腹が減っては
あれ〜、おかしいな。昨日、買ったはずのプリンがない。
こーちゃん、まさかとは思うけど、食べてないよね……え〜、食べちゃったの!?
あちゃー、あれ自分用に買った奴だったんだよ。ひとこと言っておけば良かったね。ごめん。
弁償する? はは、いいっていいって、大したお値段じゃないし。代わりに昼ご飯おごってくれればいいかな。
そちらの方が、どう考えても高くつく? さすが、そこに気づくとは、お主できるな。
ま、注意をしなかったこっちも悪いし、こーちゃんの好きそうな話もつけるからさ、手を打ってくれないかな。
ふふ、さすがこーちゃん、太っ腹! そんで、今すぐ欲しいんでしょ。分かってるって。
今回の件は、お互いに落ち度があって、「つまみ食い」とは言い難いケースだったね。
「つまみ食い」は所有がはっきりしているものを、あえて奪うことで成立する、窃盗の一種かな、と僕は思う。
現代の意味での確信犯って奴かな。元々の意味は、自分のポリシーを確信して、法律に逆らうことをいとわない人のことだったのに、いつの間にか、トラブルが起こるのを見越して、行動する人の意味っぽくなっちゃっているけど。言葉も生き物ってわけかな。
――とと、話がずれちゃったね。まあ、つまみ食いも、生き物が行っていることだし、手口は様々ってところかな。
今回はその中でも、ひときわ変わったケースとして伝わっている話だよ。
戦国時代の中ごろ。
その年は、全国的に凶作だった。
年貢は例年の半分も納められればいい方で、各地で一揆が相次いだ。
防ぐことができたのは、領主が蓄えていた米蔵を開いた領地くらいのものだった。
おかげでその年の予算は大幅に狂い、大調整を余儀なくされたみたい。けれど不満を漏らす家臣に対して、「予算という一年の手間を惜しみ、民という十年の国益を捨てるのは、我々のあるべき姿とは言えない」と、ある領地の殿様は皆を諭したらしい。
おかげで国庫の中身は寂しくなったけれど、民の命は守られた。ただ、調整と計画のためにかかる時間を考えると、政務担当は心労で、身体のあちらこちらが痛くなったらしいけど。
数ヶ月が経った、冬の最中の事。
繰り返される予算の調整のために、国庫を確認していた奉行の一人が、おかしなことに気がついた。
明らかに米の減りがおかしい。年貢を納める前後では、消費量が倍以上違う。幸い、銭の蓄えはあるから、商人から米を買えば賄えるが、この凶作では高値で買わされる公算が高いだろう。そうなれば治水工事や、外交工作のための資金に影響が出る。どうにか、食い止めなければならなかった。
しかし、人が頻繁に出入りする国庫を封印するわけにもいかず、足軽の中でも、信の置ける者たちによる、警備の強化に留められたみたい。
けれども、米の消耗は止められなかった。そして、よく調べると、蔵の中には人が入った形跡が残っている。警備者を罰し、後釜を据えても、事態は一向に改善の方向を見せない。
国庫の場所を移すことも提案されたけど、そのような挙動は現代でいうところのスパイたる細作に感づかれるだろう。敵に格好の攻撃対象を与えかねない。
家臣たちの報告を受け、事件を解決するべく殿様も知恵を絞る。思案の末、諸国の視察を命じていた武将の一人を、呼び戻すことを決意したんだって。
彼は、代々家に仕える家臣の側室のうち、拝み屋だった母から生まれたみたい。
幼いころから武芸と霊感を鍛えた彼は、戦術と占いに関して優れた成果を積み重ね、他の武官や文官とは、異なる空気の持ち主だった。
それゆえ、煙たがられることも多く、心労を察した殿様が、直々に諸国の視察という名目で、一時的に暇を取らせたんだって。彼がいない間に、他の家臣に手柄を挙げさせて、個々人の自信と、存在意義を確立させようという思惑もあったらしいけど。
命を受けてから数日。登城した彼は、殿と家臣に事情を聞く。少し目を閉じていた彼は、やがて米を少し貸して欲しいと申し出たんだって。ただし、虫が出てしまっているものを。
受け取った彼は、それを領主屋敷の裏門の上にまき、自分は諸国の視察に付き添っていた目の良い供を連れて、矢倉の上から裏門を見張った。
ややあって。裏門に近寄る影が見えた。表からばかりでなく、城内にあたる裏側からも集まってくる。それは農民、足軽を問わず集結した彼らは、素手で塀をよじ登り、まかれた虫の湧く玄米を、犬のごとき姿勢でたいらげていく。
「もしや」とつぶやいた彼は、殿様に報告し、一計を案じることにしたんだって。
そして実行の日。領内の各村に、米俵と弓矢を持った、殿様の兵たちが散っていった。臨時の施しを行うためだ。思わぬ朗報に、人々はこぞって彼らの下に押し寄せる。
しかし兵たちは、大声で不思議なことを、告げた。
「皆。よく集まってくれた。だが、米は優先して与えるべき者を見極めよとの仰せだ。皆の意気を試させてもらう。これより、米の入った袋を括りつけた矢を、中空に射る。誰よりも早く手に取った者に、米を与えようではないか。用意はよいか」
言い放った足軽は、皆の前で俵から米を取り出し、小袋に入れて鏑矢に括りつけると、集まった者たちの、遥か頭上を目指して矢を射る。
独特の長鳴りを伴って、みるみる小さくなっていく矢。人々はそれを追うようにして、身体を大きく伸ばしながら、のけぞっていき――一人残らず、大きく口を開いて、仰向けに倒れた。
するとどうだろう。彼らの開いた口から、スズメが何羽も飛び出してきた。彼らは矢が落ちてくるのを待ちきれないとばかりに、上空高く飛んでいく。
その日、領内は数えきれないスズメが空を覆う「スズメ空」が訪れたとして、領主たちは語り継いだみたい。
例の武将いわく、この飢饉で飢えたのは、人だけではない。
凶作で例年ほどの籾を確保できなかった彼らが、人の姿を借りて米を食そうと、憑いていたのだろうと、皆に語ったそうだよ。




