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ひきこもりダウンロード

 あ〜、もしもし、こーちゃん。こちらでは、お目当てのアイテムが見つからず。場所と時間が悪いものと思われます。こーちゃんのポイントはどう?

 ――お目当てのものじゃないけど、レア度マックスのアイテムか……りょーかい、今からそっちに向かうよ。


 ふい〜、お待たせ。じゃあ早速、この地点を「探索」と……お、新アイテム発見! しかも「レベルアッパー大」か! ちょうどレベル上げたいキャラがいたんだよ。ついてたなあ。

 こーちゃんはもう成長限界だったっけ? ありゃりゃ、確かに持ち腐れだねえ。もう伸びしろは装備を変えることくらいでしょ。次のイベントが待ち遠しいってとこ? 

 今回のキャンペーンのガチャ、全部使っちゃったんでしょ? 辛抱たまらんよねえ。もうちょい探してみる? それとも……課金しとく?

 あっはっは、こーちゃんは無課金派だったっけ? レア度の低いキャラで、よくやってるねえ、まったく。僕だったら、初手からリセマラ対象だよ、その面子。

 ――一期一会の出会いを大事にしたい?

 ははは、ロマンだけで生きていけるほど、このゲームの闇は浅くないぞっと。

 それにしても、どんだけ流行っているのかなあ、このゲーム。現実世界の地理と連動した仮想マップの冒険。万歩計と似て、ついつい歩きたくなっちゃうよね。

 あ、そういえば、こーちゃんはどれくらいゲームアプリをダウンロードしてる? ふ〜ん、おかしなことはなかった? そう、ならいいんだけど。

 いや〜、友達におかしな目に遭った人がいてさあ。こんなことがあったんだよ。


 その子、かなりのゲーマーで、色々なスマホのゲームに手を出してるの。今どきのゲームってさ、インドアで何時間も画面とにらめっこするものも多いけど、ちゃちゃっと手軽に数分間、人生のすき間時間を埋めるものも、増えていると思わない?

 こーちゃんみたいな社会人だったら分かるよ。電車で一つか二つ程度の移動でも、さくっとバトルの一つもこなせるからね。手持ちぶさた解消に、うってつけだろ。

 そこにいくと僕たちなんか、すき間どころか、寝る間も惜しんでケータイにかじりつき、ゲームしてる。もうどちらが現実か、分からないくらいさ。

 で、そのゲーマーの子。毎日睡眠は三時間以下。それでいて昼間に全然眠くならず、疲れも溜まらないという、超ショートスリーパー。

 けれど、本人は最近、全然いい気持ちがしていないんだって。


 友達がゲームにのめり込んだのは、他の人に勝てるものがそれしかなかったから、と自分で話していたよ。どこまで本気か分からないけどね。

 誰よりも強く、誰よりも先に進み、誰よりも珍しいものを持っている。そうして、持たざる者を見下す。そうしないと、もう足元から崩れてしまいそうだって、話していたよ。

 相手を見下すために、自分の命を賭けている。蔑めばいいのか、称えればいいのか、判断に困る御仁だよ。

 誰よりも先に行くためには、情報もいち早く手に入れないといけない。友達は日夜、無数のゲームサイトを巡り、スマホが熱いと感じられるほど、画面を手繰っていたそうだよ。


 ある晩のこと。

 友達が普段は立ち寄らないゲームサイトをのぞくと、「ベータ版のテストプレーヤー募集」の文字が目に飛び込んで来た。

 新作ゲームの挙動を確かめるための、テスターを集めている。このゲームはワールドリンク式。つまり、今僕たちがやっているゲームと同じ、現実空間の地理と仮想空間の地理とがリンクし、冒険ができるという内容。

 初期値はプレイヤーによって個人差があるけど、技術と判断、行動の積み重ねによって、少しずつ自由度の高いプレイが可能となるらしい。

 正式にリリースした暁には、そこまでのデータを引き継いだ上に、テスター限定特典のスキルやアイテムを手に入れた状態で開始できる、という触れ込みだった。

 友達は「限定」という言葉に、何より弱い。周囲との差別化がはかれる、シンプルかつ強力なワード。これを逃す手はないと、即行で登録を開始した。

 パーソナルデータの入力に加え、スマホの挙動を確かめるためか、画面上をふらふら漂う、蛍のような発光体を、指で追いかけるようなこともさせられた。

 そして、いよいよダウンロードが始まる。ゲームの設定に合わせて「ダウンロード○○パーセント完了」ではなく、「データリンク○○パーセント完了」と表示されていたみたい。

 ニヨニヨと増加していく、作業の進み具合ゲージを見る時が、友達にとってそわそわ、ぞくぞくするひとときだって、いつも話していたよ。

 

 ところが100パーセントになった瞬間。「リンク完了。シンクロ開始」と表示されたかと思うと、いきなりスマホの電源が落ちた。

 再起動するのか、と思っていたけれど、一向に動く気配がない。電源を入れ直したり、充電器に挿してみたりしたけれど、音沙汰なし。

 壊れた、と思って、友達は多分、家の電話で、電話会社に連絡をしようとした……んだろうね。

 え? どうしてそんな不確かな物言いなのかって?

