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縁結びのおまじない

 つぶらやくん、君が恋愛に興味を持ったのは、いつごろの話だった?

 僕は、小学校の4,5年生くらいの時だね。クラスの男子で集まってさ、好きな女の子の名前を言い合う奴。修学旅行の夜とかだと、定番だろ? それがね、うちの学校だと、放課後の女子がいない教室とか、グラウンドの一角を陣取って、開催されていたんだ。

 その時の僕は、少し前に祖父を亡くしたばかりでね。祖母からいかに恋愛が素晴らしいか、という伝道を受けていたけど、特に好きな子というか、意識している子はいなかった。

 女の子を異性ではなく、遊び相手として見ていたからね。けれど、みんながさんざん告白したあとで、話を振られたものだから、「今はいない」なんて言っても、信じてもらえなかった。

 本当にいないのに、周りはその態度を、「恥ずかしがって言おうとしない」と解釈した。まったく、はた迷惑だよ。自分がこうあって欲しいって願望を、相手に押し付けてくるんだから。おかげで、妙なできごとに巻き込まれちゃった。

 口にするのも恥ずかしい話だが、ちょっと聞いてもらえるかな。


 結局、みんなからの総スカンを嫌がった僕は、適当な女子の名前を挙げた。学校で一緒に遊んでいるクラスメートの一人だ。本当にたまたま、頭に浮かんだから、口に出した言葉に過ぎない。

 けれども、一度言葉にしてしまうと、不思議なものだね。以前に比べて、妙にその子が気にかかるようになっちゃった。好きでもない、苦し紛れにひねり出した名前にも関わらず、その子が一日休んだだけで、胸がきゅっと詰まった。

 色気、とはよく言ったものだと思う。見慣れた、いつも通りの生活の中で、その子のことが、にわかに色づいたかのように、心を捉えるんだ。この時、僕は「言霊ことだま」の力って奴を、初めて信じるようになった。

 でも、それをおおっぴらにすることは、はばかられたよ。白状する時に、さんざんもったいをつけて、しぶしぶひねり出した、というポーズをとってしまったからね。素直に彼女になびいてしまうのも、みんなに負けたような気がして、癇に障る。

 彼女ともっと近づきたい。けれどもみんなに、あれがポーズだったと気取られたくない。彼女の方から、僕に近づいてきてほしい。

 そんな、自分勝手な気持ちの板挟みになって悶々とする僕は、とあるおまじないのうわさを、耳にすることになる。


 つぶらやくんは、公園にある「タコ山」という遊具を、知っているだろうか。場所によって形状は異なるが、滑り台、登り棒、隠れ家……様々な機能を備えた、湾曲する砦。子供たちにとってのロマンのキメラとも言える存在だ。

 僕の家の近くにある公園。そこのタコ山は、全体の3分の1を占める大きさの、隠れ家が特徴だった。穴が2つしかなくて、昼間でも内部はけっこう暗い。穴をふさいでしまえば、そこに抱え込めるサイズの、夜が広がった。

 おまじないは、その「夜」を使って行われる。

 白いチョークを持参した上で、隠れ家の2つの穴に、なんでもいいので蓋をして、夜を作る。その中で、一切、明かりをつけずに、手探りで隠れ家の天井に、自分と気になる人の相合い傘を書く。この作業中、誰かによって「夜」を崩されたら、その時点でおまじないは失敗する。

 書いたら、たっぷり10秒を数えてから、フタをはずして外に出る。家までの帰り道で誰からも声を掛けられなければ、その2人は必ず結ばれる、という話だ。

 

 僕は早速、やってみることにした。休日の朝早く、僕はふた用に、隠れ家の穴よりも一回り大きく切り取り、引っかけて固定するツメをつけたダンボール2つと、雑貨屋で買った白いチョークを用意して、公園に向かった。

 横目に見る国道は、交通量が少なかったけれども、時々、輸送用の大型トラックが排気ガスをまき散らしながら走り去っていくし、通りかかる民家の前では、犬の散歩や軒先の水まきをしている人の姿が、ちらほらと見受けられた。

 そんな中で訪れた早朝の公園は、もぬけのから。僕はすみやかにタコ山の隠れ家に向かう。邪魔が入る可能性を、少しでも低くしたかったんだ。

 僕は聞いた手順通り、「夜」を作り出すと、チョークを握りしめる。真上に手を伸ばして、最初にぶつかった感触に向かって、僕と彼女の相合い傘を書きこんだ。思ったよりも、柔らかい感触だったことを覚えている。

