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とおく、おそらにとばしとこ

 おっほっほ、積もった積もった、やったー!

 こーちゃん、雪だよ雪! ここらへんで積もるまで降るなんて、いつぶりかなあ。ほら、見てよ、もう雪合戦してる子がいる。元気だなあ。こーちゃんも僕たちと一緒にやる?

 え? 痛いのも疲れるのも、勘弁願いたい? もう、すっかりじじむさくなっちゃったなあ、こーちゃん。こうやって僕が連れ出さなかったら、どうせこたつ布団の中で、うだうだしながら、文章書いているんだろ。はいはい、たまにはアウトドア取材の時間ですよっと。

 それじゃあさ、ゆっくり雪だるまを作るって言うのはどうよ。さいわい雪の足は止まりそうにないし、材料切れにはならなそうだよ。

 あ、でも作るんだとしたら、子供サイズ以下の小さい奴にしてね。それこそ、足で簡単に蹴散らせるくらいの奴。

 それじゃ、雪だるまじゃなく、雪団子だって? いや、この辺りじゃわりかし、有名な伝承があるんだよ。こーちゃんは、こんな話を知っているかい?


 今でこそ地球温暖化の影響で、各地の気温は上昇傾向にあるけど、昔は気温が何度も下だったと聞いたことがある。この地域も、以前は今日以上の雪が降り注ぐことが、珍しくなかったんだってさ。

 一面に広がる銀世界。子供たちはこぞって飛び出した。それを見張るために大人たちも外に出るものの、雪の重みに屋根が潰れないか、などといった実害にどうしても目が行きがち。子供たちにまで、十分に目が行き届かないことがある。

 自分がそばにいられない時、大人たちは語るのさ。大きな雪だるまの伝説をさ。


 むかし、むかしのこと。まだこの辺りが、一つの集落だった時。

 その雪だるまが姿を現わしたのは、連日降り続いた雪の勢いが、やや収まった昼間のことだった。子供たちが遊び場としている、小高い丘。まんべんなく敷き詰められた、厚く、やわらかく、ひんやりと湿るじゅうたんの上に、いつのまにかそれが出来ていたんだ。

 高さは、ざっと大人2人分。それなりの人数がそろえば、作れないことはない。

 けれども、所要時間が短すぎた。子供たちが丘から目を離したのは、四半刻たらず。三十分にも満たない時間だったんだ。

 雪だるまは見れば見るほど、その恰幅の良さ、輪郭の整い具合、首と胴体の比重など、どれをとっても、職人顔負けの水準の高さを誇っていた。これを短時間で仕上げることは、並大抵の難しさじゃない。

 人々は雪だるまを取り巻き、あるものはペタペタと触ったりしたが、胴体は非常にがっしりしていて、巨岩のような触り心地だった。

 大した芸術品だったものの、その翌日には意外な報が、集落にもたらされることになる。


 情報は、丘の近くに暮らす一家から。

 昨日、夜中に目が覚めると、軽い地揺れに襲われた。年季の入った家だったから、崩れると危ないと思い、全員を起こして、家の外に避難したらしい。

 揺れは短く、断続的に続いたが、その調子は、まるで巨大な何者かの足音のようだった。音の出どころを探ろうと、首をあちらこちらに向ける一家は、やがてその視線を、丘の一点に集めることになった。

 あの雪だるまが、闇を裂かんばかりの黄金色に輝いているんだ。やがて、揺れが収まったかと思うと、雪だるまが糸で釣られたかのように、すうっと空へと昇っていく。

 やがて、中空で向きを変えた雪だるまは、頭部をおよそ45度の仰角に傾け、そのまま流星のごとく、夜空の彼方へ飛んで行ってしまったとのこと。

 実際、現場に急行した集落の者たちは、確かに、あの巨大な雪だるまが消えうせていることを確認したんだ。


 それからも、雪の日には、たびたび巨大な雪だるまが姿を現わした。場所はまちまちだが、例の丘の上には、よく出現したらしい。

 雪だるまが飛び立つさまを見届けようと、集落の者が夜通しで、近くに張り込むが何度かあったが、そのような時に限って、雪だるまは、うんともすんとも言わずに、ずっとたたずんでいた。そして、人々が目を離すと、その間に姿を消しているという有様だったんだ。