 いや、友達自身はね、その時、この行動を起こす気にならなかったらしい。代わりに部屋の中をぐるぐる歩き回ってさ。数分くらいかけて、壁やらパソコンやらをいじったみたいなんだよ。目的もなく。

 その時は格別に、妙だったって。それなりに酔っぱらってしまった時のごとく、自分の五体が、1メートル先にあるかのような、ふわふわした神経感覚だったらしいよ。

 部屋漁りをした後は、今度は家の中を巡り、さんざんさまよい倒したあげく、服も替えず、風呂にも入らず、布団の中に潜り込んで眠ってしまったんだって。


 翌日。起きてみると、普段と変わらない身体の調子。言うことも聞く。

 昨日の晩は何だったんだろうか、と頭をひねったけれど、相変わらずスマホは反応なし。完全に壊れちまったか、と溜息つきながら、学校帰りにショップで見てもらおうと、かばんに突っ込んで学校に向かったみたい。

 だが、異変は学校でも起きた。友達は登校すると、ホームルームが始まるまで、自分の机で本やゲームをして暇をつぶすんだけど、ある女子生徒が入ってきた時、状況が変わった。

 その子はクラス一番の美少女で、容姿、学力、運動神経のそれぞれが抜群で、一部の男子の憧れの的だった。もっとも、友達は二次元に、彼女よりはるかに優れた、お気に入りの子がたくさんいたから、見向きもしないし、関心も持っていなかったらしい。

 でも、その日は、彼女の姿を認めたとたん、身体が勝手に席から立ち上がった。自分でも驚くくらいの迷いない足取りで、席に座った彼女に向かって突進。

 平素、特に親しくもない男子に近寄られ、怪訝そうな表情で、睨んでくる彼女。整った顔でされると、なかなか切れ味があるな、と友達は思ったけれど、自分の身体は馴れ馴れしく彼女の机に両手をつき、節操なく口を開いた。


「ねえねえ、彼女。俺と付き合わない?」


 瞬時にかたまる、場の空気。友達も自分の言葉に面食らった。みじんも思っていないことを口に出し、しかも「彼女」呼び。いつもは、名字で呼んでいるというのに。

 彼女の表情は怪訝から驚き、ためらい、うんざりと、コロコロ変わる。すでに周りには生徒が何人もいた。おしとやかで通っている、自分の評判を考えたのだろう。一刀両断を避けて、やんわりと断ったみたい。

 この時、彼は自分の腰のあたりに垂らしている両拳が、ひとりでに「ぐっ」と強く握られるのを感じた。あの感触、もしも「足りていれば」、彼女を殴り飛ばしていたと、確信できるものだったって。


 それからというもの、友達は自分の意志に反して、彼女の尻を追いかけ続けた。暇さえあればつきまとうその姿に、本人はもちろん、女子全体から大いにひんしゅくをかったって。男子も最初は応援したり、はやし立てたりしたけど、全部、身体が勝手にやることで、本心ではないだけに、友達にとっては、猛烈にストレスだったみたい。

 異性のみならず、自分の色々な行動が変わった。今まで理系の知識通で通っていたのに、身体はとんちんかんな受け答えをするばかり。代わりに、興味がない専門書の、マニアックな知識が口をついて飛び出して、一部の知識層に大うけ。

 運動でも個人球技が得意だったのに、身体はサッカー、バスケ、バレーボールをやりたがり、そのくせスタンドプレーで得点機を壊しまくるものだから、たちまちチームの鼻つまみ者になってしまった。

 そして、例のスマホはショップに持ち込んでも、何の故障もない、ということだった。実際、店員さんが触れると普通に動くんだ。自分が触る時だけ、動かない。念のため、本体を取り替えても、まったく同じ。

 打つ手がないまま、勝手に動く身体によって、友達が築いたものは次々に打ち砕かれていったんだ。


 もう、すっかりクラスに居場所がなくなったころ。歩くしかばねのような面持ちで、家路についた友達のバックの中から、久しぶりの着信音が響いた。

 スマホの着信。友達が慌てて取り出すと、画面には黒地のバックに、白文字のフレーズ。


「生体反応の消失を確認。リンクを切断します」


 その後、数カ月ぶりに見る、スマホの待ち受けを見て、友達は「終わったんだ」とがっくり肩を落としたみたいだよ。

 でも、もう学校での生活は、彼の知る姿ではなくなっていた。

 クラスでは総スカンをくらい、学年の枠を超えた、かつての同好の集まりは、すでに存在していない。自分の身体によって、潰されてしまったから。そして、今の自分につきまとってくるのは、わけのわからない知識を披露してくる、アウトサイダーばかり。

 それから友達は、ずっと家に引きこもっている。スマホやパソコンも、会話やLINEくらいはしてくれるけど、他のネットワーク関連には手を出さない。家でもっぱら、無電源のゲームや、オフラインの据え置き機で、遊び続けているとか。

 いわく、「これ以上、自分以外の誰かが、自分に入り込んでくることがないように」だってさ。



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