演じる現実
こーらくん、今度はクラス演劇、キャストに選出されたんだろ? おめでとさん。今でこそ、違うクラスの担当だが、一年前まで君を見ていたからついつい気になっちゃってね。
それで、どんな役かな……ほう、序盤で主人公にアドバイスする指南役。中盤の山場で主人公に後を託し、退場か。なかなか演じ甲斐のある役じゃないか。
――え? どうせやるんだったら主人公が良かった? ふうむ、気持ちは分からなくもない。最初から最後まで出張るような主人公なら、演じる時間も増える。見てもらえる時間も増える。緊張するかも知れないが、自分の存在を見せつけるには、うってつけだろう。
だが、こーらくん。月並みかも知れないが、脇役がいないと主役は主役にならない。ただの存在で止まる。世界も広がらない。
いわば、劇全体に命を吹き込むのも、脇役の務め。上手くやれば、主役以上に印象に残る。先生は、そんな名脇役を演じる俳優さんが、結構好きなんだ。
と、先生だけが期待しても、モチベーションにはつながらないかな。ならば、こーらくんの好きそうなエピソードもつけようか。
前にも話したことがあるかも知れないけれど、先生は高校時代に演劇部だった。とはいえ、さしたる希望があったわけじゃない。先生の学校は、部活動が義務付けられていてね、生徒全員が、何かしらの部活動に参加しなくちゃならなかった。
先生はクラス担任が顧問を勤める演劇部を選んだ。顔を覚えてもらうのには都合がいいか、という打算的な考えだったんだよ。
役者とか、舞台に立つ仕事はゴメン。音響、照明とかリアルタイムで合わせるのも自信がなかった。
先生のミス一つで、すべてを台無しにしてしまうんじゃないか。そんな不安が先走って、責任を取りたくなかったんだよ。
自然と、指示通りに仕事をこなせば、比較的、怒られる機会が少なかった大道具づくりに、3年間打ち込んでいたよ。
先生と同じ学年で、3年間ずっと役者を続けていけたのは、2人いた。
1人は男で先生と同じ、進級するためだけに部活動に入った口だ。マンガから飛び出してきたんじゃないかってくらい、端正な容姿で文武両道。演技力も抜群だった。部内以外で、演劇の練習をしている姿は見たことがなかったよ。
もう1人は女で、将来、役者になりたいと、本気で考えていた。外見も中身も、特にパッとする点はないが、熱意はすごかった。ほんの数十秒しか出ない端役でも、学校の休み時間や、部活動のない放課後も学内外で練習していた姿を覚えている。
担任は演技指導に、非常に力を入れていた。それこそ、お金がかかった劇団ばりの厳しさでね。
部活動中は、汲み置きしたバケツを、たくさん用意している。少しでもふぬけた演技をする奴には、通し稽古の最中だろうが、問答無用でぶっかけた。もはや名物の一つになっていたね。
「お前ら、演劇を演劇で区切って、現実と関係ないと思っているだろ。観ている客はそれでいいかも知れない。だが、お前らは『演じる現実』を見せるんだ。自分が演じる役のルックス、性格、人生、すべてを頭に描けているか? 生まれてから劇中に至るまでの、登場人物の道のり。ちゃんと踏みしめて演じてんだろうな?」
その言葉を、今でも先生は覚えているよ。
そして入試が迫る、3年生の公演。
脚本はジュブナイルもの。例の2人も演じることが決まったけど、おかしな指示があった。
この2人のみ、トランスセクシャル。彼は女を、彼女は男を演じることになった。
出番の量も違う。女役は終始出張るものの、最終的に報われない結末。男役はちょこちょことしか登場しないが、最後に希望を感じさせる去り際。
顧問自らの配役に、表向きは文句をつけなかったが、当人たちは裏で不安を漏らしていたよ。
「なんで俺がこんな役……ハッピーに、有終の美を飾りたかったのにな……ま、演じるだけ演じるけど」
「私って、そんなに男っぽいかな……いや、こういう役も勉強だよね。引き出し増やさなきゃ。えーと、彼の台詞からして、きっと過去にはこんなトラウマが……どう思う?」
先生は素人目にも2人の演技は、すごいと思っていた。場面転換のための大道具づくりをしながら、最後を締めくくろうと頑張ったよ。
顧問の演技指導にも力が入った。例の2人も、じゃんじゃん水を浴びた。特に女役を演じる彼は、それこそ言いがかりレベルで、はた目にも気の毒に思ったよ。今まで一度も演技に愚痴を漏らしたことのない彼が、後で先生にこっそり、顧問の悪口を言うくらいにね。
でも、顧問の厳しさを目の当たりにしてきた先生たちに、反論する度胸はなかった。ひたすらに、自分の役目を果たすことに注力したよ。
そして、公演後の打ち上げ。この時になると、顧問は人一倍陽気になる。普段の厳格さがウソのようだった。大人になった今では、オンオフの切り替えがしっかりできていたんだなあ、と感心したよ。
その席で、顧問の先生は彼を連れ出し、それなりの時間話し込んでいたらしい。やがて仏頂面で戻っていく彼と、きまり悪そうに自分の席に戻っていく顧問。何か、こじれてしまったかな、と一同は思った。
先生も疑問に感じてね、たまたま帰り道が一緒だった顧問に、尋ねてみたよ。
「『演じる現実』の話、覚えているか?」
逆に顧問が、先生に問いかけてきた。先生はうなずく。
「先生が用意する脚本。あれは全部、現実の縮図だ。多少の脚色はあれど、世界のどこかで、あの演劇のようなことが起こっている。役者は役を通じて、その現実に触れるんだ。与えられた役が役者の現実を縛り、役者の演技が演じられた役の現実を縛る。だから、手抜きは許されない。現実はつながっているのだから」
顧問はそう話していた。これは求道者すぎると、先生は思ったけれど、演じた2人のそれからを考えると、一概に否定もできなかった。
彼女は大学に進学後、将来のダンナと出会って、今は専業主婦だ。ダンナは第一志望におちて、彼女と同じ大学に進んだらしい。でも、今は互いに幸せな日々を送っているようだ。
彼は大学に入っても付き合っていた彼女がいたんだが、女癖の悪さが露呈してね。彼女のネットワークが広くて、悪口が広まっちまって孤立。たちの悪い女につきまとわれて、まともとは言えない生活を送っていると、人づてに聞いているよ。