 ふたがずらされる気配はない。僕はゆっくり10秒を数える。心臓の鼓動が早まるのを感じて、ちょっと遅めにカウントを進めた。

 やがて数え終わった僕は、ふたを回収し、興奮冷めやらぬまま、帰り道を急いだよ。


 誰にも声を掛けられずに、家に帰らないといけない。僕の足は自然に早まったけれど、歩いていくうちに少し不安に思ってきた。

 行きにはあった、人通り、車通りが、すっかり絶えてしまっていたんだ。

 音がしない。それだけでも、町中では大きな異常だった。歩き続けながらも、一体、何が起こっているのだろうと、頭の中で考えていると。


「どこへ行く」


 低い男の声だった。内心、僕のことかと思ったけれど、知らないふりをした。反応しなければ、声をかけられたことにならないはずだ、と手前勝手に思い込んだ。


「待て。それ以上、進んではならん」


 反応しちゃダメだ。反応しちゃダメだ。

 僕は変わらず、知らんぷりを続けながら走り出した。もう家までは50メートルほど、走れば10秒足らずで着く。

 けれども、いくらも走り出さないうちに、僕は背後から腕を掴まれた。


「だから待てというに。話を聞け」


 終わった。もう完全にアウトだろう。あっけなく砕け散った望みに、僕が顔を曇らせながら、掴み主を振り返った時、思わず叫んじゃったよ。

 腕をつかんでいたのは、僕の祖父だった。そう認識すると同時に、下から突き上げるような強い揺れ。目の前まで迫っていた、一軒家の我が家の屋根が崩れ、壁がサイコロの展開図のように、外側に倒れていく。

 そうやって開かれた我が家から出てきたのは、家族ではない。手をつないだ、若い男女。それが何組も何組も現れたんだ。

「逃げるぞ」という祖父の声のまま、僕は腕を引っ張られながら走り始めた。僕が来た道を戻り始める。公園に向かうつもりだ。

 僕たちが前を走り去ろうとするたび、家屋は次々と展開して、中から無数のカップルが現れる。

 いずれも男と女の組み合わせ。次から次へと、僕たちの後を追ってきた。男同士で走っているのは、僕たちだけ。追いつかれないように、僕らは必死に走り続ける。


 公園にたどり着いた。待ち伏せとかはいなかったけど、周囲の住居もまた、今までと同じように展開していき、中からカップルが出てくる。

 彼らが殺到してくる中、祖父は僕が出てきた、タコ穴の隠れ家に押し込もうとしてきた。いつもなら、僕が少しかがめばすんなり通れる隠れ家の穴は、肩がようやく通るかどうか、というくらい、小さくなっている。

 穴の途中で、身体が引っかかった僕を、祖父は強引に押し込んだ。あまりの痛さに、思わず叫んでしまったよ。身体がすっぽり入り込んでしまうと、やがて穴は完全に閉じてしまい、また一抱えの夜がやって来た。


 気がつくと、僕は隠れ家の中に、うつ伏せになって倒れていた。

 持ち込んで来たはずのフタたちは、見当たらない。穴からは、すでに高く昇った太陽の光が差し込んできている。

 それに照らされた、隠れ家の天井を見て、僕は初めて知ったよ。僕が書いたもの以外に、数えきれないほどの相合い傘が描かれていたことに。


 休みが明けた最初の日。彼女が学校を欠席してしまったんだ。

 僕はもしかして自分に原因があるのでは、とプリント届け役を買って出た。クラスの一部で忍び笑いが漏れたけれど、そんなことなど、どうでも良かった。

 放課後、彼女の家のインターホンを押すと、彼女自身が出てくる。ニコニコしながらプリントを受け取る姿に胸をなでおろしたけど、元気そうな様子を見て、僕はどうして学校を休んだのか、尋ねてみた。

 彼女曰く、昨日一日、丸々、眠り続けていたらしい。ただ眠っているだけで、呼吸も脈拍も乱れがなかったとのこと。彼女の両親は、今日も眠り続けるようだったら、病院に行くつもりだったという話。

 結局、朝には目覚めたものの、心配性の両親に、今日は休めと言われたため、家で時間を潰していた、と彼女は話した。


「夢の内容? う〜ん、もうあまり覚えていないけど、死んじゃった、おじいちゃんとおばあちゃんにあったよ。まだこっちに来ちゃダメだって。それからクラスに私のことが好きな子がいるってさ。ねえねえ、誰だか知ってる?」


 さすがに、そこで「自分だ」と、名乗り出る勇気も度胸もなかった。後ろめたさもあったしね。

 結局、彼女とはそのまま。卒業で離れ離れになっちゃったよ。



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