 雪だるまのうわさは広がり、近隣からも人が訪れるくらいの名物となりつつあったのだが、ある日、集落に住む一人の男が、血相を変えてみんなに、こう言いふらしていたのだ。


「娘を雪だるまに奪われた」と。


 詳しく話を聞いてみると、彼の十歳になった娘は、例の雪だるまを特に気に入り、見かけては真っ先に胴体にしがみついたりするほどだったらしい。

 その娘がどうしても、雪だるまが飛び立つところをみたくて、男と一緒に、雪だるまからやや離れた場所にある、炭焼き小屋に泊まり込んで、観察していたということだ。

 娘がうずうずしている隣で、男も雪だるまを見張っていたのだが、日頃の疲れのためか途中で意識が途切れてしまい、気づいた時には娘の姿はどこにもなかったのだという。


「あの娘が、雪だるまを放って、どこかに行くはずがない。雪だるまの奴が、誘惑したに違いないんだ。絶対にとっちめてやる」


 周りの皆は、馬鹿な真似はよせ、と止めたんだが、男は聞く耳もたなかった。

 雪だるまが、岩のように固いのは立証済み。男は野良仕事に使う、鉄の歯がついた鍬をかつぎ、雪だるまがある丘へとひた走る。心配になった集落の者たちも後に続いた。

 すでに陽は西に傾きかけ、雪だるまはほんのりと稲穂色に輝いている。


「娘を返せ」


 男の鍬が、雪だるまの胴を掘る。二回、三回と甲高い音を立てながら、弾かれる鍬。空に舞う小雪。集落の者が見守る中で、何度も何度も男は鍬を振るった。

 やがて、耳慣れた金属音とは違う、鈍い音が響く。それはまるで肉を叩いたかと思うような、不快な音だった。数瞬後、男は悲鳴をあげて鍬を放り出し、その場に尻もちをつく。何事かと、皆もそばに集まった。

 鍬は雪だるまの中の空洞を掘り当てていたんだ。だが、空洞の周りの雪は紅くにじみ、奥からは長い黒髪が、何本かはみ出している。血はじわじわと広がっていく。男の鍬が、中にいるものの肉を傷つけたのは、明らかだった。


 その時。あの短い、断続的な揺れが起こったんだ。いや、それはもう完全に足音だった。ドシンドシンと、大の大人の身体さえ、軽く空に浮くほどの強い揺れ。皆がろくに身動き取れない中で、あの男が再び悲鳴をあげる。

 見ると、先ほど男が開けた雪だるまの穴に、彼が頭を突っ込んでいるんだ。だが、その手足は宙に浮き、激しくバタついている。そのさまは、釣り上げられた魚の抵抗に、よく似ていた。

 あっけに取られる皆の前で、信じがたいことに、雪だるまの空洞は、ひとりでに大きく開いて、男を丸ごと呑み込んでしまったんだ。そして雪だるまは、口を閉じたかと思うと、多くの者に見られているにも関わらず、空中に浮き、仰角をとって、またも空へと飛び立っていった。

 揺れも収まり、丘は静寂を取り戻す。その場には、男の使っていた鍬が残され、目の前の出来事が、実際に起こったことを物語っている。


「とおく、おそらにとばしとこ」


 どこからか、舌足らずの子供の声が聞こえた。皆が辺りを見回しても、それらしき人影はない。声は更に後を継ぐ。


「やがてだいちはひびわれて、みながすめなくなっていく。だから、おそらにとばしとこ。たとえ、だいちがこわれても。いのちがあった、そのあかし。とおく、おそらにとばしとこ。いつか、むかえるそのひのために。とおく、おそらにとばしとこ」


 子供の声は、それきり聞こえなくなったけど、気味悪がった一同は、男の鍬も放り出して、一目散に逃げ出した、という話だよ。

 それ以降、大きすぎる雪だるまっていうのは、この辺りじゃ戒められる対象なのだってさ。



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