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立人禁止

 あちゃ〜、この道、工事しているのか。どうりで、車の進みが遅いわけだよ。

 こーちゃん、どうする。車から降りて、歩いていくかい? え、車の中がいい?

 ああ、ちょっとでも座っておきたいってところ? 疲れがたまっているんじゃないかい。健康は大事、大事だよ。

 しかし、こんな遅々とした歩みじゃ、眠たくなるのも時間の問題だね。かくいう私も、あくびが出てきちゃったよ。

 こーちゃん、寝ないためにも何かおしゃべりしようか。私の方からしゃべらせてもらうよ。聞いていたら、眠ってしまいそうだしね。もしも車が進んでいたら、念のため、声をかけてくれると助かる。


 私が昔、住んでいた地域は、山が近いこともあって動物が降りてくることが多いんだ。そんな時にはラジオ放送で注意が呼びかけられたりして、登下校をする児童などに注意が促される。

 ラジオによる呼びかけは聞き逃してしまう人もいる。なので、動物の目撃情報が遭った場所などは、まるで現場を保存するかのように、「立入禁止」のコーンやロープが設置されたりして、いかにも危険地帯ですよ、というお知らせがおこなわれた。

 立入禁止ってさ、妙に本能をくすぐる響きだと思わないかい。締め付けられると反発したくなる。禁じられたら、かえってやってみたくなる。

 ご多分に漏れず、私もそんな本能の体現者の一人だった。それでほとんどの場合、大した被害を受けることもなく終わってしまうものだから、ますます味を占めて、立入禁止の中に入っていくわけだ。

 無傷での帰還。これが積み重なると「ありがたい」から「あたりまえ」になってくる。天狗になっていると、足元が疎かになってくる。それが、思わぬ怪我に見舞われることがあるんだよ。


 私が小学校高学年の頃。

 クラスの一人がけがをして、松葉杖をついていた。私たちの間では松葉杖や、腕を吊る三角巾とかは、非日常の勲章。それらを身に着けて、見せびらかすこと。ものすごくかっこよく見えたんだ。当人にとっては、そんな軽い問題じゃないから、ちょっと不謹慎だったかもしれない。

 骨でも折ったのか、と尋ねると、クラスメートは首を振った。昨日、立入禁止区域に入り込んだのが原因だと思う、とのこと。もう少し私は、詳しく事情を聞いてみた。

 クラスメートの下校ルートには、田んぼのあぜ道が含まれている。それほど長くない一本道なんだが、今日はその途中が立入禁止になっていたということだ。

 かどに四つ、三角錐状のコーンが置かれていて、ロープを渡してあり、およそ一メートル四方の区域が、囲われていたみたいなんだ。

 ところが、ロープに張り付けられてい紙の、手書きで乱暴に書かれた「立入禁止」の文字。近づいて、よく見てみると「立人禁止」だったんだ。小学校低学年がやらかすような間違いに、「おっちょこちょいだなあ」とクラスメートはあざけるような笑いを浮かべて、気にすることなくロープをまたいだらしい。ちょうど、田んぼには水が張っていてね、くつを濡らしたくなかったんだ。


 悠々と区域に降り立ったクラスメートは、瞬間、足にしびれるような痛みを感じた。縫い針を刺してしまったような感覚。それが何度も何度も、足首からふくらはぎにかけて、殺到した。

 慌てて「立人禁止」の区域から出ると、縫い針のような追撃は止んだものの、足の痛みは引かない。どうにか病院に駆け込んだところ、先ほど痛みを受けた部位に、真っ赤な血がにじんでいた。

 けれどね、お医者さんが拡大鏡をあてたところ、数えきれないほどの小さい穴が、いくつもいくつも集まっていたんだ。その数と範囲があまりに多くて広いために、皮膚が真っ赤な血に染まって見えた、ということらしい。

 足の痺れが取れるまで、松葉杖生活を続けることになるとのこと。


 私はがぜん、興味が湧いてきたんだ。

 とはいえ、自分がけがをするのはまっぴらごめん。誰かを生贄に捧げるのも、人道にもとる。なので、「立人禁止」の区域を探し出して、調査をすることにした。

 念のため、長ズボンを履き、防具としてすね当てを装備。クラスメートの話から、細部を調べられるように虫眼鏡を用意した。

 クラスメートから聞いた場所には、もう「立人禁止」の区域はない。私は学校の近くを練り歩いたのだが、あったとしても「立入禁止」区域ばかりだ。

 運が悪いのか、友達のガセなのか、半信半疑の私は、日が暮れかけているのを見て、調査を切り上げた。

 しかし、家に帰ってみると、家族が騒いでいる。弟が足を怪我したから、病院に連れて行くというんだ。

 学校とは反対の方向にある、学区外れの公園。そこで友達と遊ぶ約束をしていて、先を急いでいた弟の目の前に、ロープで囲われた禁止区域が現れたんだ。

 公園への近道を陣取る、通行止め。弟は耐えられずに突貫したところ、クラスメートと同じような目に遭ったらしい。

 きっと例の場所だ。私は弟から場所を聞き出すと、留守番を頼まれるよりも早く、外へと飛び出していった。


 陽の光を、わずかにとどめた未舗装の小道。そこに「立人禁止」区域が確かにあった。

 感極まりながらも、私は注意深く区域に近づいていく。

 ずっと考えていた、「立人禁止」の意味。「立っている人が入れない」ということならば。

 私はその場で、うつぶせになった。虫眼鏡を取り出し、左目でレンズ越しに世界をのぞいてみる。


 ロープに囲われた「立人禁止」の区域。

 そこには、小さい小さい人間が、列をなして行進していた。一人一人が米粒よりも小さく、先が鋭く尖った、これもまた極小の小銃を肩に担いでいる。

 一糸乱れぬ動きで、視界を左から右へ横断。アリの巣を思わせる小さな穴に、次々と入っていく。

 すごいものを見たな、と私がさらに近寄ろうと、這いずった時。

 レンズ越しにのぞく軍隊が、その動きを止めた。彼らはまず、顔だけを私の方に向けて一瞥。次に身体ごと向き直ると、担いでいた小銃を一斉に構えた。

 危険を感じて、私は立ち上がりながら、飛びのいたけれど、虫眼鏡にいくつか衝撃。構わず、私は虫眼鏡を握ったまま、一心不乱に逃げ帰ったよ。


 虫眼鏡には、無数のひびが入っていた。コンパスの針のように、小さい穴。それがいくつもいくつも重なる様は、文字通りの「ハチの巣」を思わせたよ。



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