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頂点の重圧

 こーらくん、期末テストの結果、どうだった?

 ぼちぼち? 便利な答えよね、それ。

 前にも話したかもしれないけどさ、ウチって親が厳しいのよね。お父さんもお母さんも、やたらと優秀な学校を出ているから。娘にボーダーラインを押し付けてくるのよ。「これよりレベルが低い学校は、許さん」といった感じね。

 私はやりたい部活がある学校がいいんだけど、どこもボーダーに対してレベルが低くてね。毎日、親とケンカばかりしているわ。

 お父さんやお母さんがどれだけ苦労したか分からないけど、私は今のうちに好きなことがやりたいわね。年取ってからじゃ、ハンデがつくものだから、困っちゃう。

 あんなにうるさいのは、本当に私を思ってくれてのこと? それとも世間体を気にしてのこと? もし後者の考えで、娘を通して自分たちの優秀さを、暗に示そうという腹積もりだったら――どうしてくれようかしら?

 純粋なランキング勝負は嫌いじゃないけど、代理競走はまっぴらよ。こーらくんだって、余計な思惑抜きで勝負したい派でしょ?

 順位付けを巡るエピソード。良かったら聞いてみない?


 江戸時代後期。藩校や寺子屋以外にも、多くの私塾があったことは知っての通りよね?

 漢学、国学、医学、蘭学、天文学……空前の勉強ブームと言っていいかも知れないわね。士農工商を問わず、学習への意欲が高い人ばかりなんですもの。優れた塾から、多くの有能な人材が出てくるのは当たり前だった。

 同じ志を持った者が、机を並べる。それは時に心の支えとなり、時に抑えがたい勝負心をかきたてたでしょう。

 でも、何事も分をわきまえないとろくなことにならないわ。


 その私塾では、人材育成を目的に、色々な学習を取り入れていたらしいわ。

 海外の技術から、古来の精神論まで幅広く伝授する。

 更に驚くべきことに、これらすべてを一人の先生が教えていたんですって。曰く、「自分の後を継げる人間になってほしいが、未だに果たせていない」とのこと。しかし、その言葉の重さを感じないほど、いつもにこやかな表情をしていたらしいの。

 他塾から移ってきた生徒もいたけれど、その私塾の先生の知識には、舌を巻いたみたい。

 先生のもたらすものを、限りなく吸収したい。そんな願いを抱いた者は、一人や二人じゃなかったそうよ。


 多種多様な塾生がひしめく、塾の内部。そこでは徐々に、成績の格差が広がっていた。

 先生はただ一人。成績の悪い生徒につきっきりになることも珍しくない。そうなると、学力の高い塾生たちは不満を持ち始めた。

 塾内の点数を見ても、自分たちが有象無象より優れているのは明らか。ならば、先生の時間と労力は自分たちにこそ使うべき。俺たちが、日の本の未来を担うんだ、とね。

 自称「優等生」たちは、集団で先生に直訴しに行った。遠回しに「お荷物」を切り捨てる順位付け制度の導入を求めたのね。

 最初、先生は黙っていたけれど、生徒たちのしつこい嘆願に、やがてにこやかな顔のまま、口を開いたわ。


「絶対に後悔しませんね?」と。


 上位層の生徒たちは喜んで受け入れたけど、下位層の生徒たちは、「もう先生の授業を受けられなくなる」と不安と不満を抱いたそうよ。しかし、皮肉にも上位層は身分の高い武士たちで、逆らうことはできなかった。


 定期的に行われることになった試験。

 足切りを食らった生徒は、強制的に退塾させられたわ。たいていは上位者たちによる、強制的な叩き出しなんだけどね。下級武士が大半の下位層は、荷物をまとめて引き下がるしかなかったわ。

 そして、残っていくのは優秀者。十数名ほどになり、先生の指導も全員にまんべんなく行き渡る。

 ここまで間引けば十分だ、と生徒たちは先生に、足切りの中止を申し出るものの、先生は一言。


「まだ、減らしますよ」


 生徒たちは「まずい」と思ったそうね。

 後悔するなというのは、このことだった。おそらく先生は、トップ以外残す気はない。

 どうせやるなら、徹底的に。先生が常日頃、下級生に向けてかけていた言葉の一つ。その意味を、彼らは改めて理解することになったのね。


 選ばれるのは、一人のみ。そうなると、正々堂々と学力で勝負をつける雰囲気は失われつつあった。

 事故を装って、相手を傷つけ、無理やり競争から離脱させようとする動きが、見られるようになる。木刀を持って、闇討ちをかけた生徒もいたとかなんとか。

 みんなは昼も夜もなく、勉強に打ち込みながら、「事故」に遭わないように、最大限の注意を払う。そんな状態が何日も何日も続く。

 神経はギリギリまですり減らされた。生徒の中の一人は、早朝に「あいつらが呼んでいる」とふらふら家を抜け出して、行方不明になってしまったのだとか。

 そんな波乱の中でも、先生は顔色一つ変えずにこにこ。いつも通りの試験が行われたわ。

 そして、結果はただ一人の合格者を残し、全員退去を命じられる。これは塾の終わりを指していたわ。


 先生はもう隠居を決意していたのでは、など様々な憶測が飛んだけど、退塾させられた者が真相を掴むことはできなかった。

 何日間も泊まり込んで、先生と勉強に打ち込んだ合格者は、正式に先生から後継者に任命され、先生はいずこかへと去っていったらしいわ。

 合格者も自分の私塾を作ったけれど、生徒だった時は常に厳しい表情をたたえていたのが、先生から塾頭に任じられてからは、笑みを絶やすことはなかったそうよ。

 かつての自分たちのように、目の前で塾生たちが傷つけあい、足を引っ張り合ったとしても、まったく表情を変えずにね。



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