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定時に守るもの

 お、午後5時のチャイムだ。こーちゃん、そろそろ帰ろうか。

 え? 別にあれ、帰る合図じゃないぞ? いやあ、ずっと昔から親に言われ続けていたことだから、ついくせになっちゃってて。こんな時に限って、流れる曲も「七つの子」だしさ。家に帰ろうって意味合いが強すぎるんだよね。

 けれどさ、ぶっちゃけこれ、うるさいと思ったこと、ない? そりゃ、遠くまで届かないといけないから、音量を大きくするのは分かるよ。ただね、近くにいると、ぐわんぐわん鼓膜が揺らされる。スピーカーの真下にある建物なんかさ、放送のたびに震えてるよ。

 当然、苦情もいくつかあったみたい。どうせ大雨だったりするだけで、音がかき消されちゃうんだ。それだったらエリアメールとかの方が、まだましだぜ、という声もあるんだとか。

 でもね、この防災スピーカー、聞いている人がいる、いないに関わらず、やっといた方がいい、という理由づけがあるんだってさ。

 こーちゃんは、こんな話を知っているかい?


 知っての通り、日本は地震大国だ。非常時の連絡について、戦後から色々な話し合いが続いたみたいだけど、新潟地震があったあたりから、防災無線の整備が始められたみたい。

 そして、僕たちの知っている、午後5時のチャイムの理由。それは、無線の動作を確かめるためなんだってさ。地域色を出すためなのか、流れる曲も場所によって異なる。

 これらの研究も面白いと思うけど、あまりに珍しいものには、首を突っ込み過ぎない方がいいかもね。


 僕のおじさんが、小学生くらいの時に引っ越した場所。そこは上から見ると、三角形の形に交わった、三本の川の内側に位置する、小さな村だった。

 人口は1000人前後。学校、病院というような、主だった施設は一つずつしかなく、みんなが顔見知りといった、半ば排他的な印象を受けたみたい。そして、村の中央には防災無線用の巨大スピーカーが。おじさんの家は、そのスピーカーに近くにあったから、耳がキンキンしたと話していたよ。

 流れてくる音楽も、その村に伝わる昔からの音楽だという、木管楽器で奏でられたと思しき寂しげな曲。派手な音楽が好きなおじさんにしてみれば、曲が鳴りそうになるたび、耳をふさいで逃げ出していたくらいだったんだって。


 ある日の学校の休み時間。おじさんはクラスのガキ大将に、トイレへ呼び出された。

 何か因縁をつけられるようなことをしたっけな、と考えてみるけれど、思い当たることがない。だが、機嫌を損ねるのも面倒だったので、おとなしくついていったらしい。トイレの中には、おじさんとガキ大将の二人しかいない。

 一体、何の話をするのか、緊張しながら待っていると、ガキ大将は口を開いた。

「あの防災無線の音楽を止めてみないか」と。わけがわからずに、聞き返すおじさん。

 ガキ大将の親は村の役所の公務員で、防災無線の管理をしているのだという。けれども、何年も同じ音楽を流していることに飽きてきており、上司に相談したところ、住民の過半数が賛成したら、変えてもいいと言われたのだそうだ。それにガキ大将も協力し、署名を集めているのだという。

 成人かどうかは構わない。とにかく数を集めてほしいとのこと。ガキ大将が取り出した紙を見せてもらうと、なるほど、学年をまたいで、学校の生徒や先生の名前が書かれている。

 書こうかどうか迷っていたおじさんだったけど、「お前のサインで、この学校の過半数。目標達成に大きく近づくんだ。頼む」と押され、断るのが悪くなってしまい、ついついサインしちゃったんだって。いつもいばりくさっているガキ大将が、ぺこぺこ自分にお辞儀をする姿に、思わず笑みがこぼれるくらいだったとか。

 数週間後。村には例の音楽とは違う、聞き慣れた民謡が流れたんだ。


 しかし、それを聞いた者たちに、異変が起こり始めた。

 病院で入院していた老人たち。その中でも寝たきりだった者たちが、急に立ち上がり、暴れることが相次いだ。医者や看護師の中でもけが人が出て、最終的にパトカーが何台も駆けつける事態になった。

 村で唯一の病院で起こったこの出来事は、住民に衝撃を与える。タイミング的に、あの音楽に原因があるとしか思えないんだ。しかし、誰でも一度は聞いたことがある民謡。それがなぜ、このような効果をもたらしたのか。

 科学的な検証が今でも行われているものの、はっきりとしたことは分かっていない。ただ、おじさんは地元の言い伝えを調べてみて、一つ気になったものを見つける。


 昔、この地域は龍の姿をした水神様が住んでいたらしい。3つの川に囲まれたこの地域は、水源に恵まれた肥沃な土地だった。当時の人は、数が増えに増えていて、食料を確保するために、更なる土地を求めていたんだ。そこで、人々と水神様の相談が始まった。

 最終的に、人間が土地を使わせてもらう代わりに、毎年、水神様に巫女としてお仕えする女性を一人ずつ差し出すことを約束させられた。

 巫女はお仕えして一年たつと俗世に帰って来るが、水神様の下にいた一年のことは、誰にも秘して話さない。やがて、巫女は男に嫁いで子供を産むけれど、何代かあとになって、産まれる子供には変わった特徴があった。

 生まれたばかりにも関わらず、一日の一定の時間になると、両足で立って川に飛び込み、魚を踊り食いするんだ。そのさまは、熟練の素潜り猟師顔負けの腕前なのだけれども、ある程度の時間が過ぎると、泳ぎを知らぬ赤子に戻ってしまう。そのまま流されて、溺死してしまう子が現れる始末。

 これはどうしたことか。人々が水神様に相談しようとしたのだが、長くこの土地を見守ってきた水神様に、寿命が訪れようとしていた。力なく地面に寝そべる水神様に、代表の者たちがことの顛末を継げると、水神様は目を見開いた。


「私は仕えた巫女たちに、神気と加護を与えた。それがどうやら、代をまたぎ現れてしまったようだ。それも理性を奪いかねないほどに、強力な形で。本来なら私が諫めるべきだが、もはや私には、地べたを這いずる力もない。だから、そなたらに伝えよう。我が神気を収める咆哮の調べ。常に心に携えよ」


 代表者たちの前で、水神様は口を開き、弱弱しくもよく通る、不思議な声で調べを紡いだ。それを人々が何度も演奏し、磨き上げ、忠実に再現できるようになった時、水神様は柔らかい笑みを浮かべて瞳を閉じた。ほどなく、その身体は無数の綿毛と化して、空の彼方へと飛んで行ってしまったとのこと。


 そうして伝わっているのが、この村の伝統芸術であり、毎日流していた、あの曲らしい。

 聞き慣れた民謡は、それそのものが原因ではなかった。いつもの音楽を流さなかったことが原因だったんだ。

 結局、村の音楽は元に戻り、今に至るんだって。

 こーちゃんも地元で防災無線のチャイムには、気を配っておいたほうがいいよ。うっとおしいように見えて、本当は文字通り、災いを防いでくれているかもしれないから。


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