表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
234/3173

ピンクな頭痛

 ん、起きたかい、つぶらや。運転手である俺を差し置いて、グースカ眠るとはいい度胸じゃないか。

 疲れているんだろうが、それはお互い様だぜ。運転中に、俺まで眠くなっちまったら、事故って2人仲良くお花畑、とかになりかねん。ガム噛むなり、絶え間なく話しかけるなりしてくれよ。ガンガン音楽掛けてるのも、俺自身が眠らないようにする方法なんだからな。

 ――まだ、眠り足りないって顔してんな。やれやれ、サービスエリアに寄ってやるから、少し待て。俺もトイレ行きたい。


 お前なあ、着いたとたんに眠くなくなったから、飯食いたいって自由過ぎないか? ちっとは遠慮しろよな、まったく。

 そんで腹膨れたら、またシートで大いびきとか、勘弁してくれよ。と、いくらお前に言っても、今さら感は否めないからなあ。

 しゃあない。眠たがり屋のお前に、ひとつ話をプレゼントしてやるか。


 つぶらやは、さっき眠っていた時の夢は、覚えているか? いや、夢の内容は、この際、重要じゃない。その夢に色がついていたかどうかだ。

 最近の調べによると、若者はカラフルな夢を見ることが多く、逆に高齢者はモノクロな夢を見ることが多いんだそうだ。

 原因の一つはカラーテレビの普及にあるのでは、とも言われている。ちっこい頃からカラーに慣れている若者と、白黒テレビに馴染んでいる高齢者では、夢の映像にすら影響が出るのでは、というわけだ。あくまで仮説。本当のところはどうなのかねえ。

 ただ、目を閉じてから夢を見るまでの間の視界に関しては、大抵の人が真っ暗や真っ白と答えるんじゃないか。光の反射が目に入ってこないからな。

 しかし、例外というのは、何事にもつきもの。俺のケースはこうだ。


 幼稚園のころ。俺は眠るのが怖かった。

 ある時から、俺は目を閉じると、視界がピンクに色づくようになったんだ。目を開いているわけでもない。何かしら強烈な残像が残っているわけでもない。とにかく視界がピンク一色なんだ。

 色を認識するというのは、非常に疲れるものなのだろう。俺は頭痛がして、毎日が寝不足だった。

 とはいえ、小さい身体は疲れやすく、知らぬ間に意識が途切れていたことが何度もある。そのたび、ピンクの視界を見て跳ね起きるんだが、頭がガンガンして、しばらく動けない。

 眼科に行って調べてもらったんだが、特に気になる点はないとのことだ。当人である俺ははなはだ不満だった。だが、表現力の乏しい当時じゃ、すごいピンクの景色としか表現ができず、何かあればまた来てくださいと言われて、帰されてしまった。

 幼心に、すごくショックだったよ。お医者さんといったら、こちらを治療と称して、少し怖い目、痛い目に遭わせても、代わりに命や心そのものを助けてくれる人だと、思っていたから。

 それ以来、お医者さんに対して不信感を覚えた俺は、多少の痛みや異状があっても、誰にも言わずに我慢してしまうような癖がついてしまったんだ。

 

 俺の視界の異状と、それに伴う頭痛は3ヶ月ばかり続いた。正直、諦めかけていたから、目を閉じた世界が、色を失ったことに気づいた時には、すぐには信じられなかったな。同時に頭痛もなくなって、俺はぐっすりと眠れるようになった。

 更についていることがある。母親が買った宝くじ、3等が当たっていたんだ。超高額とまではいかないが、生活費の足しにするには十分。幸運のおすそ分けを近所や親戚にしても、まだまだ余裕があった。その日からしばらくは、夕飯が豪華でホクホク気分だったぜ。

 これ、我が家にラッキーの波、来たんじゃね、とか思ったが、そうとばかりは言えなかった。


 俺の色づく視界と、眠れなくなるほどの頭痛。これは断続的にやってきた。

 しかも、回数を重ねる度に、色は濃く、痛みはひどくなっていく。年を重ねても、この不快感には抗えず、部屋に引きこもることもあった。

 学校でも頭痛は遠慮なくやってきたから、迷わずトイレに駆け込んだ。男のくせに、何度もトイレにいくものだから、トイレの太郎さん呼ばわりされたこともあったっけ。

 だが、これらの異状がなりをひそめると、決まって宝くじや応募した懸賞が当たるんだ。その時には好きなものを、好きなだけ食べて良かったりしたから、楽しみではあった。

 異状が長引く分、見返りの額も大きい。いつの間にか俺は、閉じたまぶたの裏に、色彩豊かな世界が広がるたび、痛みへの怖さと、乗り越えた先の幸福への期待に、胸をときめかせていたんだ。


 そして、小学校の卒業間近。

 俺の閉じたまなこの先は、真っ赤に染まっていた。いや、微妙に黄色みを帯びていたから「紅緋べにひ」と言った方が良いか。女の人がはく、袴のような色だった。

 頭痛もひどい。もう、大声で泣き叫びながら、転げまわる衝動に駆られたほど。ギリシャ神話のゼウスじゃないが、自分の頭をぶち割りたいと思ったくらいだ。

 けれど、遠のきかける意識の中で、俺は思った。これほどの異状は、いまだ経験がない。ということは、今まで以上の幸運に、あずかることができるんじゃないかとね。


 ある夜。俺は頭痛の発作に目が覚めた。

 痛い。頭の右側が猛烈に痛い。


「おっと、起こしてしまったか。ごめんごめん」


 落ち着き払った男の声。だが、声の方を向こうとしても、身体が動かない。意識は非常に鮮明なのに。

 どうにか、目だけ動かしてみる。黒いトレンチコートを羽織った男が枕元に立っていた。明かりがついていなくて、表情までは伺えないが、右手にピンセットを、左手に試験管を持っている。


「長年の協力、感謝するよ。君の脳を通して得たデータは有効に使わせてもらう。謝礼はすでに払っているもので十分だろ。私は次に行かねばならないのでね」


 男はピンセットでつまんでいた、小石のような物体を試験管に入れると、迷いない足取りで、俺の部屋のベランダを開けて、2階の柵の外へと飛び降りていく。

 俺の身体の自由が効いたのは、数分後のことで、ベランダに出て地上を見回したけれど、あの男の姿はなかった。

 ただ、俺の枕元。頭の右側部分には、血が一滴垂れて、シミになっていたことを覚えている。

 それ以降、俺は視界からも頭痛からも解放されたが、それ以来、我が家で臨時収入が入るような出来事も、起こらないようになったな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