あなたをずっと大切に
お前のかばんも、だいぶ、くたびれてきたな、つぶらや。肩にかける紐とか、ほどけかかっているじゃねえか。
お金の温存のため?
気持ちは分からなくもないけどよ、誰かと外に行く時くらい、髪とか髭の手入れだけじゃなくて、服や荷物もぴしっとしておいた方がいいぞ。
俺は、その時その時で、必要なものを揃える派だ。引き続き使っていく場合もあるが、傷み出したら、即交代。きっちり分かれて新人さんのお出迎えだ。
――なんだ、つぶらやはなかなか物を捨てられない派か?
愛着を持つのは、大いに結構。修理して長く使うのも、ますます結構。だが寿命が見えてきたのに、ダラダラと見苦しく生を与えるってのは、主人としてどうなんだ、と俺は思うよ。
投げ時、なんてものを見定めるようになった俺は、良くも悪くも大人になっちまったのかも知れんな。その点、つぶらやはいつまでも子供でうらやましいぜ。
褒めている気がしない? そりゃ、褒めてないしな。
そう怒るなって。俺のダチが体験した、物に関する話をしてやるから、落ち着けよ。
つぶらやも、この国に根付いた「もったいない」という概念は知っているだろう?
同じ刃物でも、研いだり磨いたりして、長く使い続ける。つぶらやの言う通り、おいそれと買い替えることができない人にとっちゃ、有難い技術だ。人間にしてみれば、医療技術の発達による、延命処置といったところか。
でもよ、長く生きているだけじゃ、生きている甲斐がないと思わねえか? 仮に百歳を超えて生きることができても、病院で寝たきりとかボケ老人になっちまったら、残りの人生謳歌できねえだろ。
そうなっちまったら、とっととこの世とおさらばするべきなんだろうが……理に逆らおうとするのも、人間の性分なのかもしれねえ。
俺のダチの高校は、指定のスクールかばんを必要とする学校だった。
制服とかの決まった服装ってのは、堅苦しいという意見もあるが、俺はどちらかといえば賛成だな。
自由服だとよ、選択肢は広がるが、その日のテンションによって、何を着ていけばいいかが分かんなくなっちまうんだ。「困ったらこれ!」という安全牌が欲しい。だから、制服という「とりあえず、これ着な」というやつはありがたいぜ。
ダチなんだが、進学した学校は俺を含めても、同じ中学校出身は数えるほどしかいない。
そして、知らないもの同士が顔を付き合わせると、始まるのがスクールカーストの成立。クラス内での順位付けが始まるわけだ。
ダチは表向きクールの、裏では熱血漢。パッと見は大人しそうで、その実、人情家で腕っぷしも強い。知っている奴は、ごく一握りだがね。
そうなると粋がっている奴の「順位付け」のカモに見られて、教科書を盗まれたり、かばんをカッターで刻まれたりした。
ダチは律儀に「返礼」してやったが、かばんはズタボロ。今すぐにでも取り換えを検討した方がいいくらいだった。
だが、ダチは縫い合わせたり、つぎはぎをしながらも、そのかばんを使い続けた。替えたりしたら、奴らに負けた気がするってな。強情な奴だよ。
それから半年あまり。
ダチ本人にかなわないと悟った連中は、こそこそとかばんに新しい傷を刻んでいた。
奴らの粘着に呆れながらも、つぎはぎをしていたダチだが、あることに気づく。
かばんについている、高校のエンブレム。順位付けに来た奴らが、真っ先につけた古傷だ。そこにはエンブレムこそ再現できていないものの、目立たない色の生地を縫い付けている。
その端から、じわりと液体がにじんでいた。ティッシュで拭き取ると黄ばんでいて、かさぶたをはがした時にただよう、特徴的な臭いがしたんだ。
とうとう腐り始めたか、とダチは思ったようだが、やはりかばんは手放さない。ここまでいくと、俺もバカさ加減に呆れるしかなかったが、ダチは一度決めたらやり通す男。止めに入るだけ無駄だった。
ダチのかばんは、それからも生傷が絶えず、もはやミイラかフランケンシュタインの怪物になってしまっていた。クラスの面々も説得を諦めていて、かばんの姿をとがめる奴は、もはやいない。
だが、とうとうやってきちまった。
教室でダチを含めたみんなが授業を受けていた時だ。ダチは机の脇についている荷物かけにかばんを吊るしていたんだが、授業が進んでいくにつれて、ぐちゅぐちゅと、何かが泡立つような小さい音が、ダチの耳に届く。
かばんからだった。つぎはぎたちの下から響いてくる、と分かった瞬間。
つぎはぎの下から、枝豆サイズの何かが、いくつも飛び出したんだ。ダチが「あっ」と叫んだ時には、飛び出した奴らはクラスの連中のかばんに取り付き、溶け込んでいく。先生がダチの方を振り向いて、問いただした時には、すでに事が済んでいるという素早さだった。
そして、昼休み。
ウチの学校は休み時間の直後に掃除があるから、ジャージに着替える連中が多い。
カバンからジャージを取り出そうとした男の一人が、うめき声をあげる。まるで甘いジュースを垂らしてしまったかのように、ジャージの袖には、びっしりとアリが張り付いていたんだ。
女子の悲鳴も聞こえる。彼女たちのかばんのファスナーを開けた途端、中からおぞましい数のカ、ハエ、アブが飛び出してきたんだ。
もう教室中は大混乱さ。その日はクラスあげての大掃除。ただし、虫相手のな。
とうとう踏ん切りがついたダチは、かばんを処分。新しいかばんに取り換えた。
それからも度々、傷をつけられるんだが、以前みたいにボロボロになるまで使い倒すことはなくなったようだ。
つぶらやよ。お前の家に、久しく使っていないかばんとかはないか?
物を大事にし、愛していく気持ちを悪くいうつもりはねえ。
だが、その「物」。すでに自分以外の何かに、愛されちまっているかも知れないぜ。




