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蝕みのまたたき

 ちーっす、先輩。お待たせしちゃいました? 先輩と一緒にサイクリングなんて、珍しい機会ですよね。ま、少し安心しましたよ。室内に閉じこもりっぱなしで、カビが生えちゃうような生活をしていやしないかと。やっぱ天気のいい日は、外に出ないとですね。

 ん、何です、人の顔をじろじろ見て? いや、視線がちょっと上……ああ、グラサンですか?

 目の保護のためですよ。最近、陽の光が目にきつくて。むしろ、僕の方が吸血鬼じみてきたかもです。昼夜逆転する日も多くなってきましたし。

 あとは突然飛んできたものを、防ぎたいからです。砂利とかもやっかいですが、最近多いのは虫ですよ虫。ガンガン飛ばしている時に、彼らが飛び込んでくる時とか、そりゃもう、痛くて、かゆくて……先輩も、経験ありません?

 実は虫が飛び込んでくることに関して、面白い話を聞いたんですよ。出発前の用心として、ちょっと聞いてみないですか?


 僕たちのように自転車ならまだしも、原付やバイクの速度で激突すると、致命傷になるケースがあるということです。特に時速100キロくらいでぶつかるカナブンとか、冗談抜きで死ねると思いますよ。

 そうでなくとも、歩いている時にすら、特攻しかけてきません? あいつら。ふとあくびをした瞬間、のどに激突するくらいの勢いで。後の対処も、大惨事ですよねえ、あれは。

 そんな目に遭うと、思いませんか? 「こいつら、どんだけバカなんだ」とね。人間サマのご都合に悪いから、ノータリンに扱っちゃいますよね。むかつきますし。

 でも、本当におバカなのは、人間の方かも知れませんよ。


 僕のおじさんが、自転車を乗り回していた時の話になります。

 高校生になったおじさんは、バイクに憧れていました。当時、好きだった俳優が、映画の中でバイクを運転している姿に一目惚れした、と話していましたっけね。

 おじさんは誕生日が遅めなため、免許を取るまで時間がかかり、その間、周囲のみんなが次々にバイクを乗り回すようになって、置いてけぼりを食らったと話していましたね。ちょっと友達と遠出する時なんか、自分だけ自転車なことに、情けなさを感じたとか。それはそれで、裏道を研究しまくって、バイクより早く目的地に着こうとする、妙な対抗意識を燃やしたとも話していましたよ。

 けれども、数ヶ月経つうちに、バイクに乗る人は、めっきり少なくなったそうです。虫にぶつかられる人が増えたせいで。


 おじさんも、自転車に乗っていて、何度もぶつかられたことがあるのだそうです。いや、ぶつかるだけならまだしも、さっき話したのと同じように、口の中や目ん玉の中、鼻の穴にまで入り込んできたんだとか……。フルフェイスのヘルメットでもしないと、おちおち運転もできないくらいだったと話していましたね。

 その年は、例年以上に虫との衝突事故が多い年でした。歩行中でも油断ができないというレベルだったらしいです。迷いなく突っ込んでくる虫たち。動体視力の訓練でもしているのか、という頻度だったと、おじさんは話していました。更には、高速の正面衝突で、病院送りになる生徒がちらほら。先生にも被害が及んだとか。

 おかげで、ヘンテコな噂も出たみたいですよ。今まで殺した虫たちの恨みだ、とかなんとか。たたり関係って、いつも時期をおいて、流行りますよねえ。

 おじさんはオカルトをはなから信じませんでしたから、鼻で笑っていたみたいですけど。


 そして、数日が経った、ある日のこと。

 久々の雲一つない快晴に、グラウンドで遊ぶ生徒が多かったようです。おじさんはというと、美術の課題が上手く進まず、美術室にこもりっきりだったとか。終わらない生徒のために、先生が教室を開けてくれたらしいんです。

 おじさんは、他の課題に追われる人と同じく、彫刻刀を片手に、木版画を彫っていたんですが、やがて妙なことが起こります。

 視界が点滅を繰り返すんですね。まばたきしたかのように。蛍光灯のちらつきか、と思って、教室にいた全員が目を凝らして、天井を見たけれども、明かりはどれも途切れることなく煌々と灯っている。

 点滅は続き、やがて外で遊んでいる生徒たちも騒ぎ始めた。彼らは、空を見上げている。

 まばたきをしているのは、太陽だった。天空の光は、点灯と消灯を何度も繰り返している。自分たちがまばたきしているんじゃないか、とおじさんたちが思うくらいの早さで。

 この現象は、およそ3分近く続き、太陽を見ていた人の中には、気分が悪くなる人もいたものの、どうにか収まった。おじさんが胸をなでおろしたのもつかの間、今度は美術室内に、割れんばかりの、女子の悲鳴がとどろきます。


 おじさんが顔を向けた先。そこでは棚の上に置かれていた、セメントの胸像の頬が砕けていたんです。その中から、ぞろぞろと姿を現すカナブン……。たちまち教室中は混乱状態になり、殺虫剤の類がぶちまけられたものの、大半は空いた窓から外へ飛び出していった。

 更に外でも、排水溝のすき間や、サッカーゴールのポストのひびから、羽虫が次々に飛び出しては、おもいおもいの方向に飛んでいく。校内放送で注意が呼びかけられたくらいだけれども、散っていった虫たちは、校舎に戻ってくることはなかったとのこと。

 この不思議な現象は、おじさんのこれまでの人生で一度きりだったけど、現象に出くわしたおじさんの同世代の人、がんを発症した人がたくさんいるらしいんです。おじさん自身も、初期のがんが見つかって治療したけれど、クラスメートではすでに何人か、がんで亡くなっている人が……。


 あの飛び込んでくる虫たちは、太陽がもたらす異変に気づいていたのかもしれない。

 だから、その脅威から逃れるために、すき間を探し続け、あぶれた者たちがなりふり構わず、人間の体内に潜り込もうとしていたんじゃないか、とおじさんは感じているそうですよ。



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