味雪
う〜ん、雪がちらつきそうな天気だな、今日は。予報じゃ、くもりだって言っていたけれど、雪がよく降る地域出身の俺の肌感覚だと、一発きそうな気がするんだけどな。もしかしたら、「みぞれ」かも知れないが、どっちも雪とみなされるらしいから、初雪になるかねえ。
天から降り注ぐものに関して、地べたを歩く俺たちが対抗できる手段は、あまりない。予め防ぐんじゃなく、実際に何かが起こってから対処することが大切だ。天意って奴を受け入れつつ、自分で判断しなくちゃならない。たとえ、へんてこなことにでくわしてもだ。
え? いつになく、やけに殊勝なことを言うって? ああ、まあな。こういう天気を見ると、うちの地方に伝わるうわさを思い出しちまうんだよ。
お前、こういう話に興味あるだろ? ちょっと聞いてみないか?
つぶらやは降って来る雪を食べたことはあるか?
――おいおい、変な目で俺を見るなよ。お前が女だったら、ある意味でありかもしれんが、男にそんな顔で見られる趣味はねえんだけど。
降って来る時の雪って、場所によっては、飲料水とほぼ同レベルの清潔さを持っているらしいぜ。
ここら辺は工場が多い。空気そのものが良くないから、すすめられたものじゃないだろうけど、俺の実家は山の中だからな。空気がうまいって評判だし、降って来る雪を食って腹を壊した経験もない。どうにか食べられる領域なんだろ。
だが、好き嫌いをおいても、俺の地元では雪が降るたびに、少しでも食べることが推奨されている。その理由となるのが、こんな話だ。
俺の地元は、もともとたくさん集落があったんだが、昭和40年代あたりから、急激にその数を減らした。町とかから指示が出てな、雪が積もった時に、音信不通が続いた集落ができてしまった教訓から、できる限り、人や機能を一ヶ所に集めようという魂胆だったらしい。
だが、集まるのはコミュニティの機能を維持するためだけじゃなく、ある奇妙な事件が関与していたんだ。
鉄筋コンクリートを使った家が建つようになった、一部の集落での話。
その日は例年になく、早い初雪だった。子供は喜んで外ではしゃぎまわったけれど、ほどなく、雪がたまたま口に入ってしまった子が、みんなに言ったんだ。
この雪、しょっぱすぎるってな。親たちにとって、雪は汚いものだという認識だったから、すぐにやめなさいと、子供たちは叱り飛ばされた。
その日は、雪が降ったのは短時間で、積雪量も大したことはない。几帳面な家庭は、ご丁寧に屋根に積もった雪を下ろしたらしいけれど、そのままにした家もいくつかあったようだ。
ところが翌日になって、おかしなことが起こった。雪下ろしを行わなかった家の屋根の一部が失われていたんだ。初めは雪の重みで屋根が潰れてしまったものかと、みんなは思ったらしいが、そうだったら、室内外のどこかに潰れた屋根の一部があるはず。
けれども、屋根の一部は見当たらずじまい。誰かが引っぺがしていったみたいに、なくなってしまったんだ。
屋根の補修が始まって数日。また雪がちらつき始めた。今度は風もまじって、人々の家の壁にひっついた。外に出て遊んだ子供たちの中には、前回と同じように雪が口に入って食べてしまった子もいたそうだ。その子の話だと、今度の雪は甘かったとのこと。
一抹の不安を覚えた住民たちの一部は、雪をこそぎ落とし始めたけれど、以前に直接の被害を受けていない人の中には、自分に限って、そのようなことは起こるまいと、たかをくくって、雪の吹きつけるままにしていたらしい。
予感は的中する。こびりつく雪を放っておいた家は、その部分の壁や柱の一部を失っていた。建物が崩れ去ってしまうほど取られたわけではなかったが、家によっては寝室の壁を抜かれてしまったらしい。
住んでいた人は、寒さで目を覚ましたと話していたものの、抜かれた壁の大きさはおよそ畳数枚分。取るまでの間、誰にも気づかれないとは考えにくい。犯人の足取りもつかめないまま、補修作業はあちらこちらで続けられたという話だぜ。
それからというもの、住んでいる人は雪の降り具合のみならず、味にも気を配り始めた。味のついた雪が舞う翌日は、雪のついた屋根や壁が奪われ続けていたんだ。
夜通しで全家屋を見張ることができればいいのだが、現実的ではない。自分の力で雪をかたし、家々を守る方針になった。それでも取りそびれが、時々起こり、被害を出したんだと。
そうして、迎えた3月ごろ。そろそろ空気も暖かくなるという予報がされたんだが、その日も雪は降ったんだそうだ。
甘かったり、しょっぱかったりしない、無味の雪。人々は胸をなでおろしたんだが、一部の人は、鼻とのどに残る臭いとぬめりが気になった。
だが、今まで味に対してのみ敏感だった人々は、臭いに対して、やや警戒心が薄かったのかもしれない。いつも通りに、雪を家から引きはがし、地面に放り捨てて満足していたらしいんだ。
だが、その日は違った。深夜、人々が壁のすき間から入り込む煙の臭いに目を覚まし、外に目を向けると、驚きの景色が広がっていたんだ。
雪が燃えていた。人々が捨てていた道路の脇から、次々に火の手があがっていたんだ。
火と共に鼻をつく臭い。昼間も嗅いだその臭いの元に、人々は思い当たった。
油だ。あの臭いとぬめりの正体は、油だったんだ。
すぐに消火活動が行われたけれども、進路を確保するために、道路の火を消さざるを得ず、時間をいたずらに浪費。全焼してしまった家屋もあるらしい。そこから立ち直るには、何年もの月日を要したという話だ。
だが、これもまたおかしなことに、半分焼けた状態で残っていた家屋の一部は、やはり翌日、すっかりなくなってしまったらしい。
これらの出来事。付近の住民の間じゃ、山の神様が新しい材料でできた家々を食してみようと、雪で味付けを試みたのだろうと、ささやかれたそうだぜ。




