることもなくなったわ。私にノートを借りてくることが何回かあったけど。

 彼とは今でも付き合いが続いているけれども、とさかを集めていた時期に関しては、あの言葉以上のことを語る気は、まったくないみたいね。



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